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歯の構造の進化をin vitroで再現

発生の変化と進化との基本的なつながりは、かなり以前に確立されている1。発生の過程を変化させて生物の形状と構造をも変貌させる遺伝的変化の多くが分子的研究で明らかにされ、進化の謎の解明が新たに進められていることから、その両者のつながりが再び強調されている2Nature 2014年8月7日号44ページで、ヘルシンキ大学(フィンランド)のEnni Harjunmaaら3は、発生中の歯の形状を制御する遺伝子とシグナル伝達経路に手を加えるだけで、さまざまな構造の歯がin vitroで作り直されたことを示した。さらに、再現された歯の構造は、遠い哺乳類祖先の歯から現在に至るまでの齧歯類の歯の進化過程を極めてよく表していた。

中生代(2億5200万~6600万年前)に生息していた有袋類および有胎盤類の哺乳類とその近縁動物など一部系統の獣類には、「トリボスフェニック型」の臼歯があった4。トリボスフェニック型の下顎臼歯には、「トリゴニッド」と呼ばれる高い前端部と「タロニッド」と呼ばれる低い後端部があり、トリゴニッドには食物をかみ切るための咬頭(歯冠上部の突起)が3つあった。一方のタロニッドには、食物をすりつぶすための盆地のような面があった5,6。中生代哺乳類に見られるトリゴニッドとタロニッドは、現在の齧歯類にも認められるが、その形態は大きく変化している。齧歯類は祖先的哺乳類から生じて多くの系統に分岐した。この分岐の中で、暁新世(6600万~5600万年前)には、多くの齧歯類群に「咬頭から隆線へ」の歯の進化が生じ、それぞれ独立していた咬頭7が徐々に隆線(なだらかに隆起した部分で、この構造は植物性の食物をかむのにより適している)で結ばれていった8,9

ectodysplasin AEda)遺伝子は、毛から汗腺までさまざまな構造物の発生に関与する脊椎動物のシグナル伝達タンパク質をコードしている10。EDAタンパク質は、胎生期の歯のエナメル結節で活性を示す。エナメル結節はシグナル伝達の中心であり、成体の歯構造のもとになっている部位である。EDAは、将来の歯の咬頭、および咬頭を結ぶ隆線の位置・大きさを調節する8Edaを発現しないマウスには、正常な咬頭と隆線がなく、原始的で特徴のない歯しか生えない10

図1:歯の進化のin vitroでの再現
a. 哺乳類の進化では、臼歯(下顎の色付けされた歯)がどんどん複雑になっていった。それは、時とともに歯の新しい構造が進化したためだ。まず、中生代の相称歯類などの初期哺乳類でトリゴニッドと呼ばれる構造(暗灰色)が進化し、続いてクラドテリア類と呼ばれる中生代獣類群でタロニッド(明灰色)が生じた。ハイポコニュリッド(青色)は中生代獣類で進化し、アンテロコニッド(黄色)は進歩した齧歯類で生じた。アンテロコニッドは、哺乳類の初期的分岐群の擬トリボスフェニック型の歯で別個に(収斂的に)進化した擬タロニッドと構造が類似している(擬タロニッドも黄色で示す)。
b. マウス胚でEda遺伝子を欠損させると、図のような歯の構造は全て失われる。Harjunmaaら3は、Eda欠損マウスの胎生期の臼歯を培養してそこにEDAタンパク質を添加すると、その量に応じて進化の段階が再現されることを、in vitroで明らかにした。さらに、進化の時期が古い構造は、新しく進化した構造と比較して、反応の安定性が高いことも示された。

HarjunmaaらはEdaが欠損したマウスの臼歯をin vitroで成長させ、これにEDAを添加することで、咬頭と隆線が回復することを発見した。また研究チームは、EDA量が異なれば、歯の形態形成(歯の発生の際に構造が形成されるプロセス)が変化することをコンピューターモデルによって示した。その変化は、中生代の哺乳類祖先から齧歯類が進化したときに生じた歯の形の変化に似ていた(図1)。例えば、トリボスフェニック型臼歯の進化した最初の部分であるトリゴニッドは、わずかな量のEDAで再生される。しかし、もっと後代で進化したタロニッドの回復には、さらに大量のEDAが必要だったのだ5

マウス臼歯の咬頭から隆線への形態形成は、繊維芽細胞増殖因子3(参考文献9)およびソニックヘッジホッグ11というシグナル伝達タンパク質をコードする遺伝子(それぞれFgf3およびShh)を含む遺伝子ネットワークによって制御されている。Fgf3の亢進・抑制は、それぞれ歯の構造の過剰発生・低発生を引き起こす9。Harjunmaaらは、Edaを欠損した歯でSHHの濃度を下げると、暁新世齧歯類の祖先的な特徴が再現され、現在の齧歯類で見られる咬頭から隆線への形状変化が逆転することを見いだした。このように、in vitroで歯の形態形成を変化させる分子的操作により、化石記録を模倣した前向きの進化と、逆向きの進化の両方を再現することができたのだ。

祖先的な構造の方が、より最近になって進化した構造や異なる系統で独立して進化(収斂進化)した構造よりも、EDAやSHHの加除に対して一貫性の高い反応を示すことは、おそらくHarjunmaaらの研究で得られた最も刺激的な洞察といえる。例えばEDAを少量添加した場合、トリゴニッドが、祖先的特徴(その長い歴史によって概して進化的によく保存されている)によって予想されたとおりに十分に回復した。それに対し、EDAを大量添加した場合、タロニッドの回復は多くの歯で見られたが、全ての歯で回復したわけではなく、後代で進化したこの特徴の発生はEDAに対してさまざまな反応性を見せた。この知見は、タロニッドのくぼみはさまざまな哺乳類系統で収斂的に進化したが、一部の肉食または昆虫食哺乳類ではそのくぼみが小さくなっている、という以前の説6と整合する。

一部の哺乳類のタロニッド咬頭であるハイポコニュリッドは、マウスでは大きくなっていて別の葉を形成している。Harjunmaaらは、ハイポコニュリッドの完全な発生には、ハイポコニュリッドを除いたタロニッドの発生に必要なEDAよりも大量のEDAが必要であることを発見し、さらに、EDAに対する反応もかなり多様性があることを明らかにした。最後に、哺乳類進化の遅い時期に生じたもう1つの構造であるマウスのアンテロコニッドの再現には、最も大量のEDAが必要であり、その多様性も最も幅広かった。アンテロコニッドが歯の中で占める位置は、初期に分岐して中生代末を待たずに絶滅したある哺乳類で生じた「擬タロニッド」と一致する。従って、Harjunmaaらの実験は、すでに絶滅した中生代の哺乳類で大昔に起こった進化事象を反復する発生能を、現在のマウスが今なお保持していることを示している12

そのため、臼歯の個々の特徴を生じるのに必要なEDA量は、その特徴の発生がどれだけ確実かを知るのに役立つ情報になると考えられる。形態形成が進化を動かす仕組みを研究するときには13、EDA活性に対する歯の特定構造の感受性がその構造を生む進化的形状変化の起こりやすさを示している可能性があることについて、留意しておくことが極めて重要と考えられる。例えば、前述のとおり、タロニッドのような構造は、現生哺乳類の原始的多様化と中生代の初期に分岐した群の2回にわたって進化している。遺伝子発現の量とシグナル伝達の強さに対する可変的な感受性は、それぞれの歯の構造の進化的可変性の指標とすることができ、哺乳類の化石記録に認められる歯の進化のたび重なる収斂と逆転を支持すると考えられる。

EdaShhは脊椎動物の多くの構造にさまざまな影響を及ぼしており、どの進化的構造が遺伝子ネットワークのどの要素に支配されているのかを切り分けることは必ずしも容易でない。Harjunmaaらはこのハードルを願ってもない形で取り除き、形態形成の変化が化石記録に見られる進化する歯の最終的形状にどう影響するかを調べる道を開いた。in vitroにおける発生過程の遺伝子工学は、器官やその他の生体構造の形状が進化によってどう変化するかを解読するための実り多い方法だ。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2014.141126

原文

Tooth structure re-engineered
  • Nature (2014-08-07) | DOI: 10.1038/nature13651
  • Zhe-Xi Luo
  • Zhe-Xi Luoは、シカゴ大学有機体生物学・解剖学科(米国)に所属している。

参考文献

  1. Gould, S. J. Ontogeny and Phylogeny (Belknap, 1985).
  2. Abzhanov, A. Trends Genet. 29, 712–722 (2013).
  3. Harjunmaa, E. et al. Nature 512, 44–48 (2014).
  4. Kielan-Jaworowska, Z., Cifelli, R. L. & Luo, Z.-X. Mammals from the Age of Dinosaurs: Origins, Evolution, and Structure (Columbia Univ. Press, 2004).
  5. Crompton, A. W. Zool. J. Linn. Soc. 50 (Suppl. 1), 65–87 (1971).
  6. Luo, Z.-X., Cifelli, R. L. & Kielan-Jaworowska, Z. Nature 409, 53–57 (2001).
  7. Meng, J. & Wyss, A. R. J. Mamm. Evol. 8, 1–71 (2007).
  8. Gomes-Rodrigues, H. et al. Nature Commun. 4, 2504 (2013).
  9. Charles, C. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 106, 22364–22368 (2009).
  10. 10. Mikkola, M. J. & Thesleff, I. Cytokine Growth Factor Rev. 14, 211–224 (2003).
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