珍しいものに心惹かれる
グッピー(Poecilia reticulata)は、体長約5cmの色鮮やかな小魚で、一般にも愛好家が多いが、進化生物学者の間でも人気がある。自然個体群で遺伝的多様性がどのように維持されているのかを研究する上で、またとない機会を提供してくれる魚だからだ。雄の体色には、変異によるまばゆいばかりの多様性があり、雌は、雄の体色パターンに対して強い配偶者選好性を示すことが知られている。だが、ある形質について特定の表現型を支持する性選択があるとすれば、その形質の変異は失われるはずであり、グッピーの雄でさまざまな体色の変異が維持されていることは進化の謎といえる1。
これまでの研究で、自然環境のグッピーでは、珍しい体色パターンを持つ雄の方がありふれた体色パターンの雄よりも生存率が高いことが明らかになり(捕食者に狙われる率が下がるためと考えられる)2、謎の解明が大きく進展した。この報告をしたHughesらによって、今回、珍しい形質を持つ野生の雄グッピーの方がより多くの配偶機会を得て仔を多く残すことが、Nature 2013年11月7日号108ページで報告された3。総合すると、グッピーの体色が多様性に富むのは、自然選択と性選択の両方が働いた結果と考えられる。
ある形質の相対的数度(個体数)が減少した結果、その形質の進化的適応度が上昇するプロセスを「負の頻度依存選択」といい、特に性選択では「希少雄効果」と呼ぶ。この効果は古くから数多くの論文で報告されているが、こうした論文が厳しく批判された時期もあった4,5。実験室飼育下のグッピーを使った研究から、見慣れないまたは珍しい形質(表現型)の雄に対して雌が選好性を示すことが報告され6,7、希少雄効果を裏付ける最も強力な証拠とされたが、自然環境下での研究がほとんど行われていない状況で、実験室での結果が自然個体群にも当てはまるのか、疑問の余地が残されていた7,8。
今回のHughesらの研究が注目に値する主な理由は、それがトリニダード島(グッピーの原産地の1つ)の河川にある天然の淵で、自然に生じた雄の体色表現型を対象としたものだからだ。Hughesらは、体色パターンの異なる個体が多数存在して河川の系がすでに進化的平衡状態に達している可能性を考慮し、これらの系を任意に摂動させるため、そして負の頻度依存選択の検出力を高めるために、さまざまな表現型の雄の頻度を実験的に調節した(図1)。その際、それぞれの表現型について頻度の高い淵と低い淵を作ることで、表現型の特徴によらず頻度によってのみ選択されたかどうかが分かるようにした。最後に、妊娠中の雌を淵から採集して仔の遺伝子型判定を行い、雄の繁殖成功度を評価した。3つの異なる河川系で相当数の反復を行い、1400匹を超える仔の判定を行った結果、珍しい雄はいずれの場合も、その表現型にかかわらず、配偶と生殖が成功しやすいことを示す明確なパターンが観察された。
これは重要な研究成果だが、自然個体群での希少雄効果の証拠としては限定的だろう。その理由の1つとして、グッピーは体内受精を行うため、雌は数週間から数カ月間にわたって精子を貯蔵可能な点が挙げられる。Hughesらが実験の最後に妊娠した雌を採集して実験室で出産させたとき、最初の仔たちには、父親が希少雄効果に基づき選択されたことを示す強力な証拠が認められた。しかし、雌が貯蔵精子の利用を余儀なくされる2度目の出産で得られた仔からは、父親の希少雄効果を示す統計的有意性は認められなくなった。Hughesらの説明によれば、自然界の雌グッピーは頻繁に交尾を行い貯蔵精子に依存することはほとんどないため、自然界で生まれる仔は、基本的に全て実験の最初に誕生した仔と同じなのだという。だが、この主張を裏付けるためにHughesらが再検討したデータは限定的であり、この論点についてはさらなる研究が必要だ。
また、今回の研究には技術的な限界もあった。マイクロサテライトと呼ばれるゲノムの可変領域に依存した遺伝子型判定法を用いたために、父親を確定できた仔はわずかだったのだ。このことでデータに何らかの偏りが生じたと考える根拠はないものの、現在はより強力な判定法が利用可能なことから、今回のサンプルを再分析してみる価値はあるだろう。
自然界の希少雄効果を裏付ける今回の研究結果は、数々の興味深い疑問を提起している。中でも最も素朴な疑問は、雌のグッピーがなぜ見慣れない体色パターンの雄を好むか、だろう。これについては、利用可能なデータ以上に仮説の方が多く存在する。ある理論的分析からは、グッピーに見られる希少な雄の生存率の高さ2が、たとえコストが高くつくとしても、性選択における選好性の進化に寄与している可能性が示唆された9。この分析はまた、希少性を好む性選択は珍しい表現型の一般化につながるが、最終的には頻度依存選択に付きまとう負のフィードバックが、希少な雄に対する雌の選好性の普遍化を妨げている、とも指摘しており興味深い。また、今回の研究で用いられたような実験的な個体群の雌グッピー間で配偶者選好性にばらつきがあるかどうかは、まだ明らかになっていない。
Hughesらは、雌が仔の遺伝的多様性を高めるために前の配偶相手と同じ体色パターンの雄との交尾を避けているとすれば、そこにも希少雄効果が表れるのではないかと指摘する。あるいは、個体群が小さく、断続的に隔離されていた場合に、近親交配率の低下につながるように希少性に対する選好性が進化してきたとも考えられる。さらには、珍しい表現型に対する配偶者選好性は雌の利益にはならないことから、他の事情で生じた新規性に対する選好の結果である可能性も示唆されている10。
Hughesらが今回利用した自然個体群の巧みな操作は、彼女たち自身が示唆するように、他の系における頻度依存選択による遺伝的多様性の維持を研究する上でも有望な方法と考えられる。ふたを開けてみれば、珍しさに対する選好性自体が、それほど珍しいものではないことが明らかになるかもしれない。
翻訳:小林盛方
Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 2
DOI: 10.1038/ndigest.2014.140220
原文
Novelty makes the heart grow fonder- Nature (2013-11-07) | DOI: 10.1038/nature12701
- Jeffrey S. McKinnon & Maria R. Servedio
- Jeffrey S. McKinnonは、イーストカロライナ大学(米国)に所属。Maria R. Servedioは、ノースカロライナ大学チャペルヒル校(米国)に所属。
参考文献
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