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赤ちゃんの脳損傷を防ぐ新治療法に高まる期待

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 3 | doi : 10.1038/ndigest.2017.170312

原文:Nature (2016-12-01) | doi: 10.1038/540017a | Experimental treatments aim to prevent brain damage in babies

Erika Check Hayden

低酸素性虚血性脳症(HIE)の新生児の命を救うと期待される実験的治療法が、臨床試験の段階に入った。

新生児の脳損傷の治療に今より効果のある方法が もうじき使えるかもしれない。 | 拡大する

Fuse/Corbis/Getty

あるホルモンを使って出生時の脳損傷を防ぐ治療法が、新生児医療に革命をもたらしてくれるのではないかと期待されている。

出生前後に起こる脳への血液や酸素の供給不足で、世界で毎年80万人以上もの赤ちゃんが死亡している。また、一命を取り留めたとしても、そうした虚血・低酸素で生じた脳損傷により脳性麻痺を発症し、脳神経や精神・身体の長期的障害を負うことも多い。これを防ぐ手段は現状ではほとんどないが、現在進行中の臨床試験がこうした状況を変えてくれるだろうと医師らは考えている。

この臨床試験が行われるきっかけとなったのは、1990年代に、一部の脳損傷が回復可能だと分かったことだった。この発見が引き金となって続々と基礎研究が行われ、それがまさに今、臨床に「果実」をもたらそうとしているのだ。

米国では2017年1月、既存の新生児低体温療法(体温を33.5℃に下げる)に、エリスロポエチン(EPO)というホルモンの投与を組み合わせることで、生後数時間の脳損傷を防止できるかどうかを調べる試験が開始する。オーストラリアではすでにこの併用法の臨床試験が始まっており、米国や中国、スイスなどの国々では、未熟児へのEPO投与試験の他、満期新生児にメラトニンやキセノン、アルゴン、マグネシウム、アロプリノール、臍帯血を使用する試験が進められている。

「状況は確実に変わってきています」と、ボストン小児病院(米国マサチューセッツ州)の神経科医Janet Soulは話す。

最初に成功を収めたのは、新生児の低体温療法だった。過去10年の間に行われた複数の臨床試験から、低体温療法は新生児の死亡リスクや主要な脳発達障害のリスクを60%も下げることが明らかになったのだ。この療法は現在、先進国で、分娩時に新生児の脳が虚血・低酸素状態に陥った場合の標準療法となっている。

「こうした赤ちゃんを目の前にして、発作が起こるのをただ見ているだけでなく、何か治療をしてあげられるということが、どんなにありがたいことか」とSoulは話す。

しかし、低体温療法は全ての新生児に有効ではない1ため、他の療法を併用するやり方で道が開けないか、研究者らは模索し始めた。EPOは、赤血球の産生を促進することから貧血の治療に一般的に使われているホルモンで、主に腎臓で作られる。だが、1993年になって、ラットの脳細胞でも見つかった2,3。この造血ホルモンが脳内でいったい何をしているのか、ワシントン大学(米国シアトル)の神経科学者Sandra Juulは興味を持った。彼女はその後の動物研究で、EPOは脳細胞が死ぬのを防ぎ、脳の修復を助けていることを明らかにした4。この成果は数年後の臨床試験へとつながり、それによってEPOが新生児の脳損傷を防ぐことが初めて示された。

前進あるのみ

2016年6月にJuulらは、脳損傷リスクのある新生児数十人を対象に、出生直後に低体温療法と組み合わせてEPOまたはプラセボを投与した試験の結果を報告した5。投与5日後に磁気共鳴画像化法で捉えた脳損傷の度合いは、EPO投与群の方がプラセボ投与群よりも少なかった。

こうして積み重なった研究結果が、今回の臨床試験の実施に結び付いたわけである。臨床試験を率いるのは、Juulとカリフォルニア大学サンフランシスコ校(米国)の小児神経科医Yvonne Wuで、試験対象となるのは、米国内の17の医院で出生後24時間に脳損傷リスクが現れた新生児500人である。

試験では全ての新生児に低体温療法を施し、半数に7日間でEPOを5回投与し、残りの半数にはプラセボ(生理食塩水)を投与する。この試験には1000万ドル(約11億円)が投入され、EPOを投与することで、子どもが2歳になった時点の精神および身体の健康状態を改善できるかどうかを評価する。

また、在胎23週で生まれた早産児へのEPO投与試験も米国や欧州で進行中である。こうした早産児は満期出産児に比べて脳損傷を生じやすい。ただ、23週というごく早期に生まれた場合のEPO投与の効果については、小規模な複数の研究で相反する結果が報告されているのが現状である。

しかし、チューリッヒ大学(スイス)の新生児学者Giancarlo Natalucciは、そのように相反する結果が出たのは投与量の違いなどが原因ではないかと考えている。彼が参加したスイスの臨床試験では、早産児にEPOを投与しても2歳時点での健康は改善されなかった6。しかし彼はまだ、EPO投与療法には研究の価値があると考えている。

EPO投与療法の試験の難しさは、生じた症状が投与の副作用なのか、それとも、その赤ちゃんに潜在していた脳損傷のせいなのかを判別しにくい点にある。

このように種々の困難はあるものの、Juulや他の研究者らは、世界中の小さな患者たちを救いたい一心で研究を推し進めている。「彼らは我々の助けを切実に求めているのです」とJuulは話す。

(翻訳:船田晶子)

参考文献

  1. Azzopardi, D. et al. N. Engl. J. Med. 371, 140–149 (2014).
  2. Masuda, S. et al. J. Biol. Chem. 268, 11208–11216 (1993).
  3. Masuda, S. et al. J. Biol. Chem. 269, 19488–19493 (1994).
  4. Kellert, B. A., McPherson, R. J. & Juul, S. E. Pediatric Res. 61, 451–455 (2007).
  5. Wu, Y. W. et al. Pediatrics 137, e20160191 (2016).
  6. Natalucci, G. et al. J. Am. Med. Assoc. 315, 2079–2085 (2016).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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