顔認識のメカニズム
脳は多数の顔を認識して記憶するように進化してきた。だから、混雑したレストランや大通りにいる何十人もの人の中から友人の顔をすぐに識別できる。そして、ちらっと見ただけで、その人が興奮しているのか怒っているのか、楽しいのか悲しいのかが分かる。
脳画像研究によって、側頭葉(こめかみの下あたり)にあるブルーベリー大の領域数カ所が、顔に対する反応に特化していることが分かった。これらの領域は「顔パッチ」と呼ばれている。しかし、脳スキャンでも患者の脳に電極を埋め込んだ臨床研究でも、顔パッチの神経細胞がどう機能しているのか正確なところは不明だった。
しかし最近、カリフォルニア工科大学(米国)の生物学者Doris Tsaoらがマカクザルの脳画像と単一ニューロンの記録を併用し、霊長類が顔認識に用いている神経コードをついに解読したようだ。同チームは顔パッチの各細胞の発火頻度が顔の個別の特徴に対応していることを発見した。これらの細胞は一連のダイヤルの組み合わせのように、個別の情報に応じて微調整され、それらがさまざまな道筋で統合されて、サルが見たあらゆる顔の全体像を作り出しているようだ。
顔パッチ領域のニューロン
これら顔パッチ領域が顔の情報を専門にコードしていることは以前の研究で示唆されていた。2000年代初め、ハーバード大学医学系大学院(米国)のポスドク研究員だったTsaoは電気生理学者のWinrich Freiwaldとともに、サルが顔の画像を見るたびに顔パッチ領域のニューロンが電気信号を発することを示した。それらの脳細胞は、野菜やラジオ、顔以外の身体部分など他の画像に対してはほとんど、あるいは全く反応しない。また、顔パッチ領域のニューロンが異なる顔を区別しており、漫画に描かれた顔も区別できることが別の実験で示された。
神経科学者のRodorigo Quian Quirogaは人間を対象に行った2005年の有名な実験で、女優のジェニファー・アニストンの写真が脳の海馬にある1個の細胞を活性化することを発見した。いわゆる「ジェニファー・アニストン細胞」だ。顔パッチの各ニューロンは少数の特定の人物に敏感に反応しているという説が有力だったため、同様のことが側頭葉でも起こっていると考えられたと、現在レスター大学(英国)にいるQuian Quirogaは言う。
しかし、Tsaoの最近の研究はこの説が間違いである可能性を示唆している。「Tsaoは顔パッチのニューロンが特定の人物をコードなどしていないことを示した。これらのニューロンは単に顔の部分的な特徴をコードしているだけなのだ」とQuian Quirogaは言う。「これは顔認識の過程に関するこれまでの理解を完全に変える」。
個別の特徴に反応
顔パッチのニューロンがこの認識作業をどのように行っているかを解明するため、Tsaoとポスドク研究員のSteven Le Changは、顔の丸さや両目の間隔、肌の色やきめなど50種類の特徴がさまざまに異なる2000人分の顔写真を用意した。それらを2頭のサルに見せ、3カ所の顔パッチにある個々のニューロンの電気活性を記録した。
その結果、各ニューロンはそれぞれ1つの特徴だけに反応することが分かった。海馬にあるジェニファー・アニストン細胞が個人の顔をコードしているのとは違って、顔パッチのニューロンは顔写真を小さな領域に分割し、額の幅など特定の特徴をコードしているとChangは言う。さらに、別の顔パッチにあるニューロンは互いに相補的な情報を処理していた。工場の作業員のように、さまざまな顔パッチ領域は異なる作業を担っており、協力し合いコミュニケーションを取って作業を進めることで、全体像を作り上げている。
【訂正】第3パラグラフ「Coris Tsao」は、正しくは「Doris Tsao」です。訂正し、お詫び申し上げます。
翻訳:粟木瑞穂
Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 9
DOI: 10.1038/ndigest.2017.170907a