News

牛糞堆肥が抗生物質耐性菌を増加させる?

THINKSTOCK

乳牛などの家畜に抗生物質を投与し、その糞尿を肥料として使うことで、土中の細菌に抗生物質に対する耐性が生じる場合がある。ところが、抗生物質を投与されていない乳牛の糞尿で作った肥料であっても、抗生物質耐性菌の増殖を助ける可能性があることが、このたび発表された。

そのメカニズムはまだよく分かっていないが、この研究結果は、農業の抗生物質使用とヒト病原体の抗生物質耐性の間に予想以上の複雑な結び付きがあることを示している。この成果はProceedings of the National Academy of Sciencesで2014年10月6日にオンライン掲載された1

土壌環境中に存在する細菌の多くは、天然の抗生物質耐性遺伝子を持っている。これはおそらく、一部の土壌真菌や土壌細菌が作り出す抗生物質への防御のためだと考えられる。一方、人為的に生産した抗生物質は、ヒトや動物の感染症治療や家畜の成長促進のために使われている。

牛糞堆肥それ自体が土壌中の細菌群集の構成を変化させることは、以前から分かっていた。そこで、エール大学(米国コネティカット州ニューヘイブン)の微生物学者Jo Handelsman(現在は米国ホワイトハウス科学技術政策室の科学部門副室長)のチームは、牛糞堆肥が薬剤耐性にも影響を及ぼすかどうかを調べるため、土壌の試料に、化学肥料である窒素質肥料と、抗生物質を一度も投与されていない乳牛の牛糞堆肥のいずれかを投与した。

研究チームは、窒素質肥料または牛糞堆肥をまく前と後の土壌試料から採取した土壌細菌を調べ、β-ラクタマーゼという酵素をコードする遺伝子を探した。この酵素は、ペニシリンを含む一群の抗生物質を分解するので、耐性の原因となる。

2週間後、牛糞堆肥をまいた土壌試料では、窒素質肥料をまいた試料に比べてβ-ラクタマーゼ産生細菌の数が有意に多く含まれていた。抗生物質耐性のある細菌の標識となる遺伝子を追跡したところ、これらの細菌は牛糞堆肥由来ではなく、土壌由来であることが分かった。つまり、牛糞堆肥を与えたことで、自然界にあるこれらの細菌に食餌を供給したか、もしくは競争者を排除してしまい、結果的にこれらの細菌の増殖を助けたものと考えられる。牛糞堆肥から特に大きな恩恵を受けたのは、ヒト感染症の病原菌に多いPseudomonas属だった。

人為的な活動の影響

しかし、牛糞堆肥がどういう仕組みで抗生物質耐性菌に都合のよい環境を作り出すのか、まだよく分かっていない。今回の研究を行ったHandelsmanらは、糞尿中の一部の栄養素もしくは重金属が関与しているのではないかと考えている。β-ラクタマーゼを持つ細菌は金属に対しても耐性を持つ傾向が大きいからだ2。Handelsmanらは今後、金属との関係についても調査する予定だという。

ワシントン大学(米国ミズーリ州セントルイス)の微生物学者Gautam Dantasは、この研究は実に見事なものだと話す。「これによって、“自然生態系と医療問題について考える際には、ほぼ全ての人為的活動を考慮する必要がある”という考え方が間違っていないことが分かります」と彼は言う。

家畜にどの程度の抗生物質を使用すると臨床上の抗生物質耐性に影響が及ぶのかについては、まだ意見が分かれている。2014年9月に米国政府によって発表された、抗生物質耐性菌に関する報告書(http://nature.asia/nd1411_nn4)は、その関係性についてさらなる研究を行うべきだと結論付けているが、「医療に重要な抗生物質」を家畜に使用することを禁じる法律の制定を勧告するまでには至らなかった。しかし、牛糞堆肥によって細菌構成がすでに変化した後の土壌に抗生物質を混入させれば、「抗生物質耐性に伴う諸問題を悪化させることは100%間違いありません」とDantasは忠告する。彼はさらに、今回の研究は「農業への抗生物質利用については限りなく慎重になるべきである」と警鐘を鳴らすものだと付け加えた。

また今回の研究では、窒素質肥料の代わりに牛糞堆肥を使う有機農法についても、もっと注意深く検討することが提案されている。「おそらく私たちは知らないうちに耐性菌を増やしており、それらは農業によって最終的に病院へと持ち込まれている可能性があります」とDantasは話す。「“窒素質肥料は悪で有機肥料は善だ”とする考え方について意見を言うなら、その前にまず、両者にどんな欠点があるのか明らかにする必要があります」。

翻訳:船田晶子

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2014.141205

原文

Manure fertilizer increases antibiotic resistance
  • Nature (2014-10-06) | DOI: 10.1038/nature.2014.16081
  • Sara Reardon

参考文献

  1. Udikovic-Kolic, N. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA http://dx.doi.org/10.1073/pnas.1409836111 (2014).
  2. Knapp, C. W. et al. PLoS ONE 6, e27300 (2011).