News Feature

再現できない実験の裏に抗体あり

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 8 | doi : 10.1038/ndigest.2015.150822

原文:Nature (2015-05-21) | doi: 10.1038/521274a | Blame it on the antibodies

Monya Baker

抗体は生物学の実験ツールとしてよく使われているが、市販抗体の説明書きと実際の性能の違いは深刻で、多くの誤った知見をもたらす元凶にもなっている。この現状を改革しようとする動きはあるものの、現状では、研究者1人1人が抗体の性能を確認することで対処するしかない。

2006年は、エール大学(米国コネチカット州ニューヘイブン)の病理学者David Rimmにとって、研究が順調に進んだ良い年だった。彼は当時、皮膚がんである黒色腫の有効な治療指針を得るための検査法を開発したところで、これによって患者の命を救えることが期待された。その検査法で使うのは抗体だった。抗体はY字形をした大型のタンパク質で、検査では、試料内の特定の生体分子に結合して存在を知らせるツールとなる。Rimmは、腫瘍の生検試料を特定の抗体の組み合わせで“染める”と現れるパターンが、外科手術後の再発防止に強い薬剤を患者に投与する必要があるかどうかを判断するために使えることに気付いた。そこで彼は、この検査法の臨床応用に向けて200万ドル(約2億4000万円)以上の資金を確保した。

ところが2009年になって全てが崩壊し始めた。Rimmが新しい抗体セットを注文し、それを使ったところ、最初の実験結果を再現することができなかったのだ。それらの抗体は、同じ企業がRimmが使ったのと同じバッチ(同じ製造工程で生産したもの)として売っていたもので、品質は全く同じはずだった。しかし、Rimmらが前と同じ腫瘍の試料を使っても、以前と同様の染色パターンを得ることはできなかった。Rimmは、この黒色腫抗体セットを使った研究を泣く泣く諦めた。「苦い教訓でした。我々はこの製品に頼ってはいけなかったのです。あのときの研究報告会はまるでお通夜のようでした」と彼は振り返る。

抗体は、生物学研究で最も広く使われているツールの1つであり、他の分子を見つけたり単離したりするために多くの実験で活躍している。一方で、抗体は、研究で問題を起こす主要な原因の1つでもあることが近年明らかになっている。Rimmが経験したようなバッチ間変動、つまり品質のばらつきによって、著しく異なる結果が出てしまう恐れがあるのだ。もっと問題なのは、抗体が往々にして、製品説明で検出対象とされている分子だけでなく、余分なタンパク質まで認識してしまう点である。そのせいで研究プロジェクトが頓挫したり、時間や資金、試料が浪費されたりすることになる。

多くの研究者は、抗体が「再現性の危機(reproducibility crisis)」を促す主な要因の1つになると考えている。再現性の危機とは、さまざまな生物医学実験の結果が再現できず、そうした実験結果に基づいて出された結論も根拠がなくなることで、徐々に認知されるようになってきた。テトラロジック・ファーマシューティカルズ社(TetraLogic Pharmaceuticals;米国ペンシルベニア州マルヴァーン)の科学部門最高責任者Glenn Begleyは、この問題には、特性解析の不十分な抗体が、おそらく他のどの実験ツールよりも大きく関与しているだろうと話す。彼は以前、がん研究の有名な論文53本のうち再現できないものが47本もあるという分析結果をNature 2012年3月29日号531ページのCommentで示し1、議論を巻き起こした。

抗体のせいで苦い経験をした何人かの研究者が、問題を率直に語り始めている。Rimmも、あの落胆を経験したことで、この問題を他の研究者に知らしめる活動を始め、論評を書いたり、ウェブセミナーを開催したり、さまざまな会合でこの問題を提起したりしている。Rimmや他の研究者が訴えているのは、抗体の製造、利用および記載の仕方に関する基準を作るべきだということだ。また、抗体の品質を評価するもっと優れた方法を提供するための、草の根的な活動もいくつか生まれている。

しかし、こうした活動をきっかけに学界全体が変わりつつあるとみるのは時期尚早である。「世の中には基準を作るためのリソースが全てあるのに、それらを誰も使わず、多くの人はその存在さえ知らないのです」と、生物医学研究の改善を目指す非営利組織Global Biological Standards Institute(GBSI;米国ワシントンD.C.)の事務局長Len Freedmanは話す。「たとえ多数の抗体試薬がうまく働かなくても、大半の業者には、そんな現状を今すぐ変えようという気持ちが一切ないのです」。市販抗体を取り巻く事情は、一体どうなっているのだろう。

拡大する

買う側の責任

ここで例として、マウントサイナイ病院(カナダ・トロント)のプロテオミクス研究者Ioannis Prassasを取り上げてみよう。彼のチームはCUZD1というタンパク質を追いかけていた。このタンパク質が、膵臓がんの有無を調べるのに使えるのではないかと考えたからだ。彼らはタンパク質検出キットを購入し、2年の歳月と50万ドル(約6000万円)の資金と数千個もの患者試料を費やした。ところがその後、キットの抗体が認識するのはCA125という別のがんタンパク質で、CUZD1には全く結合しないことが分かった2。Prassasは当時のことを思い返し、有望な仮説を得ようと焦ったために、やるべきことを全てやらなかったことが敗因だと話す。「もし誰かに『ほら、使える分析法があるよ』と言われると、ぜひそれを使ってみたくなり、有望と考えた仮説の検証に当てはまらなくても気にしなくなってしまうのです」。

抗体を購入する研究者の大半は、容器に印刷されたラベルの内容をそのまま信じていると、Rimmは話す。「私は病理学者ですが、抗体の性能を確認すべきだとは教わりませんでした。私が教わったのは、抗体を注文することだけです」。

抗体は、多くの脊椎動物の免疫系によって、生体内に侵入した細菌などを狙い撃つために産生される。1970年代以降、抗体は研究に利用されるようになった。研究対象のタンパク質をウサギに注入すると、B細胞という種類の白血球がそのタンパク質に対する抗体を産生するようになり、ウサギの血中からこれらの抗体を回収することができる。さらに安定的な生産法として、この抗体を産生するB細胞を取り出し、「不死化」した細胞と融合させてこれを培養すれば、理論的には無限に抗体を得ることができる。

30年前だと、実験に抗体が必要になった研究者は自分で抗体を作らねばならなかった。しかし1990年代後半に入ると、試薬を作る企業がこの仕事を引き受けるようになった。

現在では、300社以上の企業が研究用に200万種類以上の抗体を販売している。世界的コンサルタント会社のフロスト&サリバン社によれば、研究用抗体の市場規模は2011年の時点で16億ドル(約1920億円)に達したという。

深刻な影響

抗体に伴う問題は、研究記録の広範でかなり深刻な影響を及ぼしている恐れがあり、実際にこの兆候が認められている。2009年に、ある学術誌が1つの号の全誌面を、Gタンパク質結合受容体(GPCR)の研究に使われる抗体の評価に割いた。GPCRは細胞のシグナル伝達に関わるタンパク質で、失禁から統合失調症まで幅広い疾患の治療薬の標的とされている。その号に掲載された解析研究で、19種類のシグナル伝達受容体をそれぞれ標的とする計49種類の市販抗体のうち、大半は2種類以上のタンパク質に結合することが明らかにされた3。つまり、これらの抗体が目的の受容体を本当に識別しているかどうかは怪しいということだ。

エピジェネティクスの分野では、遺伝子発現を調節するタンパク質がどのように修飾されているかを調べるので、抗体への依存度がかなり高い。2011年に発表された抗体品質評価4によれば、エピジェネティクス研究で使われた246種類の抗体のうち4分の1は、特異性を確認する抗体吸収試験で不合格だった。つまり、2種類以上の標的に結合する場合がよくあるということだ。さらに、246種類のうち4種類は、完全に特異的だったが、結合相手は製品説明にある標的ではなかった。

研究者は、自分の研究分野で使う抗体のうち一部に問題があることを、口コミで知っている場合が多い。しかし、この問題の大きさを生物学の分野全体について把握するのはこれまで難しかった。今までで最大規模の抗体評価はおそらく、スウェーデンの研究コンソーシアム「ヒトタンパク質アトラス(Human Protein Atlas)」が発表したものだろう。ヒトゲノムの全タンパク質に対する抗体の作製を目指すこのプロジェクトでは、約2万種類の市販抗体を調べ、保存された組織切片におけるタンパク質分布の観察に実際に使えるものは、その半数足らずであることを明らかにした5。この結果を受けて、一部の研究者が「全ての市販抗体のうち半数は信用できない」と主張するに至った。

しかし、信頼性は実験に左右される場合もある。「我々が市販抗体を使った経験からすると、ある一定の使い方では特に問題がないのですが、その他の使い方だとまずいことになる恐れがあります」と、ヒトタンパク質アトラスの取りまとめ役を務める王立工科大学(スウェーデン・ストックホルム)のMathias Uhlénは話す。

理想をいえば、研究者は、使おうとする抗体が特定の用途や組織で使うための試験に合格していることを確認すべきだ。だが、販売会社が提供するそうした情報の質にも大きな幅がある可能性がある。研究者からのよくある苦情の1つは、任意の抗体の特異性やロット間のばらつきを評価するのに必要なデータを、企業が提供してくれないというものだ。企業があるバッチの抗体を配送する際に添付する特性解析データが、過去のバッチから得たデータである可能性も考えられる。また、企業側のデータは理想的条件下で得られたものである場合が多く、そうした条件は標準的な実験環境を反映していない。この記事のために取材した抗体製造・販売の各社は、全ての実験条件で自社製品を試験することは不可能だが、提供しているデータは信頼できるものであり、抗体の品質や性能を向上させるために研究者と連携していると回答した。

多くの研究者はGoogleを使って製品を見つけるが、そうした検索エンジンは、使う試薬についてではなく企業について最適化してしまう場合があると、バイオテクノロジー・コンサルタント会社のピボタル・サイエンティフィック社(Pivotal Scientific;英国アッパーヘイフォード)の最高責任者Tim Bernardは話す。フロスト&サリバン社のアナリストで米国ワシントンD.C.を中心に活動するChristi Birdによると、研究者は往々にして、抗体に適切な検証データがあるかどうかよりも、どのくらい早く発送してもらえるかに関心を向けるのだという。「いわゆる『Amazon効果』ですね。商品到着まで2、3日で送料無料なのが当たり前になっているのです」。

抗体の問題を知っている研究者らは、科学者がもっと用心深くなる必要があると話す。「抗体は魔法の試薬ではありません。試料にそれらを振りかけるだけで、得られる結果が100%信頼できるものだと思い込んで、結果に対して批判的な思考をしない、ということはあってはならないのです」と、カリフォルニア大学デービス校にあるNeuroMab(神経科学その他の生物医学研究のための抗体を製造・提供する米国立機関)の責任者James Trimmerは話す。NeuroMabは多くの抗体提供業者と同様、任意の抗体についてどの種類の実験に使用できるかはっきり提示しているが、研究者が必ずしもそうした指示に従うわけではない。

理想的なのは、詳細な検証データのない抗体を購入しないか、あるいは研究者が自身で抗体を検証するかだろう(「不良抗体」参照)。後者はRimmが現在、力を注いでいるやり方だ。彼は有効な抗体検証のための多段階フローチャートを開発し6、賛同者全員とこのチャートを共有している。しかし、この検証プロセスは時間がかかる。Rimmが現在推奨している対照実験は、例えば、細胞株を遺伝子操作して対象のタンパク質を発現させたり発現を停止させたりするものだ。しかし彼は、このチャートの全段階を実行しようとする研究室がほとんどないことを認めている。

中には、異なる業者から何種類かの抗体を購入して、いくつかの分析を行い、どの抗体の性能が最も良いかを判定している研究者もいる。しかし最終的には、業者が異なっているのに購入した抗体は同じものという結果になるかもしれない。大手の販売会社は抗体カタログの充実を競っており、中小の供給業者から抗体を買い入れてラベルを張り替え、自社のカタログに加えて販売していることも多いからだ。Bernardによると、市場に出回っている200万種類の抗体は突き詰めれば、おそらく25万〜50万種類の固有な「コア」抗体に集約されるだろうという。

当然のことながら、多くの研究者は抗体購入に当たって口コミや既刊文献を参考にする。しかし、それは同時に、その後の改良で性能の向上した抗体が入手できるようになっても、悪評がいつまでも消えないために良いものがめったに使われないという状況を生むと、オスロ大学(ノルウェー)のプロテオミクス研究者Fridtjof Lund-Johansenは話す。「市場には非常に優れた抗体があるのに、我々はそれらの存在を知らないのです」。Lund-Johansenは現在、こうした現状を変えようと、数千種類の抗体を一度に比較できるようなハイスループットの分析法を開発しているところだ。

試練のとき

過去10年の間に、抗体に関する情報をもっと見つけやすくしようと、さまざまなプロジェクトが立ち上げられた。ヒトタンパク質アトラスが維持しているオンライン試薬ポータルサイト「Antibodypedia」(antibodypedia.com)は、180万種類以上の抗体のカタログを作り、各種の実験手法のために入手可能な検証データを格付けしている。もう1つのポータルサイト「Antibodies-online」(antibodies-online.com)は、主に販売業者による経費負担で2013年に構築された製品比較サイトで、販売業者とは独立の研究機関で妥当性検証研究を行うためのプログラムを有している。このサイトによれば、275件の検証研究で試験された製品のうち、基準を満たしていて「独自の検証(independent validation)」マークを取得できたものは半数未満だった。非営利組織「Antibody Registry」(antibodyregistry.org)は独自の識別子を抗体に割り当て、それらを他のリソースに関連付けている。別のプロジェクト「pAbmAbs」(pabmabs.com/wordpress)は、ユーザーに抗体を評価してもらうという、口コミ情報サイト「Yelp」に似た方法で運営されている。

しかし、こうした取り組みはどれも科学界に十分浸透していない。この記事のために取材した科学者の多くは、そうしたリソースが存在することすら知らなかった。

抗体の市場は育ち過ぎて過密状態にあるため、一部の抗体業者は品質に関する口コミをビジネスプランに組み込むようになっている。「現在では競争が激しく、他の製品との差異化が必要になっています」とBernard。アブカム社(Abcam;英国ケンブリッジ)などの抗体販売企業は、ユーザーに、自身のデータやランキングを自社のウェブサイトに報告してもらっている。アブカム社の購買行動解析から、同社の顧客が製品購入前にデータ掲載ページを平均9回閲覧していることが分かり、顧客がより多くの情報を欲しがっていることが示唆された。

ウーシー・アップテック社(WuXi AppTec;中国上海)の子会社である抗体企業アブジェント社(Abgent;米国カリフォルニア州サンディエゴ)は、2014年に自社の抗体を全て検査した。その結果を検討した後、同社はカタログにあった抗体の約3分の1を削除した。顧客がより優れた試薬を使いたいと本気で思っているなら、この処置はよい判断だったはずだと、同社のサイトリーダーJohn Mountzourisは話す。彼によれば、顧客からの苦情はすでに激減したという。

もっと抜本的な変革を求める研究者もいる。Nature 2015年2月5日号27ページのComment7で、ロスアラモス国立研究所(米国ニューメキシコ州)のAndrew Bradburyと100人以上の連署人は、抗体の製造と販売の仕方を大幅に変えることを提案している。彼らの意見は、DNA塩基配列のレベルまで明確にした後、遺伝子操作による「遺伝子組換え」細胞で産生した抗体のみを使うというものだ。これによって、動物個体で産生することで生じる抗体の品質変動の多くを回避できると考えられる。しかし、この提案を実現するには個々の抗体についての情報が必要となり、そうした情報は企業秘密とされている場合が多い。また、現在の抗体市場とそこに流通する何百万種類もの製品は、一度引き払って再構築する必要がある。

このCommentの連署人の1人でもあるUhlénは、提案した計画を「現実的ではない要望」だとしている。彼の見積もりでは、Bradburyの希望する「組換え抗体」は従来の選別回収方法に比べて製造コストが1種類当たり10〜100倍かそれ以上かかり、またそうした抗体が従来品よりも性能が優れているとは限らないという。「結局は、実験の適用条件でその抗体がどう機能するかの方が重要です。塩基配列が明確に分かっても、その抗体がちゃんと働いてくれるかどうかは分からないのです」と彼は言う。また他には、動物を免疫化する方法を使わず、例えばウイルスでの抗体の発現や最適化など、抗体を安価で迅速に製造する信頼度の高い方法を見つけようとする取り組みもある。

現時点で利用可能な抗体の特性を明らかにすべきだという圧力は、急速に高まっている。再現性を改善する取り組みの一環として、独立した組織に協力を求めて市販抗体の認証プログラムを確立することを検討し始めている研究者もいる。また、Natureを含むいくつかの学術誌は、研究で使った抗体が特定用途のためにプロファイル解析されていることを、論文で明確にするよう著者に求めている。

抗体の品質は急には上がらず、ゆっくりと改善されていくだろうと、NeuroMabのTrimmerは話す。彼が期待するのは、プラスのフィードバック効果が表れることだ。つまり、研究者が実験データの人為的影響に気付けば、結果の正当性に対してもっと慎重になり、さらなる人為的影響を見つけ出そうとするようになる。Trimmerによれば、抗体の検証に対して無頓着であった研究界や試薬業界は変わりつつあるという。「事態はわずかですが良くなっています。この抗体問題を今後も話題にし続ける必要があります」と彼は話す。

(翻訳:船田晶子)

Monya Bakerは、米国カリフォルニア州サンフランシスコに在住し、Natureの記事の執筆や編集に携わっている。

参考文献

  1. Begley, C. G. & Ellis, L. M. Nature 483, 531–533 (2012).
  2. Prassas, I. & Diamandis, E. P. Clin. Chem. Lab. Med. 52, 765–766 (2014).
  3. Michel, M. C., Wieland, T. & Tsujimoto, G. Naunyn-Schmiedeberg’s Arch. Pharmacol. 379, 385–388 (2009).
  4. Egelhofer, T. A. et al. Nature Struct. Mol. Biol. 18, 91–93 (2011).
  5. Berglund, L. et al. Mol. Cell. Proteom. 7, 2019–2027 (2008).
  6. Bordeaux, J. et al. BioTechniques 48, 197–209 (2010).
  7. Bradbury, A. & Plückthun, A. Nature 518, 27–29 (2015).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

プライバシーマーク制度