ブラックホールを初めて撮影
ブラックホールの姿を捉えることに、国際的な天文学者グループがこのほど成功し、その画像を公表した。彼らは、地球規模の電波望遠鏡のネットワークを使い、ブラックホール周辺の高温の物質が放つ光がブラックホールの強い重力場で曲げられてできる光のリングと、ブラックホールが作る中心部の「影」を撮影することに初めて成功し、ブラックホールからは光さえも脱出できないことを画像の形で示した。科学者たちは、今回の観測は歴史的な成果であるとともに、アルベルト・アインシュタインの一般相対性理論のこれまでで最も強力な確認の1つだとしている。
この画像は、世界中の約200人の研究者からなる研究グループ「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT;事象の地平線望遠鏡)コラボレーション」が2017年4月に撮影し、2019年4月10日に世界の6カ所で開いた記者会見で発表した。この国際協力プロジェクトには、日本の国立天文台などの研究者らも参加している。画像は世界中のメディアで紹介され、成果を報告する論文はAstrophysical Journal Letters に発表された1-6。
画像は、太陽の65億倍の質量を持つ超大質量ブラックホールを示している。このブラックホールは地球から約1600万パーセク(約5500万光年)離れた銀河、M87の中心にある。この距離での撮影は、地球から月面上にあるドーナツを撮影することに相当した。
明るいリングの中心の暗い部分の中に、ブラックホールが作る「事象の地平線」(「事象の地平面」ともいう)、つまり、それ以上近づくと光も出てこられない距離に相当する球面がある。光は内側へ向かう場合のみ、この球面を横切ることができる。
一般相対性理論によると、光は、事象の地平線の半径の1.5倍の半径でブラックホールの周囲をぐるぐると回ることができる。ブラックホールの周囲の高温の物質が光を出すと、その光はブラックホールの重力場のために曲げられ、ブラックホールの周りをこの半径で周回する光でできた「光子球」を形成する。今回見えているリングは、その光子球からの光と考えられている(「リングと「影」が見える仕組み」参照)。
リングの中の暗い部分は、光も脱出できないブラックホールが作り出す影だ。ブラックホール周辺から地球に届く光も曲げられるため、影(とリング)の半径は、地球の観測者には事象の地平線の半径の約2.5倍に見えると予測されていた。
ラドバウド大学(オランダ・ナイメーヘン)の天体物理学者Heino Falckeは、ベルギーのブリュッセルで開かれた記者会見で、「私たちは、時空の極限にある地獄の門を見たのです」と話した。
今回の研究には加わっていない、スタンフォード大学(米国カリフォルニア州)の天体物理学者Roger Blandfordは、「私が学生だったとき、このような観測が可能になると考えたこともありませんでした。今回の成果は、一般相対性理論が強い重力を記述する場合も正しい理論であることを改めて確認するものです」と話す。
結合された望遠鏡
Falckeや、現在はハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)に所属するSheperd Doelemanらは、世界中の科学者たちと共に2014年にEHTコラボレーションを結成した。
電波天文学者たちは、既知の最大規模のブラックホールでも、その詳細を解像するには波長が約1mmと短い電波を使う必要があると見積もった。より長い波長では画像はぼやけてしまうだろう。また、そうした波長を使っても、望遠鏡の解像度はその大きさに比例するので、観測には地球サイズの望遠鏡が必要だった。このため、天文学者たちは干渉計という技術を使った。干渉計は、互いに遠く離れた複数の望遠鏡が協力して同時に同じ天体を観測し、1つの大きな望遠鏡のように働くものだ。
米国アリゾナ州、ハワイ、メキシコ、チリ、スペイン、南極にある8基の電波望遠鏡がこの観測計画に参加した。各研究チームはそれぞれの技術と装置を改良し、望遠鏡をネットワークに付け加えた。Doelemanが率いる研究チームは、口径10mの南極点望遠鏡と、総建設費14億ドル(約1500億円)を投じたチリのアタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(ALMA)を、この研究を行うために改良した。
彼らは、初めての地球規模の同時観測を2017年4月の2週間の観測期間に行い、銀河系(天の川銀河)の中心にあるブラックホール「いて座A*」とM87の中心にあるブラックホールの2つを観測した。
観測データは約3.5ペタバイトに達し、ハードディスクに記録されてドイツと米国の研究機関に運ばれた。2018年半ば、研究者たちは結合された観測データを調べ、M87のデータからきれいな画像を得られることに気付いた。
4つのチームが、先入観を避けるため、別々にM87の画像の復元作業を行った。復元結果はよく一致したため、2018年11月、彼らは結果を報告にまとめる作業に取りかかった。
安堵と驚き
オレンジ色の濃淡は、光の色ではなく、光速に近い速度でブラックホールへ向かって旋回運動するプラズマが放出した波長1.3mmの電波の強度を表している。
ブラックホールの周囲の物質は、地球から見て右回りの軌道で運動していると見られるが、その軌道面は正確に地球を向いているわけではない。ゲーテ大学(ドイツ・フランクフルト)の理論天体物理学者で、研究グループの一員であるLuciano Rezzollaは、「この結果、EHTが観測した光は、観測者に近づく方向に動いている側の方が、その反対側の遠ざかる方向に動いている側よりも明るいのです」と話す。
中心の影の暗さは、一般相対性理論の重要な予言である、事象の地平線の存在を裏付ける。しかし、今のところ、一般相対性理論に代わる重力理論を除外できるほどこの画像は鮮明ではないと、研究グループは論文の中で述べている。また、今後の研究で、ブラックホールが物質の巨大なジェットを作る仕組みも解明される可能性がある。
Doelemanは「この画像を見て本当にほっとしましたし、驚きもしました。最初の観測では、せいぜい『染み』のようなものが見えるだけだろうと考えていたからです」と話す。
研究グループは次に、いて座A*の観測データを調べることにしている。Rezzollaによると、いて座A*はM87のブラックホールの1000分の1の質量しかないため、1回の観測の間に物質はブラックホールの周囲を何回も回り、短時間で変化するシグナルが得られたという。このため、いて座A*の観測データは分析が難しいが、より豊かな情報を含んでいるという。
EHTコラボレーションは、この2つのブラックホールを2020年から1年に1回の頻度で観測し続けること、また、すでに加わったグリーンランドの他、フランス、アフリカなどにも観測拠点を設けることを計画している。
ブラックホールの観測データで解明される6つの謎
EHTで得られた観測データから、一般相対性理論に関する長年の疑問の答えが得られる。
D.C. & N.G.
確認された3つのこと
- ブラックホールの「影」(画像の中心の暗い領域)は、一般相対性理論の予測通りに暗い。
- 光のリングは片側が反対側よりも明るく、ブラックホール(あるいはその周囲を回る物質、あるいはその両方)が右回りに回転していることを示す。
- ブラックホールの質量は太陽の65億倍で、これまで食い違いがあった質量の推定値に決着をつけた。
今後分かる3つのこと
- 光のリングは円形か、それとも自転するブラックホールの場合に予測されているように押しつぶされているか。この結果から、ブラックホールの自転速度が分かる。
- ブラックホールの領域で、一般相対性理論からのわずかな逸脱があるか。物理学者たちはすでに、一般相対性理論はおおむね有効であると結論した。
- EHTが観測した光の偏光。これは、ブラックホールから出る物質の強力なジェットを引き起こすメカニズムの解明に役立つ可能性がある。
翻訳:新庄直樹
Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 7
DOI: 10.1038/ndigest.2019.190711
原文
Black hole pictured for first time — in spectacular detail- Nature (2019-04-10) | DOI: 10.1038/d41586-019-01155-0
- Davide Castelvecchi
参考文献
- The Event Horizon Telescope Collaboration et al. Astrophys. J. 875, L1 (2019).
- The Event Horizon Telescope Collaboration et al. Astrophys. J. 875, L2 (2019).
- The Event Horizon Telescope Collaboration et al. Astrophys. J. 875, L3 (2019).
- The Event Horizon Telescope Collaboration et al. Astrophys. J. 875, L4 (2019).
- The Event Horizon Telescope Collaboration et al. Astrophys. J. 875, L5 (2019).
- The Event Horizon Telescope Collaboration et al. Astrophys. J. 875, L6 (2019).