News & Views

造血幹細胞の維持にはバリンが必須

Credit: bakhtiar_zein/iStock / Getty Images Plus/Getty

骨髄内のニッチに存在している造血幹細胞(HSC)は、あらゆる血液細胞系譜に分化できる。そのため骨髄移植は、血液や血液由来細胞が関わる多くの疾患の根治的な治療法となっている。ただし、骨髄移植では通常、移植の前にレシピエントが前処置治療(化学療法のみ、あるいは化学療法と全身への放射線療法の併用)を受ける必要がある。これは、異常なHSCを除去して骨髄ニッチに空きを生み、ドナーHSCの受け入れを可能にするとともに、免疫系を抑制してドナー細胞の拒絶を阻止することが目的だ。しかし、このような前処置により、顕著な免疫抑制、組織損傷、そして死亡に至ることもあり、また不妊などの長期的な副作用も生じる。このほど東京大学医科学研究所の田矢祐規らは、健康なマウスの食餌からアミノ酸のバリンを除去するだけで、骨髄HSCの減少が引き起こされることを突き止めた。また、これが毒性の少ない骨髄移植前処置になることをマウスで実証し、Scienceに報告した1

骨髄の非造血系細胞は、HSCとの直接接触あるいは、可溶性因子の分泌を介して、HSCの健康維持に不可欠な役割を担っているとする証拠が多く存在する2。HSC胞を支えるこうした微小環境は、造血幹細胞ニッチ(HSCニッチ)と呼ばれる。田矢らは、HSCニッチ内の因子を阻害することで、骨髄移植に利用できる脆弱性が存在するかどうかを調べた。1940年代の論文3で、骨髄の造血系細胞は特にタンパク質の枯渇に感受性であることが報告されていることから、田矢らは、末梢血と骨髄とを比較し、骨髄に可溶性アミノ酸が非常に多く含まれることを観察するとともに、骨髄の非造血系細胞が多くのアミノ酸を放出することを見いだした。

この結果に基づいて、20種類のアミノ酸のうちのどれがHSC機能に必要であるかを調べることにした。in vitroのHSC培養系で1種類ずつアミノ酸を除いて培養を行うことで、バリンとシステインがHSCの増殖に必要であることを突き止めた。

ヒトやマウスではバリンを合成する代謝経路がないので、「必須の」アミノ酸は、システインではなくバリンである。そこで田矢らは、食餌中のバリンを除去し、in vivoでの血液形成に及ぼす影響を調べた。健康なマウスに4週間にわたってバリンを含まない食餌を与えると、この期間に白血球、赤血球、HSCの数が減少することが分かった。次に、放射線照射により前処置したレシピエントマウスに、バリン除去食マウス由来のHSCもしくは正常なHSCを移植し、細胞の競合的な骨髄再構築能を比較した。すると、バリン除去食マウスから純化したHSCでは長期の骨髄再構築能が低下していた。

バリン除去食マウス由来のHSCは機能が低下していると考えられたことから、田矢らは、バリンを欠乏させると、ドナーHSCの生着を許容できる程度まで内在性HSCが障害されるかどうかを調べた。つまり、バリン除去のみでレシピエントに対する移植前処置になるかどうかを検討したのだ。マウスに2週間にわたってバリン除去食を摂取させ、次に健康なドナーHSCを移植し、徐々に通常の栄養が完全な食餌(完全食)に戻した。その結果、移植後12週間でレシピエントマウスの成熟血液細胞の約10〜15%がドナーHSC由来になったが、対照群である完全食を摂取させたレシピエントマウスではドナーHSCの生着は検出できなかった。バリン除去食摂取後に移植を行ったマウスでは、放射線照射による前処置で問題となる成長の障害、寿命の短縮、不妊が見られない。これは、この手法の特筆すべき点といえる。(図1)。

図1 骨髄移植に伴う毒性を低減し得る新手法
a. マウスでの従来の骨髄移植では、レシピエントの造血幹細胞(HSC)の除去に放射線照射が用いられるが、これにより洞様毛細血管(骨髄の小血管に隣接するニッチで、ここでHSCが増殖する)も損傷を受ける。次に、健康なドナーHSCが骨髄に移植されると、血液系が完全に再構築される。この手法は造血系の置換に有効であるが、不妊や寿命の短縮を引き起こす。
b. 田矢らによる別の手法1。食餌からアミノ酸の一種バリンを除去して与え続けると、健康なドナーHSCの生着が可能になる程度に内因性HSCの除去および機能不全が引き起こされるが、ニッチは明らかに維持されている。生着したHSCは造血系に部分的に寄与し、普通食に戻すと、レシピエントHSCの一部が回復する。この移植戦略を用いたマウスは、正常な寿命と生殖能力を持つ。

さらに田矢らは、ヒト細胞を用いて類似の実験を行った。ヒトHSCは、培養系での増殖や、免疫不全マウスへの移植による造血の維持に、バリンだけではなく、別の必須アミノ酸ロイシンも必要とすることが分かった。

以上のことから、この研究は、食事由来の重要な因子の除去だけでHSC機能が大きく障害され、健康なドナーHSCの生着が可能になることを示している。モデル生物での骨髄移植の標準的な手法はHSCニッチを破壊する放射線照射を用いるものである4。一方、田矢らの知見は代替となる移植前処置戦略を示しており、この手法はHSC生物学研究で有用と考えられる。その上、このデータは、ヒトの骨髄移植の毒性を低下させるのにアミノ酸除去を利用できる可能性があるという、興味深い疑問も浮上させた。

ただし、移植レシピエントでのバリン除去は今までのところ、ドナーHSCによる骨髄再構築の成績が放射線照射による前処置と比べて低レベルであることに留意しなければならない。これは、βサラセミアなどの一部の血液疾患の治療には十分であるが、全ての疾患に有効ではない。その上、白血病に対する骨髄移植でバリンあるいはロイシンの除去が有効であるかどうかには疑問が残っている。白血病幹細胞は正常なHSCとは代謝要求性が異なっており5、これらのアミノ酸依存性ではない可能性があるからだ。また、前処置の3つ目の目的である「レシピエントの免疫系の抑制」が、この方法のみで達成できたかどうかもまだ明らかになっていない。

4週間にわたってバリンを除去したマウスはタンパク質栄養失調の徴候を示す。従って、バリンを再摂取させると、リフィーディング症侯群と呼ばれる有害な代謝応答が起こる可能性がある。理想的な前処置を行うための手法はおそらく、より短い期間のバリン除去と、毒性のない他の新しい前処置法を組み合わせることだと考えられる。例えば、内在性HSCを除去するのに、抗HSC抗体6や抗体-薬剤抱合体7を用いたり、ドナーHSCの生着を促すためにサイトカイン分子によりシグナル伝達を変化させることで免疫系を調節したりする方法8が挙げられる。

白血病患者は重症であるため、化学放射線療法による前処置を受けられないことが多い。前処置レジメンの毒性を最小限にすることができれば、骨髄移植を利用できる人が増えると考えられる。その上、軽度の血液疾患の場合は、化学放射線療法により基礎疾患以上に多くの合併症が生じるが、将来、このような軽度の疾患の治療に移植を利用できる可能性が開けるかもしれない。これらの毒性のない手法の安全性や有効性がヒトで証明されることで、田矢らがマウスで示したとおりの成果がヒトでも得られるかどうかが明らかになるだろう。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 4

DOI: 10.1038/ndigest.2017.170428

原文

Valine starvation leads to a hungry niche
  • Nature (2017-01-12) | DOI: 10.1038/nature21106
  • R. Grant Rowe & George Q. Daley
  • R. Grant Rowe & George Q. Daleyはボストン小児病院およびダナ・ファーバーがん研究所(米国マサチューセッツ州ボストン)に所属。

参考文献

  1. Taya, Y. et al. Science 354, 1152–1155 (2016).
  2. Yu, V. W. C. & Scadden, D. T. Curr. Top. Dev. Biol. 118, 21–44 (2016).
  3. Kornberg, A. J. Biol. Chem. 164, 203–212 (1946).
  4. Mendelson, A. & Frenette, P. S. Nature Med. 20, 833–846 (2014).
  5. Signer, R. A. J., Magee, J. A., Salic, A. & Morrison, S. J. Nature 509, 49–54 (2014).
  6. Czechowicz, A., Kraft, D., Weissman, I. L. & Bhattacharya, D. Science 318, 1296–1299 (2007).
  7. Palchaudhuri, R. et al. Nature Biotechnol. 34, 738–745 (2016).
  8. McIntosh, B. E. et al. Stem Cell Rep. 4, 171–180 (2015).