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支援決定で、ギリシャの研究者たちにも明るい兆し

8月14日、ギリシャがEUから金融支援を受けるための条件とされる財政改革法案の採決に当たり、議会で演説するアレクシス・チプラス首相。 Credit: AYHAN MEHMET/ANADOLU AGENCY/GETTY

2015年7月初旬にギリシャの銀行が営業を停止したとき、アテネ大学のがん研究者Vassilis Gorgoulisは、注目の論文に関して科学誌のレフリーから要請されていた実験を始める準備をしているところだった。恐ろしいことに、彼は実験に必要なキットを購入することができなかった。ギリシャ国外への送金ができなくなってしまったからだ。「幸い、マンチェスター大学の協力者が、私のためにキットを注文して送ってくれました」。

国外に協力者がいない科学者たちは、実験を続けるのがもっと困難な状況にある。ギリシャの科学者たちの苦境は、今回の資本規制から始まったのではない。ギリシャが債務危機に陥った5年前から、彼らの予算と給与は大幅にカットされている。その上、債権者からの要請によりギリシャ国内の全ての公的支出が厳しい審査を受けることになったため、手続きがやたらと煩雑化しているのだ(Nature 517,127–128; 2015)。

8月14日、ギリシャ議会と欧州閣僚理事会は、ギリシャに対する3回目の緊急支援を承認した。急進左派連合(SYRIZA)が政権を握った1月に研究相に就任したCostas Fotakis(Nature http://doi.org/6s4;2015参照)によると、金融支援が決定したことと、ギリシャの財務流動性がわずかに好転したことにより、大規模な研究助成金が2つ交付される見込みが立ったという。そのうちの1つは、10月に公募される研究に支給される。ギリシャにとっては数年ぶりの大型の研究公募だ。

「おかげで希望が持てました」とGorgoulisは言う。研究公募がなければ、研究者たちは国際助成金に頼らざるを得ないからだ。著名なレーザー物理学者でもあるFotakisは、研究とイノベーションを促進するためのギリシャ初の基金の創設など、研究を再び活気づけるための計画を持っていると言う。

しかし、今回の支援策の内容をめぐっては与党である急進左派連合内にも対立があるため、チプラス首相が解散総選挙に踏み切り、さらに不確実な事態になる恐れもある(訳註:チプラス首相は8月20日に解散総選挙に踏み切り、9月20日に実施された総選挙では与党が快勝した)。

2つの研究助成金はどちらも欧州連合(EU)が地域間格差の是正のために設置した「構造基金」から支給されるもので、EU内の低開発地域は、この補助金を使って研究活動を推進することができる。Fotakisの説明によると、1つ目の補助金は5900万ユーロ(約80億円)で、2014年に終了した回の構造基金から交付されていなかったものであるという。これにより、債務危機を理由に凍結されていた研究公募を再開するための資金が提供されることになる。もう1つの補助金は5300万ユーロ(約72億円)で、今後7年間にわたり交付されるものの一部である。こちらの補助金は、新たな研究公募の資金に充てられるだけでなく、国際研究組織の会費や、HEAL-Link(ギリシャの大学や研究機関の研究者に多くの出版社の電子ジャーナルを提供する公的ポータルサイトで、債務危機により7月1日からサービスを停止していた)のための支払いにも充てられる(Nature http://doi.org/6s5; 2015)。

近く行われる研究公募に関する詳細はまだ発表されていないが、Fotakisは、頭脳流出の阻止や魅力的な研究環境作りなどの最優先課題に関する研究提案に重点を置くことになるだろうと言う。けれども彼は、「危機後」の計画の方が重要だと考えている。「私たちは、事態が正常化し始めたときに新しい科学環境を整備するための政策を準備しているのです」。

Fotakisは、財政緊縮策に伴う非効率な官僚主義を排して、研究者がスムーズに仕事を進められるようにするために、研究省で作成した法案を議会に提出することを計画している。例えば現在、債権者団の代理機関からの要請で支出のチェックが行われているせいで、研究者は文房具1つ注文するにも煩雑な手続きを踏まねばならず、効率が悪いことおびただしいのだ。Fotakisは、「法案の準備はできているので、ギリシャと債権者との合意が確実になり次第、議会に提出することができます」と言う。

分子生物学バイオテクノロジー研究所(ギリシャ・イラクリオン)の計算生物学者Panayiota Poiraziは、ギリシャの研究者は研究資金よりも大きな問題に直面していると感じている。彼女は欧州研究会議(ERC)から150万ユーロ(約2億円)の「スタート助成金」を受け取っているが、資本規制のため、いつでもそれを使えるという状況にはないのだ。「銀行が営業を停止したときには、サーバールームの空調ユニットを交換することもできませんでした」と彼女は言う。

Fotakisが創設しようとしている研究イノベーション基金は、民間部門と公的部門から資金を調達して、基礎研究と応用研究の両方を支援するものになるという。科学は「知識集約型経済」の推進に役立つが、「経済に長期的に大きな影響を及ぼすためには、好奇心のおもむくままに進めていくような研究も必要なのです」とFotakis。

現在のギリシャ国内で多額の民間投資を獲得するのは難しそうだが、Fotakisはさまざまな機関に支援を求めて交渉している。その1つが、ハイリスク・ハイリターンなイノベーションへの投資を刺激するために2015年に入ってから創設された欧州戦略投資基金(EFSI)である(Nature http://doi.org/6s7; 2015)。

GorgoulisはFotakisの計画を歓迎している。「長期的な視点を持つなら、こうするべきです。もちろん、ギリシャに未来があればの話ですが」。けれども一部の研究者は、チプラス政権に迫る新たな不確定要素が、研究計画の遅延や脱線を招くのではないかと心配している。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2015.151112

原文

Greek bailout set to free up research funds
  • Nature (2015-08-20) | DOI: 10.1038/524273a
  • Alison Abbott