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ノーベル化学賞は分子イメージングの先駆者に

クライオEM法を開発した3氏。左からジャック・デュボシェ、ヨアヒム・フランク、リチャード・ヘンダーソン。 Credit: L–R: MARIETTA SCHUPP/EMBL; JORG MEYER; LMB-MRC

2017年のノーベル化学賞は、生体分子の観察方法の開発に貢献したジャック・デュボシェ(Jacques Dubochet)、ヨアヒム・フランク(Joachim Frank)、リチャード・ヘンダーソン(Richard Henderson)の3氏に授与される。溶液中で凍らせたタンパク質に電子線を照射してその構造を探る極低温電子顕微鏡(クライオEM)法を開発した功績が認められたものだ。

生体分子構造のイメージング(画像化)には、タンパク質結晶にX線を照射するX線結晶構造解析法が数十年にわたり用いられてきた。しかし現在、結晶構造解析を行う研究室は競ってクライオEM法を導入している。大型結晶の形成が容易でないタンパク質の画像も取得できるためだ。化学賞の受賞者を選定するスウェーデン王立科学アカデミーは、クライオEM法が「生化学を新時代に導いた」と評価している。

1970年代に、MRC分子生物学研究所(英国ケンブリッジ)の分子生物学者であるヘンダーソンと共同研究者のナイジェル・アンウィン(Nigel Unwin)は、バクテリオロドプシンというタンパク質の三次元構造の解明に取り組んでいた。バクテリオロドプシンは、光エネルギーを用いて細胞膜を通したプロトン輸送を行う。しかし、このタンパク質分子はX線結晶構造解析には適さない。このためヘンダーソンらは電子顕微鏡法に目を向け、1975年にバクテリオロドプシンの3Dモデル作成に初めて成功した(R. Henderson and P. N. T. Unwin Nature 257, 28–32; 1975)。

クライオEM法の分解能向上を表した図(β-ガラクトシダーゼ分子)。大まかな構造を低解像度の密度図から得ていた初期(左)と、各原子の配置まで分かる現在(右)。 Credit: V. Falconieri, S. Subramaniam, NCI-NIH

同じく1970年代、現在コロンビア大学(米国ニューヨーク)に所属する生物物理学者であるフランクは共同研究者と共に、電子顕微鏡によるタンパク質観察で得られる不鮮明な画像を解析する画像処理ソフトウエアを開発し、ぼやけた複数の2D画像を変換して3D分子構造を構築することに成功した。

1980年代初頭に、現在ローザンヌ大学(スイス)名誉教授であるデュボシェが率いる研究チームが、電子顕微鏡内の真空中で水溶性の生体分子が乾燥するのを防ぐ方法を開発したことによって、分子が自然な形状を維持できるようになった。研究チームは液体エタンを使ってタンパク質溶液を急速凍結することで、電子線を照射しても分子があまり動かないように維持する方法を見つけたのだ。これによりタンパク質イメージングの分解能(解像度)を大幅に向上させることができた。

これらの研究をはじめとするクライオEM法の改良により、ヘンダーソンは1990年、クライオEMを使ってタンパク質の原子分解能の画像を得ることに初めて成功した(R. Henderson et al. J. Mol. Biol. 213, 899–929; 1990)。

ノーベル賞委員会が認めたこれらの研究は、1970~1980年代に行われたものだが、近年多くの科学者が「革命」と呼んだ技術の基礎を築いた。その後、電子顕微鏡の感度向上に加え、画像を3D構造に変換するソフトウエアの改良も進んだため、多くの研究室がX線結晶構造解析よりもクライオEM法を好んで使うようになった。

「これまで築き上げてきた研究の全てが大きく評価されたのです。素晴らしいことです」と、ヘンダーソンの共同研究者でクライオEMの専門家であるSjors Scheresは言う。「3氏の受賞は当然でしょう」。

翻訳:藤野正美

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2017.171212

原文

Cryo-electron microscopy wins chemistry Nobel