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植物成長ホルモンジベレリンはシダ植物の性決定にも関与する

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 1 | doi : 10.1038/ndigest.2015.150103

原文:Nature (2014-10-23) | doi: 10.1038/nature.2014.16214 | Ferns communicate to decide their sexes

Mark Zastrow

カニクサというシダ植物の研究から、フェロモン様の物質を利用して集団内の性比を調節するという、一部のシダ植物に特有な性決定機構の詳細が明らかになった。

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ヒトを含む動物では、生殖および子の生物学的な性決定は通常、親である雄と雌の2者間で完結する。しかし、カニクサ(Lygodium japonicum)と呼ばれるシダ植物では、個体の性決定にはそれが属する集団全体が関与しているらしい。名古屋大学生物機能開発利用研究センターの松岡信および上口美弥子を中心とする研究チームはこのたび、カニクサの集団内で、早く成熟した個体の分泌する物質が、周囲に存在する遅く発生した若い個体の性を決定するフェロモンとして機能する仕組みを明らかにし、Science 2014年10月24日号で報告した1。こうした集団規模の性決定機構は、集団内での雄と雌の比率を一定に保つことで、集団全体としての生殖の高速化を可能にしていると考えられる。

今回の研究成果は、種子ではなく胞子で繁殖するシダ植物の「性生活」を、これまでになく詳細に捉えたものといえる。シダ植物の成体は「胞子体」と呼ばれ、これが一般に目にする植物体である。一方、胞子体の葉裏で作られ、放出された胞子は、適当な環境に着地すると発芽して成長し、ハート型をした小型の「前葉体」と呼ばれる配偶体を形成する。前葉体は、発達過程において精子を作る造精器と卵を作る造卵器を形成し、それぞれ雄と雌になる。そしてこれらの精子と卵が受精して接合子を生じると、胞子体へと成長する。この際、同一のゲノムを持つ精子と卵が接合すると近交弱勢のリスクが発生する。

雄と雌の分かれ道

以前から、シダ植物の造精器誘導には植物成長ホルモンとして知られるジベレリンと類似した構造を持つ「アンセリジオーゲン」という物質がカギを握っていることが知られていた。

カニクサの前葉体発達過程の後期では、5段階あるジベレリン生合成過程の遺伝子のうち、最後の過程を触媒する酵素遺伝子を除く4遺伝子が発現する結果、ジベレリンになる一歩手前の中間体で合成が停止する。この中間体は次に、カルボキシ基のメチルエステル化を経てアンセリジオーゲンとなり、前葉体外に分泌される。アンセリジオーゲンは疎水的な構造であるため、シダ植物が生育する湿った林床などの水環境では、隣の前葉体個体に素早く確実に取り込まれる。

発達初期の前葉体は、後期の前葉体とは逆に、ジベレリン合成の最終過程を触媒する酵素遺伝子だけを発現している。そのため、アンセリジオーゲンを取り込んだ発達初期の前葉体は、まずアンセリジオーゲンのカルボキシ基からメチル基を外すことでジベレリン中間体に変換し、その後、最後の過程を触媒する酵素により、ジベレリンを合成する。そしてこのジベレリンにより、造精器の形成が誘導されるとともに造卵器の形成は阻害され、発達初期の前葉体は雄になる。

結果として、カニクサの集団では雌の周囲で雄の数が増加することになる。すなわち、集団内の性のバランスを調節し、自殖の必要性をなくすことで、遺伝的多様性が維持されているのだ。パデュー大学(米国インディアナ州ウェストラフィエット)の植物遺伝学者Jody Banksは、「性については、植物よりも動物の方がはるかに多くのことが分かっています」と話す。性決定に関わる「フェロモン」に限っていえば、今回の発見は、ある特定の分子が性決定と結び付けられた最初の成果になるという。

生殖と成長

ジベレリンは、第二次世界大戦後、農業・育種技術の進歩により小麦や米の収量が世界規模で急増した、いわゆる「緑の革命」において重要な役割を果たした。こうした作物において、ジベレリンは成長ホルモンとして作用しており、ジベレリン感受性の低い新たな作物品種の開発により、草丈が低く耐候性の高い作物が栽培されるようになったのだ。デューク大学(米国ノースカロライナ州ダーラム)の植物分子生物学者Tai-ping Sunは、この植物ホルモンのさらなる理解が、今後もっと効率の良い作物系統の育種につながるのでは、と期待を寄せる。

今回カニクサで確認された、フェロモン様物質を利用した集団規模の性決定機構が他のシダ類でも一般的なのかどうかはまだ分からない、と松岡は語る。Banksらは現在、別の種のシダ植物について、性選択に影響する遺伝子を特定する研究を進めており、それが突き止められれば答えはおのずと見えてくるだろう。今回の松岡らの成果で注目すべき遺伝子の候補が絞り込まれたことを考えると、その答えが導き出されるのもそう遠くないかもしれない。

(翻訳:小林盛方、編集:編集部)

参考文献

  1. Tanaka, J. et al. Science 346, 469–473 (2014).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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