絶滅したフクロオオカミのゲノムから分かること
背中に特徴的な縞を持つことから「タスマニアタイガー」とも呼ばれるフクロオオカミ(Thylacinus cynocephalus)は、かつてニューギニアからタスマニアにかけて生息していた肉食性有袋類である。知られる限りで最後のフクロオオカミは、1936年9月7日にオーストラリアの動物園で死亡した。今回、この絶滅種のゲノムの全塩基配列が解読され、Nature Ecology and Evolutionで報告された1。この成果は、フクロオオカミが個体数を減少させた経緯や、イヌ科動物に不思議なほど似ている理由を解き明かす糸口となる。
「フクロオオカミは奇妙で風変わりな動物でした」と、メルボルン大学(オーストラリア)の進化発生生物学者で、今回のゲノム解読論文の筆頭著者でもあるCharles Feiginは話す。「フクロオオカミはイヌやオオカミにそっくりな姿をしていますが、実際は有袋類なのです」。
人類の到来は、フクロオオカミにとって凶報となった。初期の狩猟採集民がオーストラリアのあちこちに広がって住み着くと、それに伴ってフクロオオカミの生息域は縮小していった。数千年前にオーストラリアにディンゴ(Canis lupus dingo)が持ち込まれたことで、フクロオオカミの個体数はさらに減り、タスマニアに隔離されていた個体群だけがかろうじて生き残った。その後、19世紀に入植した欧州人はフクロオオカミを牧羊にとっての脅威と見なし、死骸1頭につき1ポンドの報奨金を出した。報奨金制度は1909年になくなったが、その頃には野生のフクロオオカミは絶滅寸前となっており、動物園はこの動物を入手するために大金を払うことをいとわなくなっていた。そして、残っていた個体は世界中の動物園に引き取られていった。
フクロオオカミのミトコンドリアゲノム(短いDNA鎖で、母性遺伝する)については、すでに塩基配列解読が行われている2。これは、スミソニアン研究所(米国ワシントンDC)の保管するフクロオオカミ標本から採取した体毛を使って解読されたものだ。メルボルン大学の発生遺伝学者Andrew Paskが率いた今回のチームは、それよりはるかに長い核ゲノムを入手した。こちらは、1909年に母親の育児嚢で見つかってアルコール保存されていた、生後1カ月の仔の組織から得られたものである。
核ゲノムには、ミトコンドリアゲノムと比べてより多くの祖先に関する情報が含まれている。今回の核ゲノム解読で、フクロオオカミの遺伝的多様性が低下していたことが明らかになり、人類がオーストラリアに到来するずっと以前の約7万〜12万年前に、すでに個体数が減少し始めていたことが示唆された。同様のパターンは、タスマニアデビル(Sarcophilus harrisii)のゲノムにも見られる3。Feiginは、気候の寒冷化が2つの種の生息域を縮小させ、それによって両種は人類による影響を受けやすくなったのではないかと考えている。
フクロオオカミはイヌ科動物とさほど近縁ではなく、両者の共通祖先は約1億6000万年前までさかのぼるが、頭部の形状は極めてよく似ている。このことから、フクロオオカミとイヌ科動物は捕食型の生活をしやすくするために類似の適応をした可能性があると考えられる。そうした「収斂進化」を検証する中で、FeiginとPaskらは、フクロオオカミとイヌ科動物の両方で類似のDNA変化が見られる81個のタンパク質コード遺伝子を突き止めた。その中には、頭蓋の発生・発育に関わる遺伝子も含まれていた。ただし、これらの遺伝子の中で自然選択を受けて進化したと見られるものは、フクロオオカミにもイヌ科動物にも見つからなかった。
この結果から研究チームは、フクロオオカミとイヌ科動物で長く突き出た鼻などの共通する形質が見られる現象には、タンパク質のアミノ酸配列よりもむしろ、発現の仕方に影響を及ぼす「シス調節配列」のようなDNAの影響が大きいのではないかと考えている。
それは「もっともな推論」だと、ウィスコンシン大学マディソン校(米国)の進化発生生物学者Sean Carrollは話す。新たな身体形質は、広範な動物で共有されている発生経路の発現が変化するときに出現する傾向があるからだ。
翻訳:船田晶子
Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 3
DOI: 10.1038/ndigest.2018.180310
原文
Tasmanian tiger genome offers clues to its extinction- Nature (2017-12-14) | DOI: 10.1038/d41586-017-08368-1
- Ewen Gallaway
参考文献
- Feigin, C. Y. et al. Nature Ecol. Evol. 2, 182–192 (2018).
- Miller, W. et al. Genome Res. 19, 213–220 (2009).
- Murchison, E. P. et al. Cell 148, 780–791 (2012).