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生きた細胞内でケイ素と炭素が初めて結合!

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 1 | doi : 10.1038/ndigest.2017.170105

原文:Nature (2016-11-24) | doi: 10.1038/nature.2016.21037 | Living cells bind silicon and carbon for the first time

Davide Castelvecchi

生物は豊富にあるケイ素を利用しない。このたび、ケイ素と化学結合を形成して体内の生化学経路に取り込むことのできる酵素が見いだされた。さらに、ほんの数カ所の変異を加えたところ、人工触媒をしのぐ効率でケイ素–炭素結合を形成した。

ケイ素と炭素の間に化学結合を形成できる酵素が、アイスランドの温泉(有名なブルーラグーンを含む)に生息する細菌から発見された。 | 拡大する

Arctic-Images/The Image Bank/Getty

ケイ素は、至る所に存在し、地殻中の存在度が酸素の次に高い元素である。それにもかかわらず、生体内の生化学過程になぜ取り込まれないのか分かっていない。

だが今回、生物は機会を与えられれば、ケイ素と炭素の間に化学結合を形成できることが見いだされた。カリフォルニア工科大学(米国パサデナ)の化学エンジニアFrances Arnoldらは、温泉に生息するある細菌から得た天然酵素が、適切なケイ素含有化合物を与えた大腸菌の細胞内でケイ素–炭素結合を形成することを実証した。また、その酵素に変異を導入することで、ケイ素–炭素結合形成反応を人工触媒よりも高い効率で進行させる生体触媒を作り出すことにも成功した。その結果は、Science 11月25日号 1に掲載された。

この発見は、新しい医薬品や工業用触媒の開発に役立つ可能性がある。また、進化の過程で生物がケイ素をほぼ完全に回避した理由を説明する手掛かりが得られるかもしれない。

ケイ素が入り込む余地はないのか

自然は、生化学過程において多くの汎用金属(コモンメタル、ベースメタルともいう)を利用している。よく知られた例として、赤血球中の鉄や、クロロフィル(葉緑素)中のマグネシウムがある。しかし、金属と非金属の特性を併せ持つ「ケイ素」は、単細胞藻類である珪藻のシリカ殻などの生物無機化合物に見られるだけで、有機生命体の炭素系の鎖には決して入り込まない。

「ケイ素は地球上に豊富に存在するにもかかわらず、驚異的な進化の仕組みによって生物圏から拒絶されてしまったのです」とコーネル大学(米国ニューヨーク州イサカ)のノーベル賞化学者Roald Hoffmannは言う。

人工触媒を使って炭素とケイ素を結合させる手法は、すでに開発されている。しかし、Arnoldは、一部の生物の酵素はチャンスがあれば炭素とケイ素を結合させることができるのではないかと推測し、探索を試みた。

Arnoldらは、タンパク質データベースを調べ上げ、数十種の有望な酵素を探し出した。そしてスクリーニングを行った後、アイスランドの温泉に生息するロドサーマス・マリナス(Rhodothermus marinus)という好極限性細菌のシトクロムcと呼ばれるヘムタンパク質の一種を選び出した。Arnoldらは、この酵素の遺伝子を合成し、大腸菌に組み込んだ。

Arnoldらの推測は正しかった。この酵素は、適切なケイ素含有前駆体が存在する場合に、ケイ素–炭素結合形成を触媒することができた。ただし、細菌はケイ素含有化合物を自然に産生しないので、この酵素は通常はケイ素–炭素結合形成を触媒しないと思われる。「これは注目すべきことです。自然は、新しい人工の食べ物があるなら、是が非でも取り込んでやろうと待ち構えているのです」とArnoldは言う。

効率を高める

当初、この酵素の遺伝子を組み込まれた大腸菌は、ケイ素含有有機化合物をあまり効率よく産生しなかった。そこで研究チームは、酵素の活性領域にわずかな変異を導入し、効率向上を示す細菌を選択した。人工触媒を凌駕する収率を実現するには数世代で十分で、この合成を行う現行で最も優れた人工触媒の15倍以上の収率を記録した。

「Arnoldグループの研究では、優れた化学と定方向進化を組み合わせて、非常に特異的にケイ素–炭素結合を形成する酵素を作り出しています」とHoffmannは言う。「新しい化学を創造する素晴らしい研究です」。

Arnoldは、1990年代に定方向進化技術を開発した2。その技術は、現在、洗濯洗剤の改良から医薬品の合成まで、無数の用途に用いられている。2016年、彼女は定方向進化に関する研究で、賞金100万ユーロ(約1億2000万円)のミレニアム技術賞を受賞した。ミレニアム技術賞は、フィンランドが「生活を向上させる技術革新」に贈る賞で、2002年に創設された。

「Arnoldらの研究成果は、医薬研究に全く新しい機会を開くものです。新薬発見につながる可能性もあります」とテクニオン・イスラエル工科大学(ハイファ)で有機化学を専攻するYitzhak Apeloigは言う。

また、今回の成果は、生命の初期進化に関する基本的な疑問、特に「生命体によるケイ素の拒絶は偶然の出来事だったのか」という疑問に取り組む際に役立つ可能性があるとArnoldは言う。「生命体にケイ素を導入するメリットとデメリットを探ることができるようになったのです」。

(翻訳:藤野正美)

参考文献

  1. Kan, S. B. J., Lewis, R. D., Chen, K. & Arnold, F. H. Science 354, 1048–1051 (2016).
  2. Arnold, F. H. Trends Biotechnol. 8, 244–249 (1990).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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