化学:ベンゼンからのシクロヘキセンの同位体置換体および立体同位体異性体の合成
Nature 581, 7808 doi: 10.1038/s41586-020-2268-y
水素の同位体である重水素(D)とトリチウム(T)は、化学、生物学、医学において不可欠なツールとなってきた。水素同位体は、分光法、質量分析、機構的研究、薬物動態研究に広く用いられている他、重水素を薬剤分子に組み込むことにかなりの関心が集まっている。最近、ハンチントン病の治療に有望な重水素化薬剤であるデューテトラベナジンが、米国食品医薬品局(FDA)によって承認された。化合物とその重水素化化合物の化学反応速度の比である重水素速度論的同位体効果は、著しく大きい場合がある。戦略的に水素を重水素に置換することによって、その化合物の代謝速度と代謝物分布の両者に影響が及ぶため、薬剤の効能や安全性が向上する可能性がある。重水素化化合物の薬物動態は、重水素の位置に依存する。重水素の導入については、薬剤合成の序盤でも終盤でも利用可能な方法があるが、これらの導入過程は選択性がないことが多く、立体同位体純度の測定が困難な場合がある。本論文では、医薬品研究向けに立体選択的に重水素化した構成要素の合成について報告する。我々は概念実証として、ベンゼンから、タングステン錯体への結合を経て、異なる重水素導入度のシクロヘキセンを得る4ステップ変換を行った。さまざまな組み合わせの重水素化酸、軽水素化酸、ヒドリド試薬を用いることで、シクロヘキセン環の重水素化位置の精密な制御が可能になった。最終的に、全部で52種の特異なシクロヘキセンの立体同位体異性体が、異なる10の同位体置換体の形で得られた。この概念は、官能基化シクロヘキセンの個々の立体同位体異性体の合成にも拡張できる。薬理活性化合物を個々の立体同位体異性体として合成するこうした系統的方法によって、薬剤の薬理学的特性や毒物学的特性が改善され、体内での分布や代謝に関する機構的情報が得られる可能性がある。

