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脳の大きさを制御する、新たな分子メカニズムを解明!

–– 今回の研究成果は、脳の大きさがテーマですね。

岡澤: 私は神経内科医で、アルツハイマー病やハンチントン病などの神経変性疾患に興味があり、一貫して分子生物学的手法を用いた検討を続けています。研究を始めた1980年代初頭には、医学部の臨床系に分子生物学がまだ導入されていませんでしたが、幸運なことに、在籍していた東京大学では生化学教室の村松正実先生が転写因子の研究をしておられました。私も研究生として入れていただき、多能性制御因子(Oct-3;Oct-4)の探索や解析を行いました。その後は神経内科に入局し、2003年に東京医科歯科大学に移って現在に至ります。

「ポリグルタミン病」と総称される神経変性疾患では、原因タンパク質中のポリグルタミン配列(CAGの繰り返し配列)の繰り返し数が、通常であれば20回以下であるところ40回以上に伸びて、βシート構造を形成してしまいます。1999年に、ある特定のタンパク質がポリグルタミン配列に結合することを突き止め、「PQBP1(ポリグルタミン配列結合タンパク質1)」と名付けました1。ポリグルタミン病には、原因遺伝子の異なるさまざまな疾患が含まれます。例えば、ハンチントン病や脊髄小脳変性症などです。私たちの成果は、これらの神経変性疾患にPQBP1が関与することを示唆するものとなりました。

図1:PQBP1変異による、小頭症のメカニズム
脳構造に異常を伴わない常染色体劣性小頭症(MCPH)の原因タンパク質のほとんどは、中心体の構成成分である。また、類似のSeckel症候群の原因タンパク質にはDNA損傷修復因子が多い。PQBP1の主な機能はスプライシングや転写と考えられ、既知の原因遺伝子が有する機能とは異なる。また、非対称分裂の割合や細胞死に影響を与えない点も大きな違いである。

それから数年を経た2003年、ドイツの研究チームが、PQBP1遺伝子の異常により知的障害を伴った小頭症を生じると報告しました2。こちらは神経変性疾患とは異なる病気でしたが、私たちにとっても興味深いものでした。

–– 小頭症とはどのような病気ですか?

岡澤: 頭のサイズは頭蓋周囲の長さで判断されます。この長さが平均値の70〜80%(標準偏差の2倍以上)以上短いと、小頭症と診断されます。病態としては大きく2つに分けられ、脳の構造は保たれているものの容量が小さいタイプ(一次性)と、脳のしわがない、穴が開いているなどの構造が崩れているタイプ(二次性)です。

PQBP1の異常による小頭症は、脳構造そのものは保たれており、前者といえます。ただし、このタイプの小頭症の原因遺伝子はこれまでに10種以上が知られており、そこにPQBP1遺伝子は含まれていませんでした。つまり、前者の小頭症における新たなサブタイプを発見したことになります。頭が小さいだけでなく、痩せている、身体や睾丸が小さいなどの特徴も見られます。知的障害の程度は軽度から重度までさまざまです。

興味深いことに、一次性小頭症の原因タンパク質の多くは細胞分裂の制御に関与していることが分かっています。例えば、分裂の際に染色糸を引っ張る中心体の構成タンパク質などです。今回私たちは、PQBP1もまた、分裂期(M期)を制御する転写因子のスプライシングに関わっていることを明らかにしました3

–– どのような実験をされたのですか?

岡澤: PQBP1をターゲットに、shRNAによるノックダウン、コンディショナルノックアウト、過剰発現と、さまざまな操作を加えたマウスを作り、頭部の大きさ、ニューロン数、記憶や不安などの行動について検証しました4

最初に行ったのは全身のPQBP1ノックダウンです。このマウスには不安関連記憶の低下が見られましたが、頭部の大きさやニューロンの数に有意な変化は見られませんでした。

そこで、神経幹細胞においてのみPQBP1をノックアウトしたコンディショナルノックアウト(cKO)マウスを作製して解析したところ、こちらは頭部が有意に小さく、記憶などの認知機能に異常が見られることが分かりました。このマウスは、神経幹細胞から産生・分化するニューロンやグリア細胞などの全ての細胞でPQBP1を欠失しています。ニューロンを取り出して詳細に調べたところ、細胞分裂にかかる時間が異常に延びていることを突き止めました。この背景として、PQBP1が関与するスプライシングが異常となり、細胞周期に関与する数百ものタンパク質が影響を受けていることも分かりました。このとき、アレイ解析によって、正常時よりも発現量が増減しているタンパク質を網羅的に調べ、システムバイオロジーを用いてカテゴライズしたところ、変動の大きいタンパク質には細胞周期に関与するものが多いことも確認できました。中でも、APC4(ユビキチンリガーゼ複合体サブユニット)と呼ばれるタンパク質の減少が、細胞周期に大きな影響を及ぼすことが示唆されました3

最後に、APC4などのタンパク質群の減少が、ニューロンの産生を減らしていたことを検証する実験を行いました。1つは、PQBP1-cKOマウスの胎児に APC4を補う実験で、マウスの神経幹細胞の分裂速度は回復し、脳の大きさもほぼ正常になることを確かめました。もう1つ、PQBP1-cKOマウスの胎児に、AAVベクターを用いてPQBP1を導入する実験も行いました。こちらも生後の脳の大きさが正常に近づき、記憶や不安などの認知機能も改善することを確かめました3

–– 一連の成果から得られた知見と、今後の課題は?

岡澤: まず、これまでに知られていなかった「PQBP1の異常による小頭症」の存在を分子レベルで証明しました。また、この分子メカニズムを応用することで、小頭症や知的障害に対する新しい治療アプローチにつながる可能性をもたらしました。

一方で、神経幹細胞の産生や分化がゆっくりになるだけですから、生後の成長過程で正常に追いつくことも考えられるのに、なぜニューロンの数は正常なレベルにならないのか、という疑問が残っています。また、単にニューロンの数の問題だけでなく、ニューロン上のシナプスの数や形態の異常もあるのではないか、といった考え方もあり、引き続き研究を進めたいと考えています。さらに、実験動物の脳のサイズを人為的に操作する実験も行い、シナプスの数、PQBP1、ニューロン産生数、シナプス数の三者をつなぐ分子メカニズムを解明したいと考えています。

–– ご研究のゴールをどのように見据えていらっしゃるのでしょう?

岡澤: 推論の域を出ませんが、PQBP1をめぐる分子メカニズムは、先天的には脳の大きさや知能、後天的にはアルツハイマー病をはじめとする認知症の病態に広範に関与しているのではないかと考えています。実は、PQBP1の遺伝子産物自体もスプライシングによる個人差が大きいことが分かってきています。PQBP1の量と知能の関連については、すでにハエを用いて検討済みで、PQBP1の発現レベルが低下したショウジョウバエでは、シナプスにおける特定の受容体(NMDA受容体)のある成分量が低下し、学習や記憶の障害が引き起こされることを2010年に報告しました5。今後はより高等な動物で検討を行いたいと考えています。

私は神経内科医ですから、ヒトの神経変性疾患の治療に結び付く研究成果を得ることが目標です。アルツハイマー病の治療薬やワクチン開発は失敗続きで、この分野の創薬はうまくいっているとはいえませんが、虚心坦懐に原因を追究すれば道は開けると考えています。現在、私は、文部科学省が進める「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」において「変性性認知症による脳機能ネットワーク異常の全容解明」という研究課題の代表も務めており、引き続き研究に邁進したいと考えています。

–– ありがとうございました。

聞き手は、西村尚子(サイエンスライター)。

Author Profile

岡澤 均(おかざわ・ひとし)

東京医科歯科大学 難治疾患研究所 神経病理学分野教授。1984年東京大学医学部卒業。同年、神経内科入局。臨床研修後、1989年より東京大学医学部生化学教室で研究。1991年にOct-3/4の発見で論文博士(医学博士)。マックス・プランク研究所常勤研究員、日本学術振興会特別研究員、東京大学神経内科助手、東京都神経科学総合研究所部門長(JSTさきがけ研究者兼務)を経て、2003年より現職。2014年より、東京医科歯科大学脳統合機能研究センター長。

岡澤 均氏

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2014.141218

参考文献

  1. Waragai, M., et al. Hum. Mol. Genet. 8, 977-987(1999).
  2. Kalscheuer, VM., et al. Nat Genet 35, 313-315(2003).
  3. Ito, H., et al. Mol Psychiatry ,Jul 29. doi: 10.1038/mp.2014.69 (2014).
  4. Ito, H., et al. Hum. Mol. Genet. 18, 4239-4254(2009).
  5. Tamura, T., et al. J Neurosci. 30, 14091-14101(2010).