弱体化マラリア原虫から作成したワクチンが効いた!?
マラリアを100%予防できるワクチンが報告され、この研究に批判的だった研究者たちを驚かせている。このワクチンは、これまで試験されたどの実験的マラリアワクチンよりも効果が高く、今後アフリカでさらなる臨床試験が行われる予定だ。
この結果が重要なのは、高いレベルで効くマラリアワクチンが作成可能であることが、初めて実証されたからだ、とメリーランド州ベセスダの米国立アレルギー・感染症研究所の所長であるAnthony Fauciは言う。ただし、この知見は楽観的かつ慎重に見守る必要がある、とも付け加えている。
現在、有効性の高いマラリアワクチンは1つもない。世界保健機関は、2025年までに80%の人に効くマラリアワクチンを開発するという目標を設定したが、これまでのところ、「この目標には全く手が届きそうもない」とFauciは、言う。
このワクチンは予防接種を実施することを想定した場合、いくつもの巨大なハードルを越える必要があるため、科学者たちはこのワクチンの生産に対し懐疑的だった。寄生虫である熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum、Pf)のスポロゾイト(SPZ:熱帯熱マラリア原虫のライフサイクルの1ステージの呼称。このステージにおいて、蚊からヒトへの伝播を担う)から作られることからPfSPZと名付けられたこのワクチンは、弱体化した原虫全体を用いて、免疫反応を誘導する。
臨床試験第1相安全性試験で、ワクチンを5回静脈内投与された6人の被験者は、マラリアに感染した蚊に刺されても100%保護されたが、投与されていない対照者は6人のうち5人がマラリアを発症した。またワクチンを4回投与された被験者9人中3人もマラリアを発症した。この成果は、2013年8月8日にScience1で報告された。
PfSPZはメリーランド州ロックビルに拠点を置くサナリア社が開発したワクチンだ。同社の最高責任者Stephen Hoffmanは、経験豊富なマラリア研究者で、PfSPZの臨床試験も彼が主導した。ほとんどのマラリアワクチン候補は、マラリア原虫のタンパク質をわずかに含む組み換えサブユニットワクチンだが、Hoffmanは、スポロゾイト全体を使うワクチンを試してみることに決めた。その根拠となったのは1970年代に行われた研究の結果で、その実験では、放射線照射したマラリアに感染した蚊に数千回刺された被験者に強力かつ長期にわたる予防効果が認められたのである2。
PfSPZワクチンが高い有効性を示したことは「極めて重要な成功」だ、とシアトル生物医学研究所(米国ワシントン州)のマラリア研究者Stefan Kappeは述べる。「この治験結果は、1970年代に、放射線照射によって弱毒化されたスポロゾイトを蚊の咬傷によって被験者に接種してマラリア予防効果が最初に証明されて以来、マラリアワクチン開発で最も重要な進歩です」。
予想に反して
しかし、PfSPZの作成は難しい挑戦だった。サナリア社は、産業規模での蚊の無菌的繁殖に成功し、その蚊にマラリア原虫に感染している血液を餌として与えてから放射線を照射して、ヒトに感染することはできるが病気を発症させることはできない程度に原虫を弱体化させた。
次に、蚊の唾液腺から数十億個の原虫を採取し、不純物を取り除いて低温保存した。多くの研究者が、人間に投与する薬剤に要求される品質と安全性の厳しい基準に合格するような方法でスポロゾイトを大量生産できるという考え方に対し非常に懐疑的だった。「驚いたことに、Hoffmanはそれをやってのけたのです」と、Fauciは言う。
Hoffmanは、4年以内にワクチンの認可が下りることを望んでいるという。差し当たっては、臨床試験を重ねて、マラリアが蔓延しているいくつかの地域に範囲を広げて行う必要がある。ワクチンで使用されたものとは違う系統のマラリア原虫にもワクチンが有効かどうかを試験し、幼い子どもを含めた異なる年齢層の人々に対してどのような効果があるかを調べるためだ。最初の臨床試験はタンザニアのイファカラ健康研究所で行われることになっている。
既存のインフラストラクチャーに便乗する
たとえワクチンが現場で高い有効性を持つことが示されたとしても、予防接種実施の際の問題によってワクチンの使用が制限される可能性がある。集団予防接種キャンペーンでは、数分程度の短時間に数百人に予防接種を行うので、通常ワクチンの投与方法は、経口投与、皮内注射、皮下注射のいずれかである。だが、静脈注射となるとそう容易にはいかない。「幼児や小児には非常に使いづらい」とのジェンナー研究所(英国オックスフォード)のマラリア研究者であるAdrian Hillは主張する。
2011年に行われた、皮下注射によるPfSPZ予防接種の臨床試験の結果は、80人の被験者のうちマラリアを予防できたのは2人だけという不本意なものだった3。しかし、ワクチンを静脈内投与しなければならないというのは、「致命的な問題ではない」とHoffmanは言う。投与するワクチンの量は0.5mLと少なく、小さな注射器があれば十分なのだ。サナリア社は静脈への送達システムを改良する方法を模索している。
もう1つの実施面でのハードルは、ワクチンを液体窒素タンクの気相中で冷凍保存しなければならない点だ、とHillは言う。しかし、さまざまな場所にある獣医用のインフラストラクチャーに便乗すればワクチンの冷凍保存は可能だとHoffman。家畜用ワクチンや家畜の人工受精用の精液を保存したり輸送したりするのに液体窒素が使用されている。「サハラ砂漠の奥地まで精液を運ぶことができるなら、ヒトのワクチンを運ぶこともできるはずです」と、タンザニアでの臨床試験を後援しているスイス熱帯公衆衛生研究所(スイス・バーゼル)の所長Marcel Tannerは述べる。
「実施に関連する難題はいくつかあると思いますが、実際にどれに対処できるか、どれが致命的な問題となるのかを予測するのは難しいでしょう」と、マラリアワクチン開発のための官民共同事業、PATHマラリアワクチン・イニシアチブ(米国ワシントン)のディレクターDavid Kaslowは言う。
Kappeは、臨床試験で有望な結果が出て、このワクチンの取り組みを最適化する資金集めの呼び水となってくれることを期待している。「私たちがHIVワクチンの話をしているなら、この種の成功に投資することに疑問が出されることはないでしょうが」。
翻訳:古川奈々子
Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 10
DOI: 10.1038/ndigest.2013.131004
原文
Zapped malaria parasite raises vaccine hopes- Nature (2013-08-08) | DOI: 10.1038/nature.2013.13536
- Declan Butler
参考文献
- Seder, R. A. et al. Science http://dx.doi.org/l 0.1 126/science.1 241800 (2013).
- Hoffman, S. L. et al. J. Infect. Dis. 185, 1155-1164 (2002).
- Epstein, J. E. et al. Science 334, 475-480 (2011).