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ミイラDNAが示す古代エジプト人の祖先

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 9 | doi : 10.1038/ndigest.2017.170912

原文:Nature (2017-06-01) | doi: 10.1038/546017a | Mummy DNA unravels ancient Egyptians’ ancestry

Traci Watson

遺伝子解析により、古代エジプト人はサハラ以南のアフリカの人々ではなく中東の人々と近縁だったことが明らかになった。

古代都市アブシール・エル・メレクの発掘風景。 | 拡大する

PETR BONEK/ALAMY

古代エジプトの墓からは、金の襟飾りや象牙の腕輪など、多くの財宝が発掘されている。しかしもう1つの宝、ヒトのDNAを取り出すことはこれまで困難だった。今回、科学者たちはエジプトのミイラから広範なゲノム情報を取り出すことに成功した。その情報から、古代エジプトのミイラが古代の中東の人々と密接な関係にあったことが明らかになり、北部アフリカの人々はサハラ以南の人々とは異なる遺伝的ルーツを持つことが示唆された。

2017年5月30日にNature Communicationsに発表されたこの研究1には、紀元前1380年~西暦425年(エジプト新王国時代からビザンツ帝国支配下にあった時代)に埋葬された90体のミイラから得られたデータが使われた。分析の結果、このミイラたちと最も近い関係にあるのは、今日のイスラエルとヨルダンにあたる地域に居住していた古代の農民であることが示された。一方、現代エジプト人は、中央アフリカの人々からより多くのDNAを受け継いでいる。

ニューヨーク州立大学バッファロー校(米国)の進化人類学者Omer Gokcumenは、エジプトと中東の人々の密接なつながりは考古学的発見や歴史文書から示唆されていたものの、「遺伝子レベルの経験的証拠が得られたのはこれが初めてでした。非常に喜ばしいことです」と言う。

ミイラの遺伝物質を良好な状態で抽出することは極めて困難だ。原因は、エジプトの灼熱の気候と、古代の死体防腐処置技術にある。ミイラから初めて抽出されたというDNA配列2は、おそらく現代人のDNAが混入したものだった。また、ツタンカーメン王のミイラから得られたという遺伝情報3にも、多くの科学者が疑いの目を向けている4

今回の分析が成功したのは、研究者らが、エジプトのミイラにしばしば豊富に残されている軟組織ではなく、骨や歯からDNAを採取したからだ。研究に用いられたミイラは、今から1世紀も前に古代都市アブシール・エル・メレクで発掘されたものである。研究チームは、これまでにミイラと接触した人々による汚染の影響を除外するため、DNAを慎重に選別した。

論文の共著者であるマックス・プランク人類史科学研究所(ドイツ・イエナ)の古遺伝学者Johannes Krauseは、「私たちが調べたミイラの半数以上で、DNAがかなり良好な状態で保存されていました」と言う。

コペンハーゲン大学(デンマーク)の古遺伝学者Hannes Schroederは、「エジプトのミイラの遺伝子解析研究はこれまで、失敗、もしくは挫折という結果に終わっていました。今回の研究チームは、そうした困難な研究を初めて成功させたのです」と評価する。また、サウサンプトン大学(英国)の生物考古学者Sonia Zakrzewskiは、古代エジプトの人口は移民によって増加したのか、などの問いに答えが出る可能性があると期待する。

ヒトDNAは、母から子へと受け継がれるミトコンドリアDNAと、両親から子へと受け継がれる核DNAからなる。研究チームは今回、90体のミイラから抽出したミトコンドリアDNAの多様性について情報を得ることができたが、核DNAについてはそのほとんどが汚染されていたため、詳細な核DNA情報は3体のミイラからしか得られなかった。

どちらのゲノム物質も、古代エジプト人が現代のサハラ以南のアフリカの人々とはほとんどDNAを共有していないことを示していた。彼らと最も近縁なのは、新石器時代から青銅器時代にかけてレバントという名で知られた地中海東岸地方に住んでいた人々だった。意外なことに、古代エジプトのミイラは、現代エジプト人よりも古代の欧州人やアナトリア人と密接な関係にあったのだ。

研究チームによれば、今から700年ほど前に一度、サハラ以南のアフリカの人々のDNAがエジプトに大量に入った可能性があるという。古代エジプト人とアフリカのもっと南の方に住む人々の間で混血が起きたことで、現代エジプト人はアブシール・エル・メレクのミイラに比べて、サハラ以南のアフリカの人々のDNAを8%多く受け継ぐことになったのかもしれない。

今回得られたデータからは、古代エジプト人が中東の人々とこれほど近縁である理由を説明することができない。これは移民の結果なのか、それとも、石器時代の北部アフリカの狩猟採集民はレバント地方の人々と遺伝的によく似ていたということなのだろうか? Krauseは、結論を出すのは時期尚早だが、何らかの答えが出る可能性は高まったと考えている。「エジプトの遺伝学的歴史が初めて見えてきたのです」と彼は言う。「本当に、始まったばかりなのですが」。

(翻訳:三枝小夜子)

参考文献

  1. Schuenemann, V. J.et al. Nature Commun. 8, 15694 (2017).
  2. Pääbo, S. Nature 314, 644–645 (1985).
  3. Hawass, Z.et al. J. Am. Med. Assoc. 303, 638–647(2010).
  4. Lorenzen, E. D. & Willerslev, E. J. Am. Med. Assoc. 303, 2471–2475 (2010).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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