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治療法改善のための最善の戦略とは

現状の簡単なまとめ

  • うつ病は、最も多く見られる精神疾患の1つである。
  • うつ病治療薬の開発はこの数十年にわたって行き詰まったままである。
  • 即効性を発揮する既知の抗うつ剤の作用機序を解明することで、より有効な治療法の開発が進む、とする考え方がある。
  • 一方で、治療薬開発の前進には、うつ病の症状に関係する神経回路の解明が最も重要だ、とする考え方もある。

治療を第一に考えよう

LISA M. MONTEGGIA

現在使われている抗うつ剤は、シナプスにおいて神経伝達分子であるモノアミンの量を増やすことで効果を発揮している。シナプスとは、ニューロン間やニューロンと他の細胞種の間に形成される接合部位で、ここで神経伝達分子の受け渡しが行われる。抗うつ剤の投与が始まるとモノアミン値はすぐに変化するが、臨床上の効果が現れるまでには通常、数週間かかる。さらに、これらの抗うつ剤は一部の患者には効果があるが、他の患者(特に、自殺リスクの高い患者)には効果がない。そのため、即効性で副作用の少ない抗うつ剤の開発が急務となっている。現在、多くの研究者が、うつ病に関係する神経回路を見つけ出すための「うつ病に似た特徴を持つモデル」の作製に取り組んでいる。しかし私は、より有効な抗うつ剤を設計するには、即効性で効果的な抗うつ剤の生理作用機構を解明することがより重要だと考える。

動物を使ったうつ病研究のほとんどは、ストレス応答などの行動試験か、あるいはうつ病の複数の側面(無力感や快感消失状態)をモデル化し測定するための取り組みに集中している。また、うつ病様の行動を初めから示す齧歯類も研究されている1。こうした動物モデルは、再現対象とされるヒトの行動に実際どの程度対応しているのか明確でないため、慎重に扱う必要がある2。それでも、こうした動物モデルが、うつ病につながる異常な生理的変化(病態生理)についてや、さらに転じて治療法の選択肢に関しても、建設的な議論を展開するために役立ってきたことは間違いない。

このように動物モデルにも有用な面はあるが、治療法を改善するための最も直接的な方法、つまり、ヒトにおいてある程度有効な治療法の作用機構を解明することは、停滞から脱出するための最善の方法になるはずだ。このやり方がうまくいくことは薬物依存の研究で明らかになっている。例えばコカインの生理作用を重点的に調べることで、治療薬候補だけでなく、依存に関与する神経回路についての手掛かりも得られているのだ。ただ、従来型の抗うつ剤は効果が現れるまで時間がかかるため、作用の仕組みを明らかにすることは難しい。しかし、低用量のケタミンを静脈内投与すると即効で抗うつ反応が得られ3、しかも治療が効きにくい患者群でも反応が現れることが明らかになった4。これらの発見は、抗うつ剤の作用に関わる経路をより正確に特定するための大きな足掛かりとなる。

図1:うつ病治療薬の発見に向けた取り組み
薬剤開発の成功には、薬理学と神経回路の両面での取り組みが重要というのが、現在の統一見解である。しかし、研究努力を最初に注ぐべき領域については意見が分かれている。
a:ヒトで有効な抗うつ剤を実験室への「逆橋渡し」研究で分析して、そこから治療薬の改善法を推測することができる。例えば、ケタミンなどの抗うつ剤がシナプスで効果を発揮する仕組みを生化学的に解明して、この情報をもとに、新しい標的を探したり、既知の標的に作用しより高い効果を示す薬剤を開発したりする。
b:もう一方の戦略は、うつ病の症状を示す動物で機能異常を来たしている神経回路を詳細に調べることだ。機能異常の回路が見つかったら、ヒトで同じ回路を解析する。このアプローチにより薬剤標的候補を明確にして信頼度の高い動物モデルで試験した後、最終的にヒトで試験する。

こうしたケタミン投与の臨床観察3,4が報告された後、実験動物を使った研究によりその根底にある生物学的機構が少しずつ明らかになっている。つまり、実験室での成果を臨床に生かす通常の「橋渡し」研究ではなく、臨床での疑問を実験室に戻して解明する「逆橋渡し(reverse translation)」研究である(図1a)。この手法によって、ケタミンの標的が神経伝達物質分子であるグルタミン酸の受容体タンパク質であることが確認され、ケタミンによるこの受容体の阻害が特定のシグナル伝達経路の変化につながることが明らかになった5。こうした経路変化がシナプス伝達効率を上昇させて、ケタミンの即効性につながっている可能性がある6

こうした知見をもとに、ケタミンと似た仕組みで働く薬剤の探索も進むと考えられる。特に、この逆橋渡し研究から従来型の抗うつ剤に対する反応様式とは異なる反応様式が示唆されたことは大きい。治療薬開発ではこれまで、シナプスのモノアミン量を増加させることに主眼が置かれていたが、この発見により、研究者たちに新たな視点が提供されたのだ6

精神神経疾患はおそらく多様な要因によって起こるため、そのモデルに動物を使うことには明確な問題点がいくつかある。しかし、うつ病などの複雑な疾患において生物学的な基盤を解明するためにはまず、疾患に関連する遺伝的多様体や遺伝的に連鎖する形質を見つけ出す必要があり、そのために動物モデルが必要なことは明らかだ。しかし、うつ病の完全な動物モデルが今後得られる見込みは薄く、したがって、完全な動物モデルを得るための取り組みと、ヒトでの薬理学的な研究(有望なリード化合物の探索)とを組み合わせて前進する必要があると思われる。

Lisa M. Monteggiaは、テキサス大学サウスウエスタン医療センター神経科学科(米国テキサス州ダラス)に所属。

故障した回路を修理しよう

ROBERT C. MALENKA & KARL DEISSEROTH

うつ病をはじめとする精神疾患の治療薬は1950年代に偶然発見された。それと同時期に、薬剤によって精神疾患に似た症状が引き起こされることも知られるようになった7。その後の数十年の間に、抗うつ剤の分子標的を突き止めようとする試みや、精神疾患の単純な生化学モデルにおいて進展があった。これらの薬理学的な取り組みから精神疾患の病態生理について得られた手掛かりはわずかで、その結果、既存薬の有効性向上よりも、既存薬の生化学的作用に似た働きを持つ薬剤の開発に力が注がれた7。この戦略は現在も、学術研究者や製薬企業の間で一般である。我々は、精神疾患の病態生理を神経回路のレベルで精緻に解明することで、より合理的に前進できると考える。

薬理学的な取り組みの典型例として、動物やヒトへのケタミン投与で作り出す統合失調症モデルがある8。ケタミンの作用機構を調べることは、統合失調症のさらなる解明に役立つだけでなく、うつ病治療の手掛かりにつながる可能性があると考えていいだろう。ケタミン投与は即効性のある効果的なうつ病治療法になり得るという報告が複数あるからだ。我々はそうした先駆的な臨床研究を歓迎するが、過去数十年の精神疾患研究の歴史からみて、ケタミンがうつ病治療に効果を発揮する仕組みを突き止めようという試みはうまくはいかないだろう7。その理由は、過去の他の取り組みを振り返ることで自ずと見えてくる。

以前、電気痙攣療法(ECT)やリチウム投与療法について、生物学的な仕組みを明確にしようと多くの試みがなされた。ECTは難治性うつ病に、リチウム投与療法は双極性障害に有効な治療法だが、脳全体のニューロンに作用するため、結局のところ、疾患の原因となっている生理変化のさらなる解明や治療法の改善には至らなかった。ケタミン投与療法は、作用範囲が広いという点でECTやリチウム投与療法に似ているのである。

治療法を改善するには、精神疾患の症状に関与する特定の脳回路を明確にする方が近道かもしれない。神経の活動を記録したり操作したりする方法が向上し、いくつかの症状について関与する神経回路の確定が進んだ。例えば齧歯類では、脳の報酬系回路にある重要な細胞を操作すると、快感消失状態に大きく影響することが分かっている9,10。同様に、別の脳領域を含む回路が、抑うつ状態を伴うことの多い不安神経症の特徴に関わっていることが明らかになっている9,10

精神・神経疾患の症状を示す従来の動物モデル(行動薬理学に基づいたもの)はこれまで正当性が疑問視されてきた2が、精神疾患の遺伝学について解明が進んだことで、構成概念妥当性の高い齧歯類モデルの開発が促進された。ここで言う構成概念妥当性とは、モデルが示す行動異常が、ヒトで病因となる遺伝的異常によってもたらされる行動異常と同等ということだ。こうしたモデルは、適応異常の行動に関与する神経回路を解明するための理想的な系となる。現在、動物モデルで機能異常を起こしていることが分かった神経回路を、画像化技術や刺激法を使ってヒトの脳でも調べることが可能になった(図1b)。実際にこの方法で、精神疾患の主要な症状を引き起こす神経回路の機能異常が見つかり始めている9-11

この一連のやり方によって、いずれは合理的な薬剤開発が可能になるかもしれない。目標は、神経回路内の治療標的部位、つまり人為的操作で修復できる部位を突き止めることだ。うつ病研究の分野は、50年以上にわたる停滞期を経てようやく、従来の薬理学的な取り組みにとらわれず、疾患に関与する神経回路の解明を進めるのにより適した手法を活用できる準備態勢を整えたといえるだろう11。今や、歴史を繰り返すときではなく、歴史を作り出すべきときなのだ。

Robert C. Malenka とKarl Deisseroth は、スタンフォード大学精神医学・行動科学科および生体工学科(米国カリフォルニア州スタンフォード)に所属。

翻訳:船田晶子

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2015.150228

原文

The best way forward
  • Nature (2014-11-13) | DOI: 10.1038/515200a
  • Lisa M. Monteggia, Robert C. Malenka & Karl Deisseroth

参考文献

  1. Li, B. et al. Nature 470, 535–539 (2011).
  2. Nestler, E. J. & Hyman, S. E. Nature Neurosci. 13, 1161–1169 (2010).
  3. Berman, R. M. et al. Biol. Psychiatry 47, 351–354 (2000).
  4. Price, R. B., Nock, M. K., Charney, D. S. & Mathew, S. J. Biol. Psychiatry 66, 522–526 (2009).
  5. Autry, A. E. et al. Nature 475, 91–95 (2011).
  6. Kavalali, E. T. & Monteggia, L. M. Am. J. Psychiatry 169, 1150–1156 (2012).
  7. Hyman, S. E. Neuropsychopharmacology 39, 220–229 (2014).
  8. Moghaddam, B. & Krystal, J. H. Schizophrenia Bull. 38, 942–949 (2012).
  9. Deisseroth, K. Nature 505, 309–317 (2014).
  10. 10. Steinberg, E. E., Christoffel, D. J., Deisseroth, K. & Malenka, R. C. Curr. Opin. Neurobiol. 30, 9–16 (2015).
  11. 11. Akil, H. et al. Science 327, 1580–1581 (2010).