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大うつ病の遺伝子マーカー見つかる!

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 10 | doi : 10.1038/ndigest.2015.151017

原文:Nature (2015-07-16) | doi: 10.1038/523268a | First robust genetic links to depression emerge

Heidi Ledford

うつ病と関連する特定のゲノム塩基配列の探索は、これまで望み薄と考えられていたが、今回、大うつ病と強固な関連性を示す遺伝子が見つかった。この発見で、精神病に関係した遺伝子の捜索が熱を帯びそうだ。

うつ病にはさまざまな病態があり、そのために遺伝的関連が見つかりにくい。 | 拡大する

SPACES IMAGES/GETTYIN

2014年1月、うつ病に関連するDNA塩基配列の発見を目指す研究プロジェクトで最初の成功の兆しが見えたとき、誰よりも驚いたのは、プロジェクトを指揮していたJonathan Flint自身だった。彼は、勝算が低いことを知っていた。大うつ病性障害の患者9000人を対象とした精神医学ゲノムワイド関連解析コンソーシアム(PGC)の大うつ病性障害ワーキンググループの研究では何の手掛かりも得られなかったし1、それとは別の1万7000人を対象としたフォローアップ分析の結果も期待外れに終わったとうわさで聞いていたからだ。「まさか成功するわけがないと考えていました」とFlintは回想する。この時点で彼は、うつ病患者5303人の分析をようやく済ませたところで、対照群の分析はこれからであった。

分析を進めると、その悲観的な考えは間違っていたことが分かった。そして彼の研究チームは、大うつ病性障害と関連がある2つの遺伝子マーカーを特定し、Nature 2015年7月30日号で報告した2。これらの関連には再現性があり、また、こうした報告がなされたのは初めてのことである。この発見により、世界的な心身障害の主要な原因の1つである大うつ病の新薬開発に生物学者が参入する機運が高まるだろうし、将来的には診断に役立つ可能性がある。けれども、この分野の研究者の多くは、とにかく「遺伝子マーカーが見つかった」という事実に興奮している。このような複雑な障害を引き起こすDNA塩基配列が果たして見つかるのかどうか、何年にもわたって議論が交わされてきたからだ。今回の結果によって、この議論に終止符が打たれることになるだけでなく、何万人もの人々からデータを集める今後の試みにおいても、Flintの研究は礎となることだろう。

うつ病を患っている人は3億5000万人以上に上る。だが、症状や重症度は人によって大きく異なり、特に男女間の差は大きい。このことから、異なる疾患が単にうつ病としてひとまとめに扱われているために遺伝的な分析が複雑になっている可能性がある、と考えられている(Nature 2014年11月13日号182〜184ページNatureダイジェスト 2015年2月号「うつ病の分子機構解明に向けて」参照)。

うつ病と関連するDNA塩基配列を見つけることを目的とした初期の研究では、いくつか候補が発見されたものの、より綿密な再調査により否定されていた。そうした事例からFlintは、数千人から試料を得ること、そしてばらつきを減らすための方策を立てることが必要だと考えていた。そこでFlintと、優れた診断能力で有名なヴァージニア・コモンウェルス大学(米国リッチモンド)の精神科医Kenneth Kindlerは、中国で研究を行うことに決めた。中国は人口が多い上に、軽症の場合はうつ病と診断されない可能性が高いと考えられているからだ。そのような状況下では、うつ病と診断された人たちには重症型の障害がある可能性が高いとFlintは推論した。ばらつきをさらに減らすために、彼のチームは研究対象を漢民族系中国人女性に限定した。

FlintとKindlerらのチームは、2014年の初めには、うつ病の中国人女性患者5303人と、5337人の対照者から得たDNA塩基配列の分析を済ませることができた。Flintの予想どおり、女性うつ病患者の85%がメランコリーと呼ばれる重症型のうつ病にかかっていた。メランコリーの患者は喜びを感じる能力を失ってしまう。「孫を溺愛しているのに、大好きな孫が訪ねてきても、うれしいと感じることができなくなってしまうのです」とスタンフォード大学(米国カリフォルニア州)の精神科医Douglas Levinsonは言う。

この分析でうつ病に関連すると思われる2つのDNA塩基配列が明らかになった。1つは機能があまりよく分かっていないある酵素をコードするDNA塩基配列で、もう1つは遺伝子SIRT1に隣接する塩基配列だ。SIRT1は、エネルギー産生に関与する細胞小器官ミトコンドリアにとって重要な遺伝子である。それらの相関関係は、3000人以上のうつ病の男女と、3000人以上の対照者からなる別のデータセットによって確認された。

ミトコンドリアとの関連は、ミトコンドリアの異常とうつ病を結び付けた以前の研究結果(Flintのチームの研究3を含む)と一致する。「うつ病にかかると疲労を感じ、モチベーションを失うので、これは生物学的説明としてかなり魅力的な説です」とLevinsonは言う。

けれどもLevinsonが最も興味をそそられたのは、Flintらが研究を設計したやり方だ。Levinsonは精神医学ゲノミクスコンソーシアムという研究グループのメンバーで、Levinsonによれば、グループは1万7000人のうつ病患者のデータを分析したが、Flintが耳にしたように、遺伝的発見は1つもなかったという。同グループは遺伝的データをプールすることに同意している研究者たちによって構成されており、彼らは現在、Flintの結果を考慮に入れて、分析の対象を特に重症のうつ病患者に限定することによって状況が変わるかどうかを調べている。

もし状況が変わるとしても、他の遺伝的関連を見つけるためには、さらに多くの試料が必要になるだろう。Levinsonは、英国、オランダ、オーストラリアを含めた各所で一連のバイオバンクの取り組みが行われ、今後5年以内に分析のために何万ものゲノムが提供されることを期待している。さらに多くの遺伝的関連が見つかるようになるにつれ、協同して働くことにより特定の細胞の機能に影響を与えることが知られているタンパク質のグループが突き止められるかもしれない。こうした「経路」は薬剤標的となる可能性があり、またうつ病診断をより決定的なものにするために利用できるかもしれない。

Flintの成功によりそうした方面の研究が活気づくだろう、とノースカロライナ大学(米国チャペルヒル)の精神医学遺伝学者Patrick Sullivanは言う。「我々は批判家たちの声に耳を傾け過ぎないようにすることを学ばなければなりませんでした。もし我々が、こんな研究はばかげているという批判に耳を傾けていたなら、何年も前に研究をやめていたことでしょう」と彼は言う。

(翻訳:古川奈々子)

参考文献

  1. Major Depressive Disorder Working Group of the Psychiatric GWAS Consortium Mol. Psychiatry 18, 497-511 (2013).
  2. CONVERGE Consortium Nature 523, 588–591 (2015).
  3. Cai, N. et al. Curr. Biol. 25, 1146-1156 (2015).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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