ずらして重ねると輝きを放つ二次元材料
原子レベルの薄さの二次元材料(原子層材料)は、光と強く相互作用し、魅力的な磁気特性をいくつも持つことから、光学やエレクトロニクスの分野で幅広い研究が進められている。2枚の異なる単原子層を特定の角度だけ回転させて重ねたり、格子定数(結晶構造における単位格子の軸の長さや軸間角度)が違う2種類の単原子層を重ねたりして二層ヘテロ構造を作ると、層間に働く相互作用によってポテンシャルに空間的周期性(モアレパターン)が生じ、それまで層内を自由に動き回っていた電子は、こうした「モアレポテンシャル」に捕捉されて動けなくなる1。モアレポテンシャルが二層ヘテロ構造の光学特性を大きく変化させ得ることは、これまで理論的には予測されてきたが2、実験的には観測されていなかった。今回、この予測を裏付けるような発光と光吸収の特徴が4つの研究チームによって観測され、それらの結果がNature 2019年3月7日号で4編の論文3–6として発表された。一連の成果は、二次元世界における光学特性の可能性を大きく広げるものである。
遷移金属ジカルコゲニド(TMD)と呼ばれる二次元材料は、層内の共有結合は強いが層間に働く引力(ファンデルワールス力)は弱いため、グラフェンと同様に、剝離によってバルク結晶から単原子層を得ることができる。しかし、グラフェンとは異なり、単層TMD結晶は伝導帯と価電子帯の間にエネルギーギャップを持つ半導体である。そのためTMDでは、電荷キャリアを光によって励起したり電圧を用いて注入したりすると、それらのキャリアは光の粒子(光子)を放出することで伝導帯から価電子帯へと緩和する。
TMDにおける層間ファンデルワールス力の弱さは、単層の剝離に役立つだけでなく、種類の異なる単層TMD同士を重ねて人工の二層ヘテロ構造を作ることも可能にする(図1a)。単層材料が共に周期的な結晶で異なる格子定数を持つ(格子不整合がある)場合、各層の電子的特性は互いの存在によって影響を受け、変化する。具体的には、二層ヘテロ構造の電子状態とバンド構造は、原子同士の間隔と相対的な配列に依存することになる。
2枚の単層TMD間にわずかな格子不整合があると、それらを積層した二層ヘテロ構造の格子にはモアレパターンが現れる。例えば、二硫化モリブデン(MoS2)と二セレン化タングステン(WSe2)からなる二層ヘテロ構造では、ある場所では金属原子同士(MoとW)とカルコゲン原子同士(SとSe)がそれぞれ重なり合っているが、別の場所では金属原子同士またはカルコゲン原子同士のみが重なり合っており、また別の場所では全ての原子が重なり合っていない状態となる。こうした原子の配置の違いに起因して、伝導帯と価電子帯のエネルギーも場所ごとに変わることが、走査型トンネル顕微鏡で確認されている1。つまり、こうしたモアレ超格子構造では、層内の電子は伝導帯や価電子帯の周期的変化の影響を受け、場所間でのバンドエネルギーの差が十分大きければ、モアレポテンシャルに捕捉されることになる。
こうした二層ヘテロ構造の魅力的な特徴は、周期的ポテンシャルを任意に調節できることである。積層過程で2枚の単層を角度をわずかにずらして重ねることで、あるいは片方の単層を格子定数が異なる別の二次元材料と置き換えることで、モアレポテンシャルの周期性を変えることができるのだ。この特徴を利用すれば、根本的に新しい方法で層状材料の電子的特性の調節が可能になる。そのため、二層ヘテロ構造は今まさに、エキゾチックな量子現象を探索する場になりつつある。これは、魔法角で重ねた二層グラフェンでの強い電子間相互作用が注目すべき超伝導観測につながったことに似ている7(Nature ダイジェスト2018年6月号「グラフェンをずらして重ねると超伝導体に!」参照)。
今回の4編の論文は、モアレポテンシャルがTMD二層ヘテロ構造の発光や光吸収に及ぼす影響を調べたものだ。一連の研究からは、グラフェンと六方晶窒化ホウ素(hBN)からなる二層ヘテロ構造の研究1とは異なる、新しい側面がいくつも明らかになった。1つ目は、原子配置が異なる場所間でのバンドエネルギーの差が大きいこと。2つ目は、発光3,4と光吸収5,6が、電子と正孔(電子空孔)の束縛状態である「励起子」の形成8によって支配されること。そして3つ目は、そうした励起子が、周期的に配列した原子の局所的対称性に依存する、特定の偏光を有する光と相互作用することである。
テキサス大学オースティン校(米国)のKha Tranら3(71ページ)は、電子と正孔がそれぞれ別々の層に存在する「層間励起子」(図1b)について検討した。 彼らは、ねじれ角が小さいMoSe2/WSe2二層ヘテロ構造でフォトルミネッセンス測定を行い、得られた発光スペクトルに、層間励起子に相当する4つのピークを見いだした。これらのピークのエネルギー間隔はほぼ一定で、円偏光の符号は正負交互に現れていた。また、ねじれ角をわずかに変えて同様の測定を行ったところ、ピーク間隔に規則的な変化が見られた。これらの結果は、二層ヘテロ構造におけるモアレ超格子の存在を裏付けるとともに、これらの構造の光学特性と磁気特性をナノスケールでパターン化できる可能性を示している。
ワシントン大学(米国シアトル)のKyle Seylerら4(66ページ)は、同じくMoSe2/WSe2二層ヘテロ構造において、モアレポテンシャルに捕捉された層間励起子の特徴を調べた。フォトルミネッセンス測定の結果、自由励起子のエネルギー付近に幅広いピークが検出されたが、このピークは励起強度を弱めると線幅の極めて狭い複数のピークに分裂した。これは、層間励起子を捕捉するようなポテンシャルの存在を示している。また、これらの励起子の円偏光特性がねじれ角によって異なることや、磁場を印加すると発光スペクトルのピークが分裂する「ゼーマン効果」も見いだされた。これらの結果は、層間励起子の磁気モーメントやバレー(伝導帯や価電子帯のエネルギーの極小点または極大点)の特徴を示している。だが、観測された発光が本当に特定のモアレポテンシャルに捕捉された単一励起子に起因するかどうかを確認するには、「光子アンチバンチング現象」の観測によって、光子が一度に1個だけ放出される9ことを証明する必要がある。
TranらとSeylerらがMoSe2/WSe2二層ヘテロ構造の発光に注目したのに対し、カリフォルニア大学バークレー校(米国)のChenhao Jinら5(76ページ)は、格子不整合があるWSe2と二硫化タングステン(WS2)の二層ヘテロ構造において光吸収を調べた。ねじれ角がほぼ0の構造では、反射コントラストの測定から得られた吸収スペクトルに、単層WSe2のA励起子吸収のピーク付近に3つの独立したピークが認められたが、これらはねじれ角が大きくなると単一のピークに融合した。これは、この構造では強いモアレポテンシャルによって励起子のバンド構造が変化することを示している。Jinらはまた、電子や正孔をドープしてこれら3つのモアレ励起子状態を調べ、モアレ超格子では、ドープした電子と、電子と正孔が同一の層内に存在する「層内励起子」10(図1b)との間の相互作用が著しく増強されていること、そして、一連の興味深い強い吸収の特徴がゲート電圧に強く依存することを明らかにした。
最後に、シェフィールド大学(英国)のEvgeny Alexeevら6(81ページ)は、格子不整合MoSe2/WS2二層ヘテロ構造においてフォトルミネッセンスと反射コントラストを測定し、単層MoSe2と単層WS2の伝導帯端がほぼ縮退していることに起因して、層内励起子と層間励起子との混成が促され、「混成励起子」が形成されることを明らかにした(図1c)。彼らはまた、こうした混成によって、モアレポテンシャルが二層ヘテロ構造の光学特性に及ぼす影響(モアレ超格子効果)が増強されること、そして、混成の強さがねじれ角に依存することも示した。こうした混成状態では、それぞれの励起子の特性が受け継がれるため、層内励起子の強い光吸収と層間励起子の電場中での調節可能性とを組み合わせられる可能性がある。
今回の一連の研究は、関連する研究10–12と共に、2種類の二次元材料を重ね合わせて二層ヘテロ構造を作り、ねじれ角のみでその光学特性を変化させる、という興味深い可能性を初めて垣間見せてくれた。今後の課題の1つは、グラフェンとhBNからなるヘテロ構造で観察されたように13、2枚の単層を任意の角度で積層させた後、エネルギー的に有利な配列になるよう一方の層が自ら回転してしまう傾向を制御することだろう。「再構成」と呼ばれるこの局所的な原子の再配列によって、目標とする完全な周期性を達成できず、モアレポテンシャルに不均一性が生じることがあるからだ14。この問題を解決する手掛かりは、剝離によって作製した二層ヘテロ構造と化学気相成長法で作製した二層ヘテロ構造との違いを調べることで得られるかもしれない15。
今回の4例の研究では、概して空間分解能が約1µmの光学顕微鏡法が使われたが、モアレポテンシャルの周期性のスケールはわずか数十nmであることから、空間分解能が約10nmの「近接場光学顕微鏡法」を用いることで、個々のポテンシャルを調べられるようになると予想される16。モアレポテンシャルのサイズと深さによっては、捕捉励起子の数を実際に1にでき、単一光子源を実現できる可能性もあるだろう。さらには、ポテンシャルそのものから調節可能な周期的発光体アレイが得られるようになるかもしれない。今回調べられたのは単原子層2枚からなる二層ヘテロ構造で、完全な「二次元」材料とは言えないものの、一連の成果が二次元世界の光学に多くの極めて魅力的な展望をもたらすことは間違いないだろう。
翻訳:藤野正美
Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 6
DOI: 10.1038/ndigest.2019.190629
原文
Materials in flatland twist and shine- Nature (2019-03-07) | DOI: 10.1038/d41586-019-00704-x
- Bernhard Urbaszek & Ajit Srivastava
- Bernhard Urbaszek & Ajit Srivastavaは、Bernhard Urbaszekはトゥールーズ大学(フランス)、Ajit Srivastavaはエモリー大学(米国ジョージア州アトランタ)に所属。
参考文献
- Zhang, C. et al. Sci. Adv. 3, e1601459 (2017).
- Yu, H., Liu, G.-B., Tang, J., Xu, X. & Yao, W. Sci. Adv. 3, e1701696 (2017).
- Tran, K. et al. Nature 567, 71–75 (2019).
- Seyler, K. L. et al. Nature 567, 66–70 (2019).
- Jin, C. et al. Nature 567, 76–80 (2019).
- Alexeev, E. M. et al. Nature 567, 81–86 (2019).
- Cao, Y. et al. Nature 556, 43–50 (2018).
- Wang, G. et al. Rev. Mod. Phys. 90, 021001 (2018).
- Michler, P. et al. Science 290, 2282–2285 (2000).
- Zhang, N. et al. Nano Lett. 18, 7651–7657 (2018).
- Ciarrocchi, A. et al. Nature Photon. 13, 131–136 (2019).
- Paik, E. Y. et al. Preprint at https://arxiv.org/abs/1901.00598 (2019).
- Woods, C. R. et al. Nature Commun. 7, 10800 (2016).
- Alden, J. S. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 110, 11256–11260 (2013).
- Hsu, W.-T. et al. Nature Commun. 9, 1356 (2018).
- Schmidt, P. et al. Nature Nanotechnol. 13, 1035–1041 (2018).
関連記事
Advertisement