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遺伝学と生理学がついに結び付いた

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 5 | doi : 10.1038/ndigest.2016.160527

原文:Nature (2016-02-11) | doi: 10.1038/nature16874 | From genetics to physiology at last

Ryan S. Dhindsa & David B. Goldstein

統合失調症発症のリスクと強い関連性がある遺伝的変異の1つが特定された。シナプスの刈り込みに関与すると考えられている補体因子C4遺伝子だ。神経生物学とを結ぶ手掛かりがようやく得られ、創薬につながることが期待される。

統合失調症は世界人口の約1%が罹患する重篤な慢性神経精神障害である。統合失調症の遺伝的リスク要因が明らかになれば、この病気の生理学的諸原因を特定できると長い間期待されてきたが、何十年にもわたる集中的な研究にもかかわらず、統合失調症の生物学的原因はいまだによく分かっていない。しかし、Aswin SekarらがNature 2016年2月11日号177ページに報告した見事なゲノム・神経生物学研究1により、ついに待望の結果がもたらされた。

創薬につながる典型的な道は2通りある。1つ目はセレンディピティである。時折、幸運に恵まれた研究者が、有効な物質を偶然見つけることがある。こうした思いがけない幸運がいくつかの最も重要な医薬品の開発につながったとはいえ、このような発見方法は体系化することができないし、その結果として生まれた治療法によって満足のいく回復に至らないこともしばしばである。現在の統合失調症の治療は一様にこのカテゴリーに分類される。それよりも望ましい第2の道は、病気の原因となっているメカニズムを理解して、根本的な原因に目標を定めた治療を設計することだ。

統合失調症の分子的基盤を解明しようとする際の主要な障害の1つは、関連性が明らかな生物学的変化がほとんど完全に欠如していることである。しかし、統合失調症は遺伝性の強い障害であり、この数十年間、関与する遺伝学的過程を理解することで、この疾患の生物学的側面を詳細に分析できる方法が見つかるかもしれないと、多くの研究者が考えてきた。だがこれまでのところ、こうした方面の研究からは有望な結果はほとんど得られていない。疾患のリスクをゲノムの特定の領域に結び付ける全ゲノム関連研究(GWAS)が登場する以前には、遺伝的変異と統合失調症リスクの間の推定に基づいた関連性が何百も報告されてきたため、この分野の研究は統計学的厳格さを欠き、またスタート地点を誤っていたために、成果が上がっていなかったのだ2。そして、GWASによって、初期に示されたこれらの関連性のほとんどが正しくなかったことが明らかになった3,4

慎重に行われたGWASで、ついに遺伝子バリアントと統合失調症の間の本物の関連性が明らかにされ始めた。特に、莫大なサンプルの数と厳格な統計学的方法を使った2014年の研究では、統合失調症のリスクと関連性のあるゲノム領域(座)が少なくとも108あることが判明した4。しかし、1つの座を見つけたからといって原因となる遺伝子を特定できるわけではない。例えば、座は遺伝子をコードしない塩基配列に位置していることが多く、また、1つの領域から異なった多様体が多数生じることがあり、危険信号を発しているものがどれなのかを正確に指摘することが難しくなっている。実際、これら108のリスク要因は特定の遺伝子あるいはバリアント配列に起源をたどれなかった。そうした情報なしには、統合失調症の分子的病因への明確な手掛かりを得ることはできなかったが、Sekarたちは今回、重要な次のステップを踏み出した。

統合失調症の最も強いリスク関連性は主要組織適合遺伝子複合体(MHC)内に存在する。その領域は第6染色体上にあり、獲得免疫に関与する遺伝子群を含んでいる(図1)。MHCの中で、最も強いリスクは、補体因子(先天性免疫系の要素)をコードする遺伝子C4の近くの座と関連付けられている。この関連性から、著者らは、C4の多様体が統合失調症リスクに関係しているのではないかと考え、それを検証することにした。

図1:複雑な関連性
ゲノムの多数の領域における多様性が統合失調症リスクの増大と関連付けられてきたが、最も強い関連性の多くが主要組織適合遺伝子複合体(MHC)内に存在する。この領域は、長さが360万塩基もあって複雑な上に、免疫で異なる役割を持つ3つのクラスの遺伝子を含んでいるため、研究が難しい。リスクと関連付けられているゲノム領域(座)が、MHC領域全体に見られるからだ(この図では簡略にするため、最も強い関連性のうちの3つのみを矢印で示した)。しかし、C4AC4Bの遺伝子バリアントがリスクの増大と最も強く関連付けられている。Sekarら1は、MHCを研究するという難題を克服し、C4遺伝子の多様性によって遺伝子発現レベルが変わり、その結果、リスクが増大する仕組みを明らかにした。 | 拡大する

ヒトでは、C4は、2つの異なる遺伝子(C4AC4B)として存在し、各遺伝子のコピー数は人によって変わる。さらにことを複雑にするのが、C4AC4Bには長いタイプと短いタイプがあるという点だ。これらの遺伝子の長さは、非コード領域にHERV(Human Endogenous Retroviral; ヒト内在性レトロウイルス)挿入があるかないかによって決まる。Sekarらはそれぞれの遺伝子のコピー数を正確に調べる方法を開発し、次にRNA発現データを用いて、遺伝子コピー数とHERV状態を、C4AC4Bの遺伝子発現レベルに関連付けた。

これらのデータを手に、著者らは説得力のある証拠を示して、主要なMHCリスク関連性の根本的な原因の1つを明らかにした。彼らは、C4の多様性が、MHC領域の他の遺伝的多様性とは独立に、統合失調症リスクと関連付けられることを発見した。さらに詳しく言うと、リスクレベルの違いは、C4コピー数とHERV状態の遺伝的組み合わせの違いと関連していたのである。著者らはRNAデータを使って、C4AC4Bの発現がコピー数に伴って増加すること、そしてHERV挿入があると、C4Bに対するC4Aの発現の比率が増大することを示した。さらに、C4A発現レベルが高い場合、統合失調症のリスクも高くなることも分かった。

ここで、MHC領域で原因となるバリアントを特定することは、ヒトの統計遺伝学で最も難しい問題の1つであることを強調しておかなければならない。MHCは長さが360万塩基あり、統合失調症リスクと関連付けられるバリアントはこの領域全体にわたって見つかっている。実際、この領域は非常に挑戦しがいのある場所なので、遺伝学者たちはよく「MHC以外の場所で関連性を見つけたいものだ」と冗談まじりに言う。このような遺伝的に複雑な領域で因果関係を正確に指摘しようとするときには、極めて慎重に行わなければならない。しかし、Sekarらは、こうした難題を首尾よく克服したといえる。

補体経路はシナプス刈り込みに関与すると考えられてきた5。シナプス刈り込みとは発達過程の1つで、脳内のニューロン間のシナプス結合が成年早期まで継続的に除去されるというものだ。Sekarらはマウスモデルを使って、シナプス刈り込み期間中にC4発現が上昇していることを見いだした。それとは対照的に、C4を欠くラットはシナプス刈り込みが減少している徴候を示した。そこで、著者らは統合失調症患者でのC4A発現上昇はシナプス刈り込みの増加を引き起こすのではないかと考えた。興味深いことに、統合失調症患者の脳の研究から、患者は健常な人に比べて皮質領域が薄くなり、シナプス構造が減少していることが示されている6-8。これらの発見は、過剰なシナプス刈り込み活動によって説明できるかもしれない。

残念ながら、マウスは、ヒトに見られるような2つのタイプのC4を持たないため、統合失調症リスクがなぜC4A発現レベルにのみ依存するのかという疑問は未解決のままだ。この疑問に答えることが現在の最優先事項であり、これが解ければ、機構に関するさらなる情報が得られると予想される。

Sekarらの研究によってようやく私たちは、統合失調症の分子レベルの原因についての、初めてにして本物の手掛かりを得ることができた。そしておそらく治療法開発の方向性もこの研究によって見えてきた。確かにシナプス刈り込みは治療の標的としては難しいものだが、著者らの優れた包括的研究は、神経精神疾患の生物学的性質についての理解をさらに深めるために遺伝学にてこ入れしようとしている全ての研究者たちに、大いに必要とされるインスピレーションを与えることだろう。

(翻訳:古川奈々子)

Ryan S. Dhindsa & David B. Goldsteinはコロンビア大学医療センター(米国ニューヨーク)のゲノム医学研究所に所属。

参考文献

  1. Sekar, A. et al. Nature 530, 177-183 (2016).
  2. www.schizophreniaforum.org/res/sczgene
  3. The International Schizophrenia Consortium. Nature 460, 748-752 (2009).
  4. Schizophrenia Working Group of the Psychiatric Genomics Consortium. Nature 511, 421-427 (2014).
  5. Stevens, B. et al. Cell 131, 1164.1178 (2007).
  6. Cannon, T. D. et al. Biol. Psychiatry 77, 147-157 (2015).
  7. Glausier, J. R. & Lewis, D. A. Neuroscience 251, 90-107 (2013).
  8. Glantz, L. A. & Lewis, D. A. Arch. Gen. Psychiatry 57,65-73 (2000).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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