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量子画像化技術でうつ病診断・治療を目指す

サイエンスアゴラ2016でのトークセッションの様子。 Credit: 量子科学技術研究開発機構

気分の落ち込みが続き、生活に支障を来す「うつ病」。厚生労働省の患者調査によれば、うつ病で受診した患者の数は2014年には70万人を越え、1996年の3.5倍と著しい増加を見せている。ただし、この数字の解釈には注意が必要だ。受診率をもとに算出しているため、社会情勢の異なる約20年前とは単純に比較できない上、受診率は現在においても低く、実際の患者数はもっと多いとみられる。

受診率の低さの原因の1つに、うつ病の症状が人によりさまざまであることが挙げられる。例えば、頭痛や吐き気といった症状から身体の疾患を疑い、脳外科や消化器科を訪れる患者は少なくない。その一方で、うつ状態と躁状態が交互に現れる双極性障害は抗うつ薬よりは気分安定薬による治療が中心となるが、患者はうつ状態のときに受診することが多く、うつ病と診断され抗うつ薬による治療が続くこともある。つまり、診断が極めて難しいのである。

サイエンスアゴラ2016で11月4日、量子科学技術研究開発機構(以下、量研機構)の山田真希子・脳機能イメージング研究部チームリーダーが、抑うつ症状に特有の認識の歪みと神経回路を見出し、診断に結び付ける取り組みについて解説した。量研機構は、放射線医学総合研究所と日本原子力研究開発機構の一部が統合した国立研究開発法人で、2016年4月に発足した。

量子と医学、いったいどう結び付くのだろう? 実は、患者の体を傷つけずに脳の活動状態を捉えることができるfMRI(機能的磁気共鳴画像診断法)やPET(ポジトロン断層法)は、量子イメージング技術の一種である。山田氏はこうした量子イメージング技術を使って、うつ病の脳内メカニズムの解明に取り組んでいる。2013年には「優越の錯覚」が生じる神経活動の仕組みを明らかにし、「自分は他者より優れている」と錯覚することで精神が健康でいられることを突き止めた。

診断は、治療につながるための重要な一歩である。だがこの疾患は、治療においても大きな課題を抱える。現時点で、全てのうつ病患者に有効な薬がまだないため、ひとまず薬を服用して効くかどうかを見るしかないのだ。ただ、神経回路においては、うつ病の患者の脳には「考え方の癖」があることが知られているので、考え方の癖を訓練により矯正する認知行動療法と呼ばれる精神療法(非薬物療法)と併用されることも多い。認知行動療法は再発を防ぐ効果が高いことから、厚生労働省は普及に力を入れている。

山田氏によれば、うつ病患者の脳は「優越の錯覚」が生じるのを抑えてしまうため、それを制御できるようになれば精神の健康を取り戻せる可能性があるという。山田氏は講演の中で、考え方の癖を矯正できているかどうかをfMRIで確認しながら訓練を積む「ニューロフィードバック訓練」という新たな非薬物治療法の開発にも取り組んでいることを報告した。患者自身がうまくできているかどうかを目で見て確認できることは、治療の励みになることだろう。

原因が分からないまま不調と不安に苦しんでいる患者は、うつ病を患っていると分かることでようやく周囲に助けを求めることができ、周囲もまた手をさしのべることができる。Nature 2014年11月13日号180ページでは各国のうつ病有病率を比較しており、上位にはアフガニスタンやリビアといった情勢不安を抱える国々が並ぶ。それに対し、日本のうつ病有病率は世界では低い方ではあるが、それでも社会に大きな影響を及ぼしていることは言うまでもない。患者が的確な診断を得られるようになれば、回復を支援する仕組みにつながる率は高まることだろう。この研究に引き続き注目していきたい。

(編集部)

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2017.170116