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世界の科学者がホーキング博士を追悼

Credit: Mike Marsland/WireImage/Getty

20世紀後半から現在に至るまで、物理学に最も大きな影響を及ぼし続けた人物の1人で、現代科学の象徴としても、おそらく最も著名であったスティーブン・ホーキング(Stephen Hawking)が、2018年3月14日に76歳で死去した。ホーキングは20代前半から、脳からの指令を筋肉に伝える運動ニューロンが死滅し、脳が筋肉を制御できなくなる筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患っていたが、最近、健康状態の悪化が伝えられていた。

ホーキングの死に、世界中の科学者が弔意を表した。1970年代初頭に彼から指導を受けたケンブリッジ大学(英国)の理論物理学者Malcolm Perryは、「物理学者たちは大きな衝撃と深い悲しみに打ちひしがれています」と述べる。1970年にホーキングと共著でブラックホールに関する重要な論文を出版したオックスフォード大学(英国)の理論物理学者Roger Penroseは、「真に並外れた人物でした」と故人を偲ぶ。

カリフォルニア大学バークレー校(米国)の理論物理学者Raphael Boussoもホーキングの教え子だったが、恩師について、素晴らしい物理学者だっただけでなく、一般の人々に科学の面白さを伝えるのが本当に上手だったとNatureに語った。「スティーブンは明朗闊達な人で、過剰なほどの敬意を払われることも、ややこしいやり取りに巻き込まれることも苦にしていませんでした」。

ホーキングは1942年に英国オックスフォードで誕生した。ケンブリッジ大学で博士課程学生として宇宙論を研究していた21歳のとき、ALSと診断された。医師には余命数年と宣告されたが、病気の進行は予想より遅く、その後数十年にわたり、理論物理学者としてもポピュラーサイエンス作家としても充実したキャリアを送った。彼は現代における最も有名な科学者の1人となり、その著書『A Brief History of Time』(1988年)〔邦訳『ホーキング、宇宙を語る』(1989年)〕は記録的なベストセラーとなった。テレビドラマ『新スタートレック』やアニメ『ザ・シンプソンズ』へのカメオ出演も楽しんだ。

科学の世界では、ホーキングの名はブラックホールの物理学と深く関係付けられている。彼がこの分野の研究を始めたころ、ブラックホールは、アルベルト・アインシュタインの一般相対性理論から数学的に導かれる奇妙な帰結にすぎない、と考えられていた。1970年代初頭、ホーキングは、ブラックホールの「事象の地平面」(そこを超えると二度と脱出できなくなる面)について、量子物理学から何が言えるかを調べ始めた。計算の結果、この面から少しずつ放射が漏れ出しているはずだとする結論が導かれ、物理学界に衝撃を与えた(この現象は間もなく「ホーキング放射」と呼ばれるようになった)。ブラックホールは真っ黒ではなかったのだ。

ブラックホールはホーキング放射によって縮んでゆき、最終的には消滅するだろうというのが、彼の帰結だった(S. W. Hawking Nature 248, 30–31; 1974)。研究者たちにさらなる衝撃を与えたのは、この放射により宇宙から情報が消滅するという1976年の発見だった。量子力学の基本的な原則のいくつかと明らかに矛盾していたのだ(S. W. Hawking Phys. Rev. D. 14, 2460–2473; 1976)。Penroseは、「この研究の重要性は、効果そのものよりも、一般相対性理論と量子力学という20世紀物理学の二大革命を一緒にして1つの明確な物理的意味を与えたことにありました」と説明する。

またホーキングは2016年から、Perryとハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)のAndrew Stromingerと共に、ブラックホールの情報のパラドックスから抜け出す方法を思い描き始めていた。3人はStromingerの学生Sasha Hacoと共同でフォローアップ論文を執筆していて、Perryによると、この論文は最終段階にあり、ホーキングも共著者として名を連ねているという(Nature ダイジェスト 2016年4月号「ホーキング博士の新論文に割れる物理学界」参照)。

ホーキングがノーベル賞を受賞できなかったのは、その研究のほとんどが思索的な性質を持ち、検証が困難だったためだろう。2016年にテクニオン・イスラエル工科大学(ハイファ)の物理学者Jeff Steinhauerが、本物のブラックホールではなく実験室で超低温原子を用いて作った人工のブラックホールで、ホーキング放射の説得力ある証拠を発見したと報告したとき、「ついにホーキングがノーベル賞を受賞するかもしれない」と考えた人もいた(Nature ダイジェスト 2016年11月号「人工ブラックホールで『ホーキング放射』を確認」参照)。しかし一部の専門家は、これらの結果はまだ決定的なものではないと考えている。

ホーキングの知見のいくつかに関する、より直接的な検証は、重力波を用いた天体物理学的ブラックホールの研究からもたらされるかもしれない。ホーキングと他の研究者たちは、ブラックホールの事象の地平面の表面積を、そのエントロピー(無秩序の尺度)と結び付けている。融合するブラックホールからの重力波を米国のレーザー干渉計重力波観測所(LIGO)が初めて検出したことについて、2016年にNatureのニュースチームがホーキングに取材した際、彼は「将来的には1970年代の自分の予想を検証できるだけの高い感度で検出できるようになることを期待する」と答えている。彼は、融合後の1つのブラックホールの表面積は、融合前の2つのブラックホールの表面積の和よりも大きくなると予想していた。

ホーキングは、かつての教え子である宇宙論研究者Thomas Hertogと共に、宇宙のインフレ-ション期(ビッグバンの直後、宇宙が指数関数的に急膨張していた時期)についても研究していて、1つではなく複数の宇宙「多元宇宙(multiverse)」を生じさせた可能性を探っていた。Hertogによると、2人はマルチバースのアイデアを検証可能な科学的枠組みへと転換しようとしていたという。「これぞホーキングです。彼には、スタートレックも恐れて尻込みするような場所に踏み込んでゆく大胆さがありました」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 6

DOI: 10.1038/ndigest.2018.180606

原文

Science mourns Stephen Hawking’s death
  • Nature (2018-03-22) | DOI: 10.1038/d41586-018-02957-4
  • Davide Castelvecchi