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ヒトは「動くDNA断片」によって尾を失った?

尾は動物界に広く見られる特徴であり、全ての哺乳類は胚発生のどこかの時点で尾を持つ1。ヒトでは、胚段階が終わる胎齢8週ごろに尾が体内に吸収されて消失する2が、尾骨はその後も残存する。尾の喪失は、ヒト上科(ヒトと類人猿)に独特な特徴と考えられており、直立二足歩行というヒトの歩行様式に影響を与えた可能性がある。このたび、ニューヨーク大学ランゴーンヘルス(米国)、ブロード研究所およびハーバード大学(共に米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)に所属するBo Xiaら3は、こうした尾の喪失に、「転位性遺伝因子(可動性遺伝因子ともいう)」と呼ばれる、進化の過程でゲノム内を動き回ったDNA配列の挿入が関連した可能性を見いだし、Nature 2024年2月29日号1042ページで報告した。

霊長類(サル類)の大半には尾があり、そうした尾は、6500万年以上前に霊長類の祖先が出現したときから存在していた4。実際、尾がないことは、ヒト上科動物を他の霊長類と見分ける手段の1つである。この特徴(表現型)は全てのヒト上科動物に共通していることから、尾が失われたのは、この系統が約2500万年前に他の霊長類との最終共通祖先から分岐した際、あるいはその直後であったと考えられる。

この知識を踏まえ、Xiaらはまず、DNAの情報を持つ部分(タンパク質コード領域)である「エキソン」に注目して、尾の喪失に関わった可能性のある主要な遺伝子を複数種の霊長類のゲノムで比較した。ところが、この方法では有用な成果が得られなかったことから、Xiaらは次いで、それらの候補遺伝子の上流や下流のタンパク質非コード領域、そして、遺伝子内のエキソンとエキソンの間に介在する情報を持たない「イントロン」に対象を広げて研究を進めた。その結果、霊長類に特異的な「Aluエレメント」と呼ばれる転位性遺伝因子5が、ヒト上科動物でのみ、TBXT遺伝子のイントロン6に挿入されていることが見いだされた。TBXTは、その変異が、アルジェリアハツカネズミ(Mus spretus6やイエネコ(Felis catus7など複数の動物種で短尾と関連付けられていることから、Brachyury(「短い尾」の意)としても知られている。

だが、この長さ約300塩基対という短いAluエレメントの、遺伝子の非コード配列への挿入が、一体どのように尾の喪失という表現型に寄与したのか? この疑問に答えるべく、XiaらがTBXT遺伝子を全体にわたって詳細に調べたところ、イントロン5にもう1つ、向きが反対になった(塩基配列が逆向きの)Aluエレメントが存在することが明らかになった。近接する逆向きのAluエレメント同士は対合してRNA二本鎖構造を形成することがあるため、Xiaらは、これら2つのAluエレメントに挟まれたエキソン6が、転写の直後に「スプライシング」と呼ばれる過程でRNA転写産物から除去されるのではないかと考えた(図1)。

図1 尾の発生に関わる遺伝子のヒト上科特異的な2種類のRNA転写産物
TBXT遺伝子は尾の発生に関与している。Xiaら3は今回、さまざまな霊長類のTBXT配列を比較し、「Aluエレメント」として知られる短い可動性のDNA配列(転位性遺伝因子)が、ヒト上科動物でのみ、TBXTのタンパク質非コード領域である「イントロン」に挿入されていることを見いだした。DNAがRNAに転写される際には、スプライシングと呼ばれる過程において、このAluエレメントと、近傍に存在する配列が逆向きのAluエレメント(ヒト上科に特異的ではない)が相互作用し、これら2つに挟まれたタンパク質コード領域の「エキソン6」が除去されることがあり、その結果、完全長の転写産物とエキソン6が除去された転写産物の 2種類が生じる。このエキソンが除去されたTBXTの発現が初期のヒト上科動物の進化で尾の喪失に寄与した可能性がある。

逆向きの2つのAluエレメントが、実際に選択的スプライシングによってTBXTの異なるRNA転写産物を生成するかどうかを明らかにするため、Xiaらはヒトとマウスの胚性幹細胞を使って、それらを、TBXTが尾の発生中に発現して働く状態を模倣するよう分化させた。すると、ゲノムにヒト上科特異的なAluエレメントが挿入されていないマウス細胞は、完全長のTbxt転写産物のみを発現したのに対し、ヒト細胞は、完全長の転写産物と、エキソン6を含まない短縮型の転写産物の両方を発現した。また、遺伝子編集ツールCRISPR–Cas9を用いていずれかのAluエレメントを除去すると、エキソン6を含まない転写産物はほぼ完全に認められなくなった。これは、ヒト上科に特異的なスプライシング事象が、これら2つのAluエレメントの相互作用によって生じることを示唆している。

Xiaらは次に、エキソン6を含まない転写産物が尾の喪失という表現型を生じさせるのに十分であるかどうかを調べるために、Tbxtの完全長転写産物とエキソン6が除去された転写産物を同時に発現し、ヒトでのTBXT転写産物の発現パターンを模倣するマウスモデルを複数作製した。さらに、2つのAluエレメントが選択的スプライシングを通してエキソン6を除去させ得ること(これを「エキソンスキッピング」と呼ぶ)を確認するため、Tbxtのエキソン6の両側のイントロン配列にヒトの2つのAluエレメントを挿入したマウスモデルと、マウスのイントロン5でAluエレメントと同じ塩基長の配列を選び、これと対になる逆向きの配列(逆相補配列)をイントロン6に挿入したモデルを作製した。

これらのモデルを用いた一連の実験の結果、Tbxtの完全長転写産物を1つも持たないマウスでは、胚が出生まで生存しないことが確認され6,7、完全長転写産物とエキソン6が除去された転写産物を1つずつ持つマウスでは、後者の相対的発現量に応じて、尾がないものから長い尾を持つものまで、さまざまな表現型が現れることが分かった。一方で、エキソン6の両側にヒトのAluエレメントが挿入されたマウスモデルには、尾のない表現型や尾の短い表現型が見られなかった。これは、尾の喪失がAluエレメントの挿入のみによって起こるのか、それとも他の要因が必要なのかという疑問を投げ掛けている。興味深いことに、マウス固有の配列の逆相補配列が挿入されたマウスでは尾の短い表現型が現れ、また、エキソン6が除去された転写産物と逆相補配列が挿入された転写産物を1つずつ持つマウスでは全て、尾が完全に失われていた。

今回得られた一連のデータは、Aluエレメントのヒト上科特異的な挿入が、尾の喪失という表現型への寄与で役割を担っていることを支持している。ただし、エキソン6が除去された転写産物を高発現するマウスでは、神経管(後に脳や脊髄へと分化する胚構造)に障害が生じるリスクが高まることも明らかになった。そのためXiaらは、ヒト上科動物の祖先における尾の喪失が、神経管形成不全のリスク亢進という犠牲を伴っていた可能性を指摘している。

では、ヒト上科動物の祖先はそもそもなぜ尾を失ったのか? 一部の研究者は、尾の喪失を適応的なもの、すなわち、それが進化的優位性をもたらしたと考えている。Xiaらもこの解釈について論じており、尾の喪失が二足歩行というロコモーションの進化に寄与したという以前の考え方に同調している。例えば、アルディピテクス・ラミドゥス(Ardipithecus ramidus)のような移行期のヒト族に関する研究では、二足歩行はまず樹上性の祖先で進化し、その後地上性の生活様式で使われるようになったと示唆されている8。尾の喪失についてはこれまで、適応の面からの説明や、それがヒトの移動性をどう高めたかに注目して議論されることが多かったが、尾の存在が二足歩行の妨げになることはなく、逆に役立っていた可能性を示唆する証拠も複数存在する。実際、長く太い尾を持つホオヒゲオマキザル(Sapajus libidinosus)は、二足歩行で石器を運ぶ際、姿勢の維持に尾を役立てているように見える9。ヒトは日常的に二足歩行で荷物を運んでいるが、ロボット研究では、腰に取り付けた「尾」が二足歩行の安定性を高め得ることが示唆されており10、これは、尾が現生人類にとっても適応的であり得ることを意味する。

後肢で立ち、前肢を使って木の実を割ろうとするホオヒゲオマキザル(Sapajus libidinosus)。 Credit: MikeLane45/iStock/Getty

ヒト上科動物が尾を失った理由の説明としてもう1つ考えられるのが、霊長類集団の物理的隔離である。東アフリカでは約2500万年前に地殻活動が始まり、火山活動や湖沼の形成、河川網の再編によって、気候や利用可能な資源に大きな変化が生じた。こうした地理的変化は、初期のヒト上科動物の進化が始まったのと同時期に起こった可能性があり11、気候の激変の結果、ヒト上科動物の祖先が隔離されたとも考えられるのだ。集団のサイズが小さかったため、Xiaらが今回明らかにしたAluエレメントの挿入の固定のような遺伝的浮動が、尾の喪失の選択以上に大きな役割を果たしたのかもしれない12。このように、初期のヒト上科動物のTBXT遺伝子の機能の変化は、適応的な応答であったのと同様に、小さな生殖隔離集団における遺伝的浮動から生じた可能性があり、さらにはその両方に起因した可能性もある。

根本的な因果関係は知ることができないかもしれないが、今回のXiaらの研究成果は、ヒトの尾に関する物語に極めて説得力のある新たな一章を加えるものであり、転位性遺伝因子が、ヒトの遺伝子発現レパートリーの多様化、ひいてはヒトの典型的な特徴にどのように寄与し得るかについても明らかにしている。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 21 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2024.240545

原文

A mobile DNA sequence could explain tail loss in humans and apes
  • Nature (2024-02-28) | DOI: 10.1038/d41586-024-00309-z
  • Miriam K. Konkel & Emily L. Casanova
  • Miriam K. Konkelはクレムソン大学(米国サウスカロライナ州)に所属。Emily L. Casanovaはロヨラ大学ニューオーリンズ(米国)に所属。

参考文献

  1. Mallo, M. Cell. Mol. Life Sci. 77, 1021–1030 (2020).
  2. Gasser, R. F. Atlas of Human Embryos (Harper and Row, 1975).
  3. Xia, B. et al. Nature 626, 1042–1048 (2024).
  4. Chester, S. G. B., Williamson, T. E., Bloch, J. I., Silcox, M. T. & Sargis, E. J. R. Soc. Open Sci. 4, 170329 (2017).
  5. Deininger, P. Genome Biol. 12, 236 (2011).
  6. Herrmann, B. G., Labeit, S., Poustka, A., King, T. R. & Lehrach, H. Nature 343, 617–622 (1990).
  7. Buckingham, K. J. et al. Mamm. Genome 24, 400–408 (2013).
  8. Pattison, K. Fossil Men: The Quest for the Oldest Skeleton and the Origins of Humankind (William Morrow, 2020).
  9. Massaro, L., Massa, F., Simpson, K., Fragaszy, D. & Visalberghi, E. Primates 57, 231–239 (2016).
  10. Nabeshima, J., Sariji, M. Y. & Minamizawa, K. ACM SIGGRAPH 2019 Posters, 52 (2019).
  11. Stevens, N. J. et al. Nature 497, 611–614 (2013).
  12. Whitlock, M. C. Evolution 54, 1855–1861 (2000).