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タラ号の調査で見えてきた、海洋プランクトンの驚異の世界

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 8 | doi : 10.1038/ndigest.2015.150804

原文:Nature (2015-05-21) | doi: 10.1038/nature.2015.17612 | Global ocean trawl reveals plethora of new lifeforms

Claire Ainsworth

帆船「タラ号」が世界の海で3年がかりで集めた膨大な量のプランクトン試料と関連データについて、分析結果の第1弾が発表された。これらのデータは、海洋に漂う小さな生き物たちの世界が、いかに豊かで多様であるかを物語っている。

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S.Bollet/Tara Expéditions

海洋プランクトンは海の生態系を支える存在であり、気候や生物地球化学的循環にも重要な役割を果たしているが、その詳細はほとんど知られていない。こうした謎に満ちた海洋プランクトンの生態を把握するため、世界40カ国の科学者からなる「タラ海洋探査国際コンソーシアム」は、2009年から3年以上にわたり、全球規模の探査航海を行った。このほど、この航海で集められた膨大な量の試料とデータに基づく最初の分析結果がScience 2015年5月22日号に5報の論文として発表され1-5、豊かで多様な海洋プランクトンの世界が明らかになってきた。

全長36mの帆船「タラ号」によるこの一大プロジェクトは、科学的探査でありながら、それ自体が冒険であり、一般市民に向けた教育・普及・啓発活動も兼ねている。2009年9月にフランスのロリアンを出港したタラ号は、地中海からアラビア海を抜けてインド洋へと向かい、南大西洋、南太平洋、北太平洋、北大西洋を航海していったんロリアンに戻った後、さらに北極圏を一周して2013年12月に航海を終えた(「タラ号の航路」参照)。この航海でタラ号が収集した試料の数は実に約3万5000、観測点の数は210に上る。

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V.Hilaire/Tara Expéditions

微生物試料の遺伝学的解析からは、4000万以上の遺伝子からなる参照カタログ(その大半が新規のもの)が作成された他2、ウイルスの遺伝子型も約5000種類確認され3、さらに、海洋表層には既知の海洋真核生物の種数(約1万1000種)を大きく上回る15万種もの真核生物が生息しているという推測結果も得られた1

アルゴンヌ国立研究所(米国イリノイ州)の微生物生態学者Jack Gilbertは、「海洋生物の個体数が膨大で遺伝的多様性に富んでいるという結果は、なんら意外なものではありません」と言う。彼がこの報告で注目したのは、遺伝情報のデータベースが微生物間の生態学的関係の予測や、海洋生態系の環境変化への応答の分析に使えるという点だ。

「このプロジェクト全体が非常に価値のあるデータベースになっていて、これまでにない方法で海洋の微生物生態系を調べられるようになりました」とGilbertは言う。

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広く深く

「私たちの目標は、種や個体や分子を1つずつ調べるのではなく、それらを含む生態系全体の挙動を解明することです」と語るのは、欧州分子生物学研究所(ドイツ・ハイデルベルク)の細胞生物学者で、タラ号プロジェクトのディレクターを務めるEric Karsentiだ。

タラ号プロジェクトでは、2004~2007年にJ・クレイグ・ヴェンター研究所(米国メリーランド州ロックビル)が実施した海洋探査「Global Ocean Sampling Expedition」の例に倣い、収集した全ての試料からDNA断片を抽出した。そして、DNAの塩基配列を解読し、バイオインフォマティクスのソフトウエアを用いて解析することで、試料内に存在する生物の種数を決定した。この手法は「メタゲノミクス」と呼ばれ、個々の生物を単離・培養できなくても遺伝子の機能を予測することができる。

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Christian Sardet/CNRS/Tara Expéditions

J・クレイグ・ヴェンター研究所の海洋探査が細菌に焦点を絞っていたのに対し6、タラ号プロジェクトでは、ウイルスからその10万倍も大きい魚類の幼生まで、全ての小型プランクトン(2000µm以下のサイズ)からなる生態系全体を対象とした。探査を行った水深も、太陽光に照らされた表層から、太陽光の全く届かない水深2000mの真っ暗闇「ミッドナイト・ゾーン(midnight zone)」まで広範囲にわたる。また、プランクトン収集の際には必ず、付随する物理化学的な環境データも詳細に測定した。

こうして得られたデータの解析結果2から、表層域の微生物群集の構造に大きく影響しているのは塩分濃度や溶存酸素量ではなく温度であることが明らかになり、地球温暖化が海洋生態系の構成に大きな影響を及ぼしかねないという懸念が裏付けられた。

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M.Ormestad/Kahikai/Tara Oceans

プランクトンの相互作用

今回の報告でGilbertが一番興味をそそられたのは、研究チームが遺伝情報のデータを利用して個々の生物間の相互作用を予想したことだという。例えば、遺伝情報を基に作成された全球的なプランクトンインタラクトーム4からは、Symsagittifera属の無腸動物と光合成を行うTetraselmis属の微細藻類との間に共生的な相互作用があることが予測された。確認のため、研究チームがこの無腸動物を単離して顕微鏡下で観察したところ、その体内には実際に微細藻類の細胞が確認され、さらにこの藻類の塩基配列が共生が予測された藻類のものと一致することが判明した4。Gilbertはこの研究を、「ネットワーク分析、あるいは『相互作用オミクス』で何ができるかを示す、とても美しい研究です」と評価する。

この研究からはまた、生物間の結び付きの72%がプラスに作用しているという重要な洞察が得られた。「共存している生物のほとんどが、相互に排除し合う関係ではなく共生関係や寄生関係にあると予測されたのです」とKarsentiは説明する。これは、競争ではなく協力が、生態系の構造と、その中での生物の進化を決定付ける主要な原動力であることを示唆している。「進化論ではよく『適者生存』と言いますが、実際のところ、生き残るのは個々の種ではなく生態系なのかもしれません」とKarsentiは続ける。

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Christian Sardet/CNRS/Tara Expéditions

今回の研究では、生態系の構成と環境パラメーターとが関連付けられたが、これを応用すれば生態系のデータを全球の海流モデルや海洋学的変動モデルに盛り込むことも可能だろう。そうすれば、どこでどんな生態系が形成されるかだけでなく、それらの生態系が地球温暖化などの気候変動にどのように応答するかについても予測できるようになるかもしれない。「最終的な目標は、生態系の『天気予報』のようなものを得ることです」とKarsentiは言う。

プロジェクトの終盤で得られた北極圏のデータを含め、タラ号が収集してきた膨大な量のデータの多くはまだ分析が終わっていない。さらなる研究成果の発表が待たれるが、バイオインフォマティクスと海洋学的測定のデータについては、現在、一般に公開されており、利用可能となっている。

(翻訳:三枝小夜子)

参考文献

  1. de Vargas, C., et al. Science http://dx.doi.org/10.1126/science.1261605 (2015).
  2. Sunagawa, S. et al. Science http://dx.doi.org/10.1126/science.1261359 (2015).
  3. Brum, J. R. et al. Science http://dx.doi.org/10.1126/science.1261498 (2015).
  4. Lima-Mendez, G. et al. Science http://dx.doi.org/10.1126/science.1262073 (2015).
  5. Villar, E. et al. Science http://dx.doi.org/10.1126/science.1261447 (2015).
  6. J. Craig Venter Institute PLoS Biol. 5, 0370-0478 (2007).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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