最も遠いクエーサーを発見
クエーサーと呼ばれる天体は、1963年の発見以来1、初期の宇宙の最も強力なプローブ(探針)の1つだ。クエーサーは当初、極端に高い光度を持つ不可解な放射源だったが、現在は、周囲からガスを貪欲に吸い込み、その過程で大量の放射を放出している超大質量ブラックホールであることが分かっている。今回、カーネギー研究所天文台(米国カリフォルニア州パサデナ)のEduardo Bañadosらは、これまでに見つかった中で最も遠いクエーサーの観測をNature 2018年1月25日号473ページで報告した2。このクエーサーから検出された光は、宇宙の年齢がわずか6億9000万年(現在の宇宙年齢の5%)だったときに放出されたものだ。
約90年前、天文学者エドウィン・ハッブルは、宇宙が膨張していることを発見した3。宇宙の膨張は、空間を旅する光の波を伸ばし、遠くの源から青色として放出された光は赤色として検出される。この現象は赤方偏移と呼ばれ、距離と時間の両方に関係する。赤方偏移が大きいほど、光の放出源は遠く、光はより遠い過去に放出されたことを意味する。
もしも宇宙の膨張を巻き戻したら、宇宙は、主として電離した水素で満たされた、高温で高密度な状態で始まったことが分かるだろう。宇宙が膨張すると温度も下がり、ビッグバンから約38万年後に中性の水素が形成されるほど低くなった。宇宙には、最初の数億年間は光源はなかった。星も銀河もクエーサーも存在しなかった。その後、第一世代の星が生まれたが、中性水素は紫外放射(第一世代星からの放出の主なタイプ)を効果的に吸収するため、宇宙は暗いままだった。
しかし、現在の宇宙は光源で満たされ、銀河間の空間に存在する水素(銀河間物質)は完全に電離している。このため、初期の銀河やクエーサーからの紫外放出に対して透明だ。この中性から電離した宇宙への相転移プロセスは再電離と呼ばれるが、十分に解明されていない。
宇宙の水素のうち、中性であるものの比率は、クエーサーが放つ光の水素による吸収を分析することにより、見積もることができる。宇宙の年齢が8億5000万年から12億年(赤方偏移では6.5から約5に相当)だった時期のクエーサーの観測は、この期間に中性水素の比率は0.1%から0.01%に急速に低下したことを示した4。しかし、再電離プロセスの大部分はこの期間の前に起こった。
Bañadosらが観測したクエーサーはULAS J1342+ 0928と呼ばれ、赤方偏移は7.54だ。この高い赤方偏移は、ULAS J1342+0928の強い紫外放出が、典型的な画像撮影サーベイが感度を持つ範囲を超えて近赤外域にシフトしていることを意味する。これほど高赤方偏移のクエーサーを見つけることは、十分に敏感な近赤外検出器による大領域の走査が約10年前に始まるまでは不可能だった5,6。Bañadosらは、ULAS J1342+0928の吸収スペクトル(ある周波数範囲での銀河間物質により吸収された放射の比率)を調べることにより、宇宙年齢が6億9000万年だったとき、中性水素の比率は少なくとも10%だったと決定した。この結果は、銀河間物質がどのように電離されたかに強い制限を課す。
ULAS J1342+0928のブラックホールは、太陽質量の約8億倍と極端に大質量だ。ブラックホールは、降着円盤と呼ばれる周囲の構造からガスを引き込むこと(降着)によって成長する(図1)。ガスは、ブラックホールに落ち込むときに放射を放出する。しかし、このような系の光度には最大値がある。放出される光の圧力が、落下するガスを押しやり、さらなる成長を阻むためだ。この最大光度は、ガスの降着が起きているブラックホールの質量に依存し、その系のエディントン限界と呼ばれる最大成長率を定める。
Bañadosらは、ULAS J1342+0928のブラックホールの大きな質量は、この天体が少なくとも1000太陽質量の種ブラックホールからその生涯を始めたなら説明できる、と提案する。この結果は、ブラックホールの種が最初の大質量星の死で作られたとするモデル7を除外し、ブラックホールの種は始原ガスが直接つぶれて形成されたというモデル8を支持するかもしれない。また、ULAS J1342+0928のブラックホールは、宇宙の年齢が約6500万年だったときからエディントン限界で連続的に(従って指数関数的に)成長しなければならなかっただろう。このシナリオは物理的には可能だが、極端な、約6億年間持続する降着を必要とする。この時間は、1つのクエーサーの典型的な寿命よりもかなり長い9。
今のところ、7を上回る赤方偏移のクエーサーが発見されたのは、今回を含めて2例だけだ。これまで最も赤方偏移が大きかったクエーサーは、2011年に報告された10。クエーサー進化の以前のモデルは、現在までにもっと多くのクエーサーが発見されているはずだと予測していた11。クエーサーを発見する方法は、こうした高い赤方偏移でも確実で効果的であることも分かっている。だから、発見された高赤方偏移クエーサーが少ないことは、初期の宇宙ではクエーサーはまれであることを示し、宇宙の始まりに向かうほど、クエーサーの活動は急激に低下することを意味するのかもしれない12。もしそうであれば、今回の結果は、クエーサーが宇宙に現れ始めた頃の極端にまれな系を観測していることを示唆する。
Bañadosらの研究は、宇宙における構造形成の最初期の時代での、銀河間物質の状態に関する手掛かりを与え、また、この時代の宇宙論モデルに重要な制限を課すだろう。しかし、1つのクエーサーの観測だけでは、再電離時代の宇宙の完全な描像や、超大質量ブラックホールの種からの進化と成長の完全な描像を得るには不十分だ。なすべき仕事は、今後の近赤外サーベイ結果から、急速に進化している初期宇宙のもっと完全な描像を得ることができるクエーサーをさらに発見することだ。
翻訳:新庄直樹
Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 4
DOI: 10.1038/ndigest.2018.180436
原文
A beacon at the dawn of the Universe- Nature (2018-01-25) | DOI: 10.1038/d41586-018-00818-8
- Eilat Glikman
- Eilat Glikmanは、ミドルベリー大学(米国バーモント州)に所属。
参考文献
- Schmidt, M. Nature 197, 1040 (1963).
- Bañados, E. et al. Nature 553, 473–476 (2018).
- Hubble, E. Proc. Natl Acad. Sci. USA 15, 168–173 (1929).
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