免疫応答の男女差という「不都合な真実」
男女の免疫系が感染に対して大きく異なる反応をするという事実に、科学者たちが関心を寄せるようになってきた。2016年6月中旬に米国マサチューセッツ州ボストンで開催された米国微生物学会議(ASM 2016)で発表された研究成果は、この男女差が予防接種プログラムの策定に影響を及ぼし、標的を絞り込んだ治療法につながる可能性があることを示唆している。
実は、感染に対する反応に男女差があることは、かなり前から知られていた。1992年、セネガルとハイチで行われた新しい麻疹ワクチンの臨床試験が女児の死亡数の急増と関連付けられると、世界保健機関(WHO)は慌ててこのワクチンの使用をやめた。男児が影響を受けなかった理由はいまだに不明だが、この事故は科学者の目を免疫系の男女差に向けさせる最初の事例の1つとなった。
ハインリヒ・ペッテ研究所(ドイツ・ハンブルク)の免疫学者Marcus Altfeldは、女性は胎児や新生児を守るために、特に迅速で強力な免疫反応を進化させてきたのかもしれない、と言う。しかし、その進化にはコストが伴う。免疫系が過剰に反応し、自分の体を攻撃することがあるのだ。男性よりも女性の方が多発性硬化症や狼瘡などの自己免疫疾患になりやすい理由は、これにより説明できるかもしれない。
しかし、男性と女性を別々に評価している研究は非常に少ないため、性特異的作用は見えにくい。さらに、月経周期と妊娠は臨床試験の結果を複雑にする可能性があるため、多くの臨床試験は男性のみを被験者としている。ユトレヒト大学医療センター(オランダ)の免疫学者Linde Meyaardは、「免疫反応の男女差は『不都合な真実』なのです。人々は、自分が一方の性について研究していることが他方の性には当てはまらないことを知りたくないのです」と言う。
科学者たちは今、その詳細なメカニズムの解明に着手している。微生物学会議では、タスマニア大学(オーストラリア・ホバート)の感染症研究者Katie Flanaganがガンビアの乳児への結核ワクチンの投与について報告を行い、ワクチンが女児では抗炎症性タンパク質の産生を抑制したのに対し、男児ではそうした作用は見られなかったことを明らかにした。このワクチンは女児の免疫反応を高め、ワクチンの効果を強めた可能性がある。
性ホルモンも影響を及ぼしている。エストロゲンは抗ウイルス反応に関わる細胞を活性化することができ、テストステロンは炎症を抑制する。
ジョンズホプキンス大学(米国メリーランド州ボルティモア)の内分泌学者Sabra Kleinは、鼻の細胞をエストロゲン様化合物で処理してからインフルエンザウイルスに曝露させる実験により、さらなる手掛かりを得ることができた。女性から採取した細胞のみが、このホルモンに反応し、ウイルスを撃退したのだ(J. Peretz et al. Am. J. Physiol. 2016)。
感染に対する免疫系の反応の男女差には、遺伝的要因も関与している可能性がある。Meyaardは、ウイルスを検知して免疫細胞を活性化させるTLR7というタンパク質を研究している。X染色体上の遺伝子によってコードされるこのタンパク質が引き起こす免疫反応は、男性より女性の方が強い(G. Karnam et al. PLoS Pathogens 2012)。女性にはX染色体が2つあり、その一方が働かないようにしてタンパク質の過剰発現を防ぐプロセスがあるが、Meyaardは、TLR7が何らかの方法によりそのプロセスを回避しているのではないかと推測している。
年内には、生体防御において遺伝子とホルモンのそれぞれの影響を解き明かすのに役立つと思われる研究が始まる。Altfeldらは、性転換手術を受ける予定の40人の成人について研究を行うのだ。女性ホルモンが免疫反応に影響を及ぼしているなら、男性から女性に性転換した人は、女性から男性に性転換した人よりも感染に対して強い免疫反応を示すようになり、自己免疫疾患が増えると考えられる。
こうした研究の結果が、薬物の投与法の変化につながるかどうかはまだ分からない。 2014年には、米国立衛生研究所(NIH;メリーランド州ベセスダ)が研究者に対して、前臨床研究に使用した動物の性別を報告しなければならないと通知している。欧州でも、同様の取り組みが進められている。しかし、米国政府監査院(GAO)による2015年の報告書は、NIHは男性と女性の両方を臨床試験の被験者とするようにという研究者への要請を十分に守らせることができていないと指摘している(go.nature.com/28ll4nb参照)。
GAOによるとNIHは、男性と女性の両方を被験者とする研究について、研究者が男女差の評価を行っているかどうかの確認をしていないという。Kleinは、このようなデータを収集することで、女性へのワクチン投与量を半分にするなど、より効果的なプログラムにつながるだろうと主張する。
「人々はぎりぎりまで『不都合な真実』を無視しようとします」とFlanagan。「今後、驚くような発見がたくさん出てくるでしょう」。
翻訳:三枝小夜子
Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 9
DOI: 10.1038/ndigest.2016.160918
原文
Infections reveal inequality between the sexes- Nature (2016-06-23) | DOI: 10.1038/534447a
- Sara Reardon