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ブタからヒトへの心臓移植に向けて一歩前進

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 3 | doi : 10.1038/ndigest.2019.190336

原文:Nature (2018-12-20) | doi: 10.1038/d41586-018-07419-5 | Success for pig-to-baboon heart transplants

Christoph Knosalla

従来の異種移植の手順を改良することで、ブタの心臓を移植したヒヒを6カ月以上生存させることができた。この成果により、ブタからヒトへの異種心臓移植の道が見えてきた。

心臓移植が必要な患者の多くが提供臓器を待つ間に亡くなっている現状を打開するため、異種心臓の移植方法が研究されてきた。 | 拡大する

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心臓が全身に血液を十分に送り出せなくなる心不全は、世界規模の健康問題の1つである。米国では、心不全の成人患者数が2030年までに800万人を上回ると予測されており1、それらの患者の多くは提供臓器を待つ間に死亡することになる2,3。こうした臓器不足に対して考えられている解決策の1つは、移植にヒトの心臓ではなくブタの心臓を使うことだ。しかしこれまで、ブタの心臓を移植したサルは長期間生存できておらず、そのためこの方法はヒトで試すにはあまりにリスクが高すぎると考えられてきた。だが今回、ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン大学病院(ドイツ)のMatthias Länginらは、異種間の臓器移植(異種移植)の手法に改良を加え、遺伝子改変したブタの心臓を移植したヒヒを初めて6カ月以上生存させられたことを、Nature 2018年12月20/27日号430ページで報告した4

最近、ブタからアカゲザルへの腎臓移植が成功し、移植した腎臓は435日間にわたって機能したことが報告された5。さらに、ブタの心臓を、機能する心臓を残したままのヒヒに移植した研究では、ブタの心臓が945日間にわたって生存した6。ただし後者の場合、ブタの心臓は移植されたヒヒが生命を維持するために絶対必要なものではなかった。これまでのところ、移植したブタの心臓で生命を維持させた場合のヒヒの生存期間は、わずか57日間にすぎない7

Länginらが目指したのは、移植したブタの心臓で生命を維持させた状態のヒヒの生存期間を延ばすことだ。彼らは、以前報告された、ヒヒの免疫系がブタ心臓を拒絶しないようにする免疫抑制法の処理手順6をベースとし、また、異種間の免疫応答を低減させるために遺伝子改変を施したブタを使った。異種移植に対してよく言われる批判の1つは、必要な免疫抑制の処置がヒトにとって有害すぎるということだ。しかし、Länginらが使った免疫抑制法はヒヒには十分耐えられるものだったらしく、免疫抑制に関連する主な感染症の発生は見られなかった。従って、最初の臨床試験が可能なくらいに異種移植が進歩した頃には、免疫抑制法もヒトで安全に使えるように進歩している可能性がある。

Länginらは、移植手術中にブタの心臓を保存するために最適化した方法を使った。通常、移植用心臓は、氷のように冷たい保存液に浸しておくが、こうして保存しておいた心臓に血液が再び流れ込むと組織が損傷する場合がある。Länginらは、移植手術の際にブタ心臓を8℃で保存し、栄養素やホルモンを含む血液ベースの含酸素溶液を断続的に送り込む(灌流する)ことで、移植後の心臓の生存期間を改善できることを明らかにした(図1)。

図1 ブタから霊長類への心臓移植手順の改良
今回Länginら4は、ヒヒへ移植した場合に免疫応答を引き起こさず、移植心臓内に過度の血栓ができないように遺伝子改変したブタを使った。また、移植の手順を踏む間に血液不足によって心臓が損傷しないように、8℃を維持しつつ血液ベースの含酸素溶液をブタ心臓内に断続的に送り込んだ(血液灌流と呼ばれる方法)。このブタ心臓を移植したヒヒに、以前報告された、免疫を確実に抑制するための処置6を施した。さらに、いくつかの処置を新たに組み合わせることで血圧を下げ、血栓を予防し、細胞増殖を抑制して、移植後の心臓の有害な肥大を防いだ。これらの移植手順を踏んだヒヒ5頭のうち4頭は3カ月以上生存した。 | 拡大する

sturti/E+/Getty

この改良によって、ブタ心臓を移植した4頭のヒヒで短期間ながら生存期間が改善されたが、これら4頭は移植心臓の急激で有害な肥大のために移植後40日以内に死亡した。そこでLänginらは、心臓肥大を軽減させるため処置手順に変更を加え、この最適化した手順を別の5頭のヒヒで試した。まず第1に、ヒヒの血圧を下げてブタの血圧に合わせた。第2に、細胞増殖を抑えて心臓肥大に対処する薬剤8の1つである「テムシロリムス」をヒヒに投与した。第3に、標準的なホルモン投与計画を改変した。移植患者には通常、免疫抑制を補助するためにステロイドホルモンのコルチゾンが投与されるが、幹細胞移植を受けた新生児ではこれが心臓肥大を引き起こす場合がある9。そこでLänginらは、コルチゾン投与を前の4頭のグループの場合よりも短期間で減らし、移植手術の3週間後までにコルチゾン投与量を最小限に持っていった。

これら5頭のヒヒのうち、1頭は合併症を起こしたため、移植の51日後に安楽死させた。2頭は、この実験の本来の評価項目である「3カ月間」を健康に生きた。残りの2頭は6カ月余り生きることができたが、その後安楽死させた。

Länginらのブタ–ヒヒ移植モデルに見られる移植生存期間の一貫した安定性がどういった仕組みのためなのかは、今後調べる必要がある。とはいえ、今回の研究で達成した生存率は感動的ですらある。第2の知見も評価に値するものだ。これまで、生命維持に機能しない異種心臓移植を受けて3カ月以上生存した霊長類個体はいずれも、消費性凝固障害と呼ばれる合併症で、移植した心臓の微小血管に血栓が増えていた6,10,11。この合併症は、異種間の本質的な分子不適合性と自然免疫応答が相まって起こる。しかしLänginらは、従来の異種移植手順で使われている遺伝子改変(血栓量を減らすヒトタンパク質トロンボモジュリンをブタに発現させる)と、テムシロリムス投与(血中の血小板凝集を抑制する)を併用することで、ヒヒの消費性凝固障害が防げることを明らかにした。

心臓移植の偉大な先駆者である外科医ノーマン・シュムウェイ(Norman Shumway)は、やや悲観的に、「異種移植は移植の未来の話であり、いつだって未来形の扱いだ」と考えていたといわれる。しかし、Länginらによる今回の進展で、ヒト臨床での異種心臓移植が実現に一歩近づいた。そうした今の時期、つまり、ブタ–ヒト心臓移植の臨床試験に着手可能になる前に、どのような前臨床研究の結果が必要とされるべきかを再検討しなければならない。2000年開催の第20回国際心・肺移植学会でまとめられた提言によると、臨床試験を考える際の目安は、生命維持に機能するブタ心臓移植を施した霊長類個体の60%が3カ月間生存し、なおかつ10個体以上が3カ月間生存し、それより長期の生存も可能なことが、ある程度示された場合とされている12。Länginらの今回の研究は、これらの基準を満たすための道筋を付けた。ただし、米国食品医薬品局(FDA)などの規制当局は、ヒト臨床試験を許可するに当たり、この提言よりも長い追跡期間や、もっと高い実験成功率を求めてくると思われる。

加えて、ブタ–ヒト心臓移植の実現前に留意すべき問題は他にもいくつかある。その1つは、ブタ内在性レトロウイルス(PERV)などのブタウイルスがヒトに感染する可能性だ。PERVが関与する合併症のリスクは小さいと考えられている13が、世界各国の規制当局はまだ、PERV感染の可能性に対する警戒を完全に緩めてはいない。ただし、ゲノム編集技術のCRISPR–Cas系のおかげで、複数の遺伝的変異を持たせたブタを作り出すスピードは高まっており、PERVを不活性化した健康な生きた仔ブタを作り出せるようになっている14。これは、PERV感染のリスクを回避する1つの方法を示すものだ。

もう1つ考慮すべきなのは、この20年間で、機械的補助装置を使って血液循環を改善する技術が飛躍的に進化したことだ。こうした装置は、患者が臓器提供を待つ間の一時しのぎの手段として使われているが、末期の心不全患者に対する永続的治療にも使える。この技術が大きく進歩したことで、ブタ心臓の使用に関する倫理的な問題が浮上してくる。それぞれの患者について、機械的補助よりもブタからの心臓移植を選択すべき理由を明確に示す必要が出てくるだろう。

ブタ–ヒト異種移植を巡る種々の問題はさておき、Länginらが今回使った血液灌流手順はヒト–ヒト移植にも有用だと考えられる。ヒトの臓器移植では今も低温での静的保存が標準となっているが、血液ベースの保存溶液は、臨床での短期的結果も長期的結果も向上させるのに役立ちそうだ(2018年6月号「肝臓を温かいまま移植する新手法」参照)。さらに、こうした心臓保存手法によって提供心臓プールが拡大することも期待できる。今のところ移植用臓器として次善の選択とされてきた事例の心臓、例えば、心臓提供者が高齢の場合や、正常な血液供給量がないときに心臓の耐久能を下げてしまうような基礎疾患がある場合も、移植対象に含まれることになるからだ。

(翻訳:船田晶子)

Christoph Knosallaは、ドイツ心臓センター・ベルリンおよびドイツ心臓血管研究センターに所属。

参考文献

  1. Benjamin, E. J. et al. Circulation 137, e67–e492 (2018).
  2. Colvin, M. et al. Am. J. Transplant. 18 (Suppl. 1), 291–362 (2018).
  3. Branger, P. & Samuel, U. (eds) Annual Report 2017: Eurotransplant International Foundation; available at https://go.nature.com/2deatzh
  4. Längin, M. et al. Nature 564, 430–433 (2018).
  5. Adams, A. B. et al. Ann. Surg. 268, 564–573 (2018).
  6. Mohiuddin, M. M. et al. Nature Communications 7, 11138 (2016).
  7. Byrne, G. W., Du, Z., Sun, Z., Asmann, Y. W. & McGregor, C. G. A. Xenotransplantation 18, 14–27 (2011).
  8. Paoletti, E. Transplantation 102 (2S), S41–S43 (2018).
  9. Lesnik, J. J., Singh, G. K., Balfour, I. C. & Wall, D. A. Bone Marrow Transplant. 27, 1105–1108 (2001).
  10. Kuwaki, K. et al. Am. J. Transplant. 4, 363–372 (2004).
  11. Kuwaki, K. et al. Nature Medicine 11, 29–31 (2005).
  12. Cooper, D. K. C. et al. J. Heart Lung Transplant. 19, 1125–1165 (2000).
  13. Denner, J. Science 357, 1238–1239 (2017).
  14. Niu, D. et al. Science 357, 1303–1307 (2017).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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