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光解離反応で観測された量子効果

地球大気の成層圏で紫外線によってオゾンが生成・分解する反応は、自然界で起こる光解離反応の代表的な例だ。 Credit: Brite Kaiser/EyeEm/Getty

光の吸収によって分子の結合が切れる現象は「光解離」と呼ばれ、大気中の化学反応を起こしたり、DNAの損傷やそれに伴う修復反応を引き起こしたりする。光解離はこれまで、分子がどのように光を吸収してそのエネルギーを分配し、処理するかを研究する上で、素晴らしいツールとなってきた。今回、コロンビア大学(米国ニューヨーク)のMickey McDonaldらは、超低温のストロンチウム分子(Sr2)が光を吸収して2個の原子に分裂する光解離反応について、光解離が起こるエネルギーしきい値をわずかに上回る超低エネルギーで分子がどのように振る舞うかを調べ、これまでに観察されたことのない量子力学的ダイナミクスを明らかにした。この結果は、Nature 2016年7月7日号122ページで報告された1

初期の光解離研究は主に、二原子分子の解離で生じた生成物のエネルギー2と角度分布3を調べていた。角度分布とは、二原子分子を励起した光の偏光方向(偏光軸)に対して、解離した生成物が反跳(運動量保存則により跳ね飛ばされること)する角度の分布である。二原子分子に吸収された光子のエネルギーと、生じる「破片」である原子の速度が分かれば、分子の結合エネルギーを直接的に決定できるが、その決定精度は、分子が最初にどれだけ低温だったかと、生成物の速度の測定精度に依存した。

初期の実験4では、二原子分子にレーザー光を照射して光解離を起こし、破片(原子)が主にレーザー偏光軸に平行に飛んだ場合は、光吸収を引き起こした遷移双極子モーメントは平行であるとされた。同様に、垂直遷移は偏光軸に垂直な反跳の場合を指す。遷移双極子モーメントは、光吸収の始まりと終わりの2つの電子状態の結合を記述するもので、平行・垂直の分類は光解離現象の本質を理解するのに役立った。一方、多原子分子では、遷移双極子モーメントは特定の分子軸の方向を向く必要はなく、測定された破片の角度分布には多くの因子が影響する。分子に加わったエネルギーは、光解離の過程で破片の運動エネルギーに発展するため、破片の速度を測定することで分子に加わったエネルギーのダイナミクスについての情報が得られる。

このように基礎的な情報が得られることから、これまでに何百という光解離研究が行われてきた。1980年代後半にはレーザーによる撮影技術が登場し5-8、電離した生成物を位置感知イオン検出器に投射することにより、生成物の特定の電子状態について、高い分解能(数m/s)で速度を測定できるようになった。しかし、これらの実験は通常、約3000メガヘルツ(MHz)の低い周波数分解能の光を出す、パルス色素レーザーを使って分子を解離し、生成物を検出していた。これでは、今回McDonaldらが行ったような実験はできない。McDonaldらの実験では、これよりずっと高い1MHzの周波数分解能と、分子の解離しきい値をわずかに上回るエネルギーを持つ光子によって、分子を解離した(具体的には、解離しきい値周波数よりも5MHz~400MHz高い光周波数が使われた)。

また、これらの実験では通常、低温の分子の供給源として、超音速の分子ビームを使っていた。これは、高圧の気体を真空中に断熱膨張させ、前方以外の方向の運動エネルギーと、気体の内部自由度(分子の回転運動と振動運動)に伴う運動エネルギーを抑えて、前方へ超音速で飛ぶ分子ビームを作るものだ。この方法により、分子ビームを1000m/sに近い速度にする一方、速度の広がりは50m/s程度にして、分子流を数ケルビン(K)の温度に冷却することができる。しかし、McDonaldらが調べたかったのは、1m/s程度(分子の速度としては極端に遅く、数十mKの温度に相当する)で運動する光解離破片だった。これほど遅い破片を観測するため、McDonaldらは、静止したレーザートラップ(光格子)の中に分子を保持し、光パルスを使って分子を光解離して、生じた破片が約100µs飛んだ後に破片を撮影した。

分子と光の相互作用は、光の振動する電場(電気双極子遷移を引き起こす)によっても、光の振動する磁場(磁気双極子遷移を引き起こす)によっても起こり得る。ほとんどの共有結合分子の場合、磁気双極子遷移を起こすために必要な光の強度は、電気双極子遷移に必要な光の強度の100万倍だ。McDonaldらは今回初めて、純粋な磁気遷移を励起して、その破片を観測した。今回の研究でのSr2分子は、分子の基底状態の最も高い振動エネルギー準位で形成されたために結合距離が非常に長い。これによって磁気遷移双極子モーメントが約1000倍に大きくなり、遷移が可能になった9

McDonaldらの研究のもう1つの革新的な特徴は、ある方向を向いた磁場が存在する中で、超低温原子のレーザー誘起会合により、Sr2分子を単一の回転・振動量子状態に用意したことだ。各状態は、分子の角運動量ベクトル(大きさJ)の量子化軸(この場合、量子化軸は磁場の方向)への射影(M)で指定される。Jの各値についていくつかのM状態が存在するが、それらは磁場がない場合は同じエネルギーを持つ(縮退しているといわれる)。M状態の数は2J+1で与えられる。Jがゼロのとき、角運動量ベクトルは大きさがゼロで、空間の中で向きを持たない。回転する電子は、外部磁場の量子化軸の方向の成分を持ち得る磁気モーメントを作るため、M状態は磁場の中では同じエネルギーを持たない。

McDonaldらの実験は、レーザー会合プロセスで形成された、単一の(J, M)量子状態からスタートした。光解離の間に到達した全ての量子状態は、開始状態、レーザー周波数、磁場の軸に対するレーザーの偏光によって決まる。単一の励起量子状態が得られたとき、レーザー偏光に主に平行か垂直な破片反跳が観測された。しかし、複数の縮退量子状態が励起され、それらが互いに干渉すると、観測された速度分布は、平行か垂直のみという分布から大きく逸脱した。このような思いがけない、これまで観測されたことのない角度分布は、光吸収過程を完全に量子力学的に取り扱わなければ記述できない(図1)。

図1 光解離における量子効果
McDonaldらは二原子分子であるストロンチウム分子(Sr2)の光による分裂(光解離)を研究し、分裂で生じた生成物の角度分布が驚くべきパターンを示すことを見いだした1。左の図は準古典理論で予測されたもので、ある特定の回転量子状態にあるSr2から得られた破片の角度分布を二次元で表している。赤色は破片の分布が高いことを示している。右の図は実験で観測されたパターンで、光解離を完全に量子力学的に取り扱わなければ説明できない。

今のところ、この種の実験が可能なのは、冷却原子気体技術で作ることができる少数の二原子分子に限定されている。そのいくつかは共有結合しておらず、Sr2もその1つだ。しかし、こうした研究から学ぶべきことはたくさんあり、今後、より多くの共有結合分子を冷却してトラップできるようになれば、今回開発された技術と得られた知見は、多原子分子などを扱う将来の研究の基礎になるだろう。多原子分子の光物理学は、多様なメカニズムがその電子状態を互いに結合させ、複数の分裂経路が可能なので、二原子分子の光物理学よりも複雑だ。そうした研究が実現するまでの間、私自身は今回の論文から学び、吸収することを楽しみたいと思う。

翻訳:新庄直樹

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.2016.161034

原文

Quantum control of light-induced reactions
  • Nature (2016-07-07) | DOI: 10.1038/535042a
  • David W. Chandler
  • David W. Chandlerはサンディア国立研究所燃焼研究施設(米国カリフォルニア州)に所属。

参考文献

  1. McDonald, M. et al. Nature 535, 122–126 (2016).
  2. Busch, G. E., Mahoney, R. T., Morse, R. I. & Wilson, K. R. J. Chem. Phys. 51, 449–450 (1969).
  3. Solomon, J. J. Chem. Phys. 47, 889–895 (1967).
  4. Zare, R. N. & Herschbach, D. R. Appl. Opt. (Suppl.) 4, 193–200 (1965).
  5. Chandler, D. W. & Houston, P. L. J. Chem. Phys. 87, 1445–1447 (1987).
  6. Eppink, A. T. J. B. & Parker, D. H. Rev. Sci. Instrum. 68, 3477–3484 (1997).
  7. Heck, A. J. R. & Chandler, D. W. Annu. Rev. Phys. Chem. 46, 335–372 (1995).
  8. Ashfold, M. N. R. et al. Phys. Chem. Chem. Phys. 8, 26–53 (2006).
  9. McGuyer, B. H. et al. Nature Phys. 11, 32–36 (2015).