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GPCRシグナル伝達の複雑な話

オピオイド系鎮痛薬、抗ヒスタミン薬、多くの抗精神病薬など、全薬剤の約3分の1は、Gタンパク質共役受容体(GPCR)1と呼ばれるタンパク質ファミリーに属する分子を標的としている。これは、GPCRがヒトのほぼ全ての生理的状況において重要であるという事実を反映しているだけでなく、さらに多くのGPCRが多数の疾患の薬剤標的として有望であることを示している。GPCRは細胞膜を貫通していて、神経伝達物質やホルモン、あるいは光などの多種多様な細胞外シグナルを受け取ると、細胞内のGタンパク質やシグナルトランスデューサー(細胞内へシグナルを伝達する因子)を活性化することで細胞応答に変換する。このたび、4種類のGPCR–Gタンパク質複合体の構造が解かれ、Nature 2018年6月28日号に報告された2–5。これらの成果は、GPCRが、Gi/oとして知られる抑制性Gタンパク質を選択的に活性化する仕組みを明らかにするのに役立ち、また、改良型GPCR標的薬の設計に手掛かりをもたらす可能性がある。

ヒトゲノムには800種類以上のGPCRがコードされているが、GPCRと共役する細胞内のシグナルトランスデューサーの数はごくわずかで、例えばGαタンパク質は16種である6。Gαタンパク質は、Gβタンパク質およびGγタンパク質と結合してヘテロ三量体Gタンパク質を形成する。このヘテロ三量体Gタンパク質はGPCRにより活性化されると解離し、それぞれのサブユニットが異なるシグナル伝達経路を活性化する。例えば、刺激性Gαタンパク質(Gsファミリーと呼ばれる)は、細胞内でサイクリックAMP(さまざまな細胞過程を調節する)のレベルを上昇させる。近年、Gsが結合したGPCRの構造が報告され7,8、Gαタンパク質の中でも特にGsについて、一般的な活性化機構が明らかになりつつある。しかし、GPCRが、抑制性Gαタンパク質(Gi/oファミリー;Gi1、Gi2、Gi3、Goの4種が知られる)を選択的に活性化する仕組みについてはよく分かっていなかった。

今回の4編の論文では、クライオ(極低温)電子顕微鏡を用いて得られた、Gi/oが結合したGPCRの構造が報告されている。スタンフォード大学医学系大学院(米国)のAntoine Koehlらは、Gi1が結合したμオピオイド受容体の構造を(547ページ2、モナッシュ大学(オーストラリア)のChristopher J. Draper-Joyceらは、Gi2と複合体を形成したアデノシンA1受容体の構造を(559ページ3、MRC分子生物学研究所(英国)のJavier García-Nafríaらは、Goが共役した5HT1B受容体の構造を(620ページ4、ヴァンアンデル研究所(米国)のYanyong Kangらは、Gi1と複合体を形成した光受容器ロドプシンの構造を(553ページ5、それぞれ報告している。Gタンパク質の活性化サイクルでは、Gタンパク質にヌクレオチドが結合したり、そこから放出されたりするが、今回報告された構造は全て、ヌクレオチドが存在しない状態の各Gタンパク質が結合したGPCRの構造である。

今回解かれたGPCR–Gi/oの構造には、過去に報告されたGPCR–Gs複合体の構造7,8と類似している点がいくつかある。これはおそらく、両タイプの複合体が、構造が捉えられたGタンパク質活性化サイクル段階において全体的に同じコンホメーションをとっているためだと考えられる。一方で、両者には、GPCRとGタンパク質との接触面において顕著な違いがあることが明らかになった。例えば、Gi/oを含む構造では、GPCRとGβサブユニットとの間に相互作用は見られなかった。

また、これら4つの構造から、GPCRとGi/oの接触面における重要な相互作用がいくつか明らかになった。この相互作用は、Gαサブユニットのα5ヘリックス(カルボキシ末端のαヘリックス構造)によって仲介される。α5ヘリックスがGPCRの細胞質側の部位に結合すると、Gαのコンホメーションの再構成が引き起こされ、Gαに結合していたヌクレオチド(GDP)が放出されてGタンパク質の活性化が始まることが知られている9。今回報告された構造から、GPCR–Gi/oのα5ヘリックスの位置は、GPCR–Gs複合体のα5ヘリックスの位置とは異なっていることが分かった。具体的には、Gi/oのα5ヘリックスは回転しているため、GPCRの膜貫通ヘリックス(TM)6から離れてややTM7よりに位置している。また、Gi/oと結合したGPCRのTM6は、Gsと結合したGPCRのTM6ほど、受容体コアの外側には位置していない(図1)。従って今回の4編の論文の著者はいずれも、TM6のわずかな位置の違いがGsのGPCRへの結合を妨げており、GPCRがGi/oタンパク質に選択的に結合する仕組みを説明するのに役立つと考えている。

図1 Gタンパク質と複合体を形成したGタンパク質共役受容体(GPCR)の構造の差異
GPCRは膜貫通受容体で、Gタンパク質に共役することで細胞内のシグナル伝達経路を活性化する。Gタンパク質はα、β、γの3つのサブユニットから構成される。刺激性Gαタンパク質はGsファミリーと呼ばれ、抑制性Gαタンパク質(GiおよびGoタンパク質)は、まとめてGi/oファミリーと呼ばれる。多くのGPCRが、GsあるいはGi/oと選択的に結合しているが、この選択性の基盤は分かっていなかった。
a. GsGPCRの複合体中の3つのαヘリックスの位置を、これまでに報告されている構造7,8に基づいて示している。TM6とTM7はGPCRの膜貫通ヘリックスで、α5はGsのカルボキシ末端領域にあるヘリックスである。
b. 今回の4つの論文2–5では、Gi/oタンパク質と複合体を形成したGPCRの構造が報告された。aと比較すると、Gi/oのα5ヘリックスは回転しているため、TM6から離れてTM7に向かってわずかに移動している。また、GPCRのTM6は、aと比べて外側への移動が小さい。TM6の移動が小さいために、Gsタンパク質はGPCRに結合できない。この違いにより、GPCRがGi/oと選択的に結合すると考えられる。

α5ヘリックスの位置に差異が生じるのは、Gsのα5ヘリックスのアミノ酸残基が、Gi/oのα5ヘリックスのアミノ酸残基よりもかさばるためだと考えられる。また、Kangらは、Gs共役型GPCRとGi/o共役型GPCRについてTM6のアミノ酸配列を解析・比較して、この2つの系で観察される疎水性残基と親水性残基のパターンの差異が、TM6の移動量、ひいてはGi/oの特異性に影響している可能性を示している。

さらに、4つのGPCR–Gi/o構造の比較から、その接触面に大きな構造可塑性があることが明らかになった。Gi/oタンパク質がさまざまな構造やアミノ酸配列を持つ数百ものGPCRと共役することを考えると、これは驚くべきことではない。従って、Draper-Joyceらは、Gタンパク質の特異性は、特定のアミノ酸残基間で進化的に保存された相互作用としてコードされている必要はないが、「ポケット相補性(pocket complementarity)」(コンホメーションの再構成により、GPCRの細胞質側の部位に特定のGタンパク質の結合を導く領域を作り出す)を基盤としている可能性があると考えている。それを裏付けるさらなる証拠として、GPCR–Gi/o複合体の構造の接触面は全て、GPCR–Gs複合体の構造のそれよりも顕著に小さいことが、今回明らかになった。これは、5-HT1B受容体–Go接触面では特に顕著であった。この接触面の面積は822Å2であることをGarcía-Nafríaらが報告している。一方、Gsが結合したβ2アドレナリン受容体7の接触面は1260Å2、Gsが結合したアデノシンA2A受容体8の接触面は1135Å2である。

Koehlらは、Gi1とGsでは、GDPが結合している状態からGDPが結合していない状態へと移行する際に起こるコンホメーション変化に、わずかだが極めて重要な可能性のある差異を見いだしたことを報告している。GPCRが特定のGタンパク質サブタイプの特異的な構造変化を触媒することを考えると、観察されたコンホメーションの差異は、GPCRのGタンパク質特異性にも関与していると推測するのが妥当であろう。

今回の一連の研究から、GPCRのコンホメーションが特定のシグナル伝達経路を選択的に活性化する分子機構について、解明に向けた重要な一歩がもたらされた。こうした構造は、今後ますます報告されるはずだ。例えば、GPCRを他のGタンパク質や、アレスチンタンパク質などのシグナルトランスデューサーと共役させる構造的特徴も、おそらく明らかになるだろう。しかし、今回の4つの論文の各著者がそれぞれ指摘しているように、これらの研究は、Gタンパク質活性化経路におけるある瞬間の構造を捉えたにすぎず、不完全である。GPCRにおける共役の特異性は、Gタンパク質との前共役(GPCRとGタンパク質が実際に共役する前に、互いに相互作用する予備的段階)10や、GDPが結合したGタンパク質とGPCRとの共役11など、今回の新しい構造研究では調べられていないいくつかの因子にも依存している。また、受容体の個々のコンホメーションの寿命は、シグナルトランスデューサーに対するGPCRの特異性を決定できることから12,13、GPCRシグナル伝達では速度論的な次元も考慮すべきである。

GPCRのGタンパク質やシグナルトランスデューサーに対する特異性に関する包括的な分子モデルは、GPCRが多数の経路(交差することもある)が関与する複雑なシグナルをGPCRが生み出す仕組みについて、我々の理解を深めるだけでなく、GPCRを標的とするより良い薬剤の設計も促進すると考えられる。特に、特定のシグナル伝達経路を選択的に活性化あるいは抑制する薬剤を構造を基盤に設計できるようになれば、現在利用可能な治療薬を、より安全かつ効果の高いものにできる。

例えばモルヒネなどのオピオイド系薬剤の鎮痛特性は、Giタンパク質がμオピオイド受容体によって活性化されることで生じると考えられているが、μオピオイド受容体がアレスチンと共役すると、オピオイドの嗜癖特性や呼吸抑制が引き起こされる(後者は致死的となることも多い)。従って、疼痛緩和効果を持ちつつも、嗜癖や過剰摂取のリスクを低減させたオピオイド化合物の設計に多大な努力が捧げられてきた。また、単離されたGPCRの構造が相次いで報告されたことで、GPCRに結合する化合物の発見はすでに大きく前進し、こうした化合物は、今や実験室での有用なツールとなっている14。しかし、経路選択的な薬剤の合理的な設計を可能にするのは、GPCRシグナル伝達複合体の構造である。GPCRシグナル伝達というものはやはり、複合体(complex)という文字が表す通り、入り組んでいるのだ。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 9

DOI: 10.1038/ndigest.2018.180933

原文

How the ubiquitous GPCR receptor family selectively activates signalling pathways
  • Nature (2018-06-28) | DOI: 10.1038/d41586-018-05503-4
  • Michael J. Capper & Daniel Wacker
  • Michael J. Capper & Daniel Wackerは、マウント・サイナイ医科大学アイカーン医学系大学院(米国ニューヨーク)に所属。

参考文献

  1. Santos, R. et al. Nature Rev. Drug Discov. 16, 19–34 (2017).
  2. Koehl, A. et al. Nature 558, 547–552 (2018).
  3. Draper-Joyce, C. J. et al. Nature 558, 559–563 (2018).
  4. García-Nafría, J., Nehmé, R., Edwards, P. C. & Tate, C. G. Nature 558, 620–623 (2018).
  5. Kang, Y. et al. Nature 558, 553–558 (2018).
  6. Milligan, G. & Kostenis, E. Br. J. Pharmacol. 147, S46–S55 (2006).
  7. Rasmussen, S. G. F. et al. Nature 477, 549–555 (2011).
  8. García-Nafría, J., Lee, Y., Bai, X., Carpenter, B. & Tate, C. G. eLife 7, e35946 (2018).
  9. Mahoney, J. P. & Sunahara, R. K. Curr. Opin. Struct. Biol. 41, 247–254 (2016).
  10. Andressen, K. W. et al. FASEB J. 32, 1059–1069 (2018).
  11. Gregorio, G. G. et al. Nature 547, 68–73 (2017).
  12. Wacker, D. et al. Cell 168, 377–389 (2017).
  13. Lane, J. R., May, L. T., Parton, R. G., Sexton, P. M. & Christopoulos, A. Nature Chem. Biol. 13, 929–937 (2017).
  14. Roth, B. L., Irwin, J. J. & Shoichet, B. K. Nature Chem. Biol. 13, 1143–1151 (2017).