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シリセン製トランジスター早くも登場!

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 5 | doi : 10.1038/ndigest.2015.150514

原文:Nature (2015-02-05) | doi: 10.1038/518017a | Silicene makes its transistor debut

Mark Peplow

「ケイ素版グラフェン」とも呼ばれる新材料「シリセン」を使った 電子デバイスが作製された。これを機に、二次元材料分野の研究がさらに加速するかもしれない。

8年前、「シリセン」は理論上の夢物語にすぎなかった。炭素原子1個分の厚みしかないハニカム構造シート材料、グラフェンが熱狂的ともいえる関心を集めていた2007年当時、研究者たちは同じ14族元素であるケイ素(silicon)でも同様の原子シートが作れるのではないかと考え、この未来材料を「シリセン(silicene)」と名付けたのだ。こうしたケイ素シートが実現し、それを使った電子デバイスの作製が可能になれば、半導体業界は究極の小型化を実現できるはずだ、と期待された。

こうした予想は2012年、複数の研究チームがシリセンの作製を報告したことで、一歩現実に近づく。そして今回、テキサス大学オースティン校(米国)のナノ材料研究者Deji Akinwandeをはじめとする国際共同研究チームによって、初のシリセン製電界効果トランジスターが作製され、夢の実現にまた大きく近づいたのである。このトランジスターの詳細は、Nature Nanotechnology 2015年3月号で報告された1

今回開発されたシリセントランジスターは、性能が飛び抜けて優れているというわけではなく、寿命はわずか数分だ。それでも、シリセン製デバイスの概念実証研究としては初めてのものであり、すでに数々の学会で評判になっている、とAkinwandeは言う。エクス・マルセイユ大学(フランス)の材料科学者Guy Le Layも今回の成果を高く評価し、「数年前まで存在すらしなかった材料で、これほど短期間にトランジスターができるなんて、誰も予想していませんでしたからね」と説明する。

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SOURCE: SILICENE LABS; IMAGE: REF. 1

Le Layは、2012年に初めてシリセンを作製した2科学者の1人だ(「シリセンの台頭」参照)。シリセンが誕生したちょうどその頃、「グラフェンはトランジスターに適さない」という認識が広まっていた。グラフェンには、既知の物質の中で最も優れた導電性が備わっているとされるものの、トランジスターをはじめとする電子デバイスの構築に不可欠な「バンドギャップ」が存在しないのだ。バンドギャップとは、物質の電子構造におけるエネルギーギャップ、つまり電子が電流に寄与する前に飛び越えなければならないエネルギー障壁のことで、半導体デバイスはこのバンドギャップのおかげで、オン・オフ切り替えやビット単位の「論理」演算を行うことができる。

バンドギャップのないグラフェンに「論理回路への応用は望めない」とLe Layは言う。これに対しシリセンには、バンドギャップの導入が可能だ。完全に平面なグラフェンとは異なり、シリセンは一部の原子が浮き上がって座屈した凹凸構造(「バックリング構造」と呼ばれる)をとるからである。一方で、電子チップメーカーも、数十年に及ぶシリコン製品製造の歴史を捨ててカーボン製品に乗り換えることに慎重だったと、シタデル軍事大学(米国サウスカロライナ州チャールストン)の理論物理学者Lok Lew Yan Voonは言う。Lew Yan Voonは、2007年にケイ素版グラフェンを「シリセン」と名付け、モデルを用いて特性予測を行ったまさにその人物である3

ところが、シリセンには欠点がある。作製に手間がかかる上、取り扱いが非常に難しいのだ。グラフェンは、黒鉛(グラファイト)の塊に粘着テープを貼って剥がすことで簡単にシートを得ることができるが、ケイ素にはグラファイト構造をとる単体が存在しないため、シリセンの作製には、真空チャンバー内でケイ素原子の高温蒸気を銀の単結晶表面に蒸着させるという方法がとられる。また、物理的に安定で丈夫なグラフェンとは異なり、シリセンは空気にさらされると極めて不安定になるため、作製したシートをトランジスターの心臓部などの有用な基板上に移動させるのは容易ではない。実際、その扱いの難しさから「シリセン製トランジスターは本当に実現可能なのか?」という声がつい最近上がったほどだ。

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REF. 1

こうした背景から、Akinwandeと共同研究者であるマイクロエレクトロニクス・マイクロシステム研究所(イタリア・アグラーテブリアンツァ)のAlessandro Molleは、どうすればシリセンを保護できるかを検討し、シートの作製と剥離、転写、デバイス加工を組み合わせた方法を考案した。手順はこうだ。①バルクの銀結晶の代わりに、雲母基板に銀薄膜を形成させたものの上にシリセンを蒸着させ、シートを形成する。②そのシート上に厚さ5 nmのアルミナ(酸化アルミニウム)薄膜を形成させて、シリセンを保護する。③銀とシリセン、アルミナの3層からなる薄膜の「サンドイッチ」ごと雲母基板から剥がし、銀薄膜が上になるようにひっくり返して酸化膜(二酸化ケイ素)付きのシリコン基板上に載せる。④表面の銀薄膜を、シートの両端に電極となる「島」が残るよう、シリセンの急激な酸化を防ぐために独自開発したエッチング液を用いて取り除く(「シリセントランジスターの作製方法」参照)。この方法を用いれば、シリセンを保護した状態でデバイス基板へと移動させるとともに、電極を後付けする必要のないシリセン製デバイスの作製が可能となる。

「とても賢い方法ですね」とLe Layは言う。だが、このシリセントランジスターがすぐに携帯電話で使われるようになるかというと、そうはいかない。銀薄膜で覆われていない部分のシリセンは、約2分で劣化して特性が変化してしまうからだ。それでも、2分もあれば特性評価は可能だろう。今回作製されたデバイスでは、電子の動きはグラフェンに比べて遅いものの、小さなバンドギャップが実際に存在することが確認された。

シリセントランジスターをさらに別の層でコーティングすれば、寿命を延ばすことも可能かもしれない。Akinwandeはこれまでに、同じく空気に敏感な性質を持つリンの二次元材料「フォスフォレン(phosphorene)」薄片をテフロンで保護することで、寿命を数カ月まで延ばすことに成功している4。また、シリセンシートを複数重ねることで、上層のシリセンが犠牲となって下層のシリセンを24時間保護できることを示した研究者もいる5。重要なのは、今回の技術が、空気に敏感なさまざまな材料を使ってあらゆるアイデアを検証するのに役立つ可能性があることだ。実際、Le Layのチームは、2014年に作製に成功したばかりのゲルマニウムの二次元材料「ゲルマネン(germanene)」6に、この方法を応用しようとしている。「こうした汎用性のある技術が流れを変えるのです。こんな論文を待っていました」とLew Yan Voonは絶賛する。

しかし、誰もがシリセンの可能性に熱狂しているわけではない。「シリセンやフォスフォレン、ゲルマネンは大いに話題になっていますが、現在のところは、まだまだ問題が山積みなのです」と話すのは、チャルマース工科大学(スウェーデン・ヨーテボリ)のJari Kinaretだ。彼は、二次元材料の研究と応用開発を行う10億ユーロ(約1300億円)規模の研究プロジェクト、EUグラフェン・フラッグシップのディレクターを務めている。

それでも、Le Layの確信は揺るがない。「今回シリセン製のデバイスが作製されたことで、他の科学者たちも、シリセンがもはや夢の材料ではなく、現実的なものだと気付くでしょう。これからは、シリセンの時代です」。

(翻訳:藤野正美)

参考文献

  1. Tao, L. et al. Nature Nanotechnol. http://dx.doi. org/10.1038/NNANO.2014.325 (2015).
  2. Vogt, P. et al. Phys. Rev. Lett. 108, 155501 (2012).
  3. Guzmán-Verri, G. G. & Lew Yan Voon, L. C. Phys. Rev. B 76, 075131 (2007).
  4. Kim, J.-S. et al. Preprint at http://arxiv.org/abs/1412.0355 (2014).
  5. De Padova, P. et al. 2D Mater. 1, 021003 (2014).
  6. Dávila, M. E., Xian, L., Cahangirov, S., Rubio, A. & Le Lay, G. New J. Phys. 16, 095002 (2014).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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