必要なのは怒りではなく平等: 科学界の女性嫌悪を終わらせよう
上級職の女性科学者は、リーダーとして許容される行動から逸脱しないように綱渡りの日々を送っている。 Credit: Klaus Vedfelt/Getty
科学界は、上級職における多様性の反映、中でも女性の登用という点で、ゆっくりではあるがそれなりに前進してきた。英国を例にとれば、教授に占める女性の割合は2000年には12.6%だったが、2021年には28%まで増加している。しかし、いくつかの科学研究機関で上級職を務めてきた著者2人の実感としては、女性は男性と同等には扱われていない。女性上級職の日常は、マイクロアグレッション(訳註:日常の何気ない言動の中に疎外された集団に対する偏見を意識的または無意識ににじませて、そのメンバーを傷つけること)、感情労働、外見に関する指摘、実績に対する批判など、試練に満ちていて、心の健康がじわじわと損なわれ、科学者としてのキャリアを断念することまで考えるようになる。そう言う私たちは特権的な背景を持つ白人女性であり、有色人種の女性研究者にとっては、ミソジニー(女性嫌悪:ここでは、女性に対する意識的または無意識の偏見と定義)の影響がしばしば桁違いに深刻であることを知っている。実際、グローバルノースの研究機関では、有色人種の女性研究者の人数が少なかったり、より低い地位に置かれていたりすることが多い。
科学文献を見れば、こうした経験が私たち自身や私たちの職場環境に限ったものではないことが分かる1。ミソジニーの共通体験を、より幅広い科学者コミュニティーと共有しようと考えたのは、そのためだ。本稿の目的は、女性たちがミソジニー的な行動に遭遇したときに、そのことを相手に指摘できるようにすることにある。それができないと、女性たち自身がミソジニー的な行動を内在化し、さらなる弊害をもたらして、最終的には燃え尽き症候群に陥る恐れがある。女性同士のネットワークが、自分たちを個人的・職業的にどれほど成長させてくれたかも強調したい。全ての女性、中でも上級職の女性科学者の幸福と職場への定着を支援するために、被用者が研究機関に提案できる現実的な解決策も示すつもりだ。そして最後に、リーダーシップのさまざまな在り方について再考し、異なる背景を持つリーダーがもたらすプラスの価値を認識することの大切さを呼び掛けたい。
綱渡りの日々
公的な場でも専門家としても、女性たちが信じられないようなダブルスタンダードに直面していることが確認されている。2017年の研究2では、模擬陪審員実験において、男性が怒った口調で意見を言うと、信頼感が増し、他のメンバーを説得しやすくなることが示された。対照的に、女性やアフリカ系アメリカ人が怒った口調で意見を言っても、他のメンバーの意見を変えられないことが多かった。実験参加者たちは、怒りをあらわにした女性やアフリカ系アメリカ人の陪審員のことを感情的で頼りないと見て、信用に値しないと評価した。メタ・プラットフォームズの元最高執行責任者であるSheryl Sandbergと組織心理学者のAdam Grantは、2015年にNew York Timesに次のように書いている。
「女性がプロフェッショナルな場で話をするとき、彼女は綱渡りをしている。彼女の話は誰にも聞いてもらえないか、攻撃的過ぎると思われるかのどちらかだ。男性が同じことを言えば、その素晴らしいアイデアに誰もがうなずくのに」。
それだけではない。多くの女性は、その分野の上級職に昇進しても、ミソジニーとの闘いが少しも楽にならないことに気付いている。多くの男性は、より低い地位や弱い立場にある女性のことは喜んで支援し、指導する。けれども私たちの経験では、女性が自分と同等またはより高い地位に就くと、男性は総じてその女性を支援したり擁護したりしなくなる。かといって、対等な仕事仲間として敬意を持って接するようになるわけでもない。
私たちがある論点について男性の同僚と議論しているときに、相手から「肩の力を抜くように」と言われた回数は数え切れない。仕事上の不当な依頼をその場で断って、無礼だとか理不尽だとか言われることも日常茶飯事だ。最近の例としては、著者の1人(R.G.)が新しい地位に就く前から、時間を取られそうな要求をいろいろされたので、それらをきっぱり拒否したところ、同僚の1人に「そのような振る舞いはプロフェッショナルらしくない」と非難された。不当な批判は就任前から始まっているのだ。
科学研究機関では、同僚意識はボランティア精神と同一視されがちで、優秀さは漠然としたパラメーターで判断される。少しでも気難しいと思われたら、キャリアに悪影響を及ぼしかねない。例えばR.G.は、以前所属していた研究機関で、自分の終身在職権や昇進に対する投票権を持つ、所属部門のより上級の研究員たちに気に入られるために、「もっと謙虚に、もっと感謝しているように振る舞うように」と助言された。そうした人々からの支持を得るために、1対1で話し合う機会を設けるようにとも勧められた。A.B.も、男性のお偉方の協力と支援をつなぎ留めるために、彼らのプライドを傷つけることなく、昔ながらの考え方を尊重して、うまく立ち回るようにと何度となく助言されてきた。
A.B.もR.G.も、女性科学者が自信過剰で気難しく、自己主張の強いいけ好かない女と思われたら、キャリアの安定が脅かされる恐れがあることは明らかだと考えている。女性科学者の側も、キャリアに傷が付くことを恐れ、こうした問題について発言しない選択をすることが多いようだ。私たちは、女性たちに、否定的な認識を打ち消すために全力を尽くすことを求めるのではない。求めるのは、あらゆるジェンダーの同僚が偏見に基づく反応を否定するために立ち上がることだ。
自分の時間を守ることと他人のご機嫌取りをすることとのバランスを保つ作業は心身を消耗させ、私たち著者は1日の仕事の後に「自分はなぜこんな職業を選んだのだろう?」と思いながら帰途に就くこともしばしばだ。こういう思いをしているのは私たちだけではないはずだ。
全米アカデミーズの2018年の研究3は、女性が上級職に就けたとしても、ジェンダーに基づくハラスメントの蔓延が離職の大きな要因になっていると結論付けている。女性を離職に追い込む差別をなくすための配慮がなさ過ぎるとも指摘している。ジェンダーに基づくハラスメントのストレスがもたらす損失を見積もることは困難だが、職場での衝突が身体的・心理的な重大な障害につながることは確認されている4。
抑圧される自主的思考
女性が直面するダブルスタンダードについては徐々に認識されるようになっているが、大きな権力を持つ人々の幸福を維持するために、そうしたダブルスタンダードが抑圧的な行動とどのように結び付いているかについてはあまり理解されていない。女性は、より多くの仕事を求められ、断れば個人攻撃を受けるという悪循環に陥っている。女性があり得ないほど細いロープの上を絶妙なバランス感覚で歩いているうちは、歓迎され、受け入れられる。しかし、期待されるジェンダー規範から逸脱して、既存の考え方に挑戦したりすれば、強烈な反発を受ける。
私たち女性の行動や働き方や人格に対するこうした非難は、加害者の意思や全体的な体制に私たちを従わせるための暗黙の企てのように思われる。例えば著者の1人は、同僚の男性から「君はこの仕事にとって重要な決定を下すのに十分な知識がない」と、事あるごとに言われてきた。その決定が慣習に反している場合には、特に激しく批判される。こうした批判をする同僚たちは、組織文化の長年の受益者という立場にあり、その文化を構築し直す必要はないと思っているようだ。
組織研究者のMichaela Edwardsらは、英国のビジネススクールにおける性差別に関する2022年の論文で、このような行動を「マイクロコアーション」と呼んだ(訳註:コアーションとは威圧、強制のこと)5。マイクロアグレッションと似た概念であるこの言葉は、学術界における何気ない日常的なハラスメントにより、女性の行動や仕事量や業績が徐々にコントロールされてゆく状況を表している。
例えば、著者の1人が上級職として新しい職場に着任したときには、「これからはもう昇進のために他人を押しのける必要はないよ」と、友好的だがおせっかいな助言を受けた。同様に、著者の1人は指導教官からしばしば「口調」を変えるよう注意され、自信をくじかれてきた。さらに2人とも、男性のお偉方をいい気分にさせて支持してもらい、協力を引き出すようにと年長の同僚から助言されたことがある。
女性リーダーの口調について、周囲がとやかく言うことは容認できない。そんなことはやめるべきだ。21世紀を生きる私たちは、男性なら普通とされる行動を女性がすることを問題視するような考え方を容認すべきではない。私たち女性リーダーの振る舞い方に対して、意識的であれ無意識であれ、このような助言がなされる原因は、女性には自分の振る舞い方を決める能力がないと評価していることにある。私たちは、あらゆるジェンダーの人々がこうした暗黙の偏見に立ち向かい、偏見に遭ったときには率直に異議を唱えることを求める。
広く見られるこの現象は「ガスライティング(gaslighting)」の一形態なのだと周知することが重要だ。ガスライティングはサスペンス映画『ガス燈』にちなんだ用語で、権力と支配力を手にするために人を心理的に追い詰める行為を意味する。ミソジニー的な同僚と衝突した女性リーダーに対し、リーダーシップ研修やカウンセリングを受けるように指示するなどの制度的なガスライティングも糾弾すべきだ。私たちは皆さんに、ミソジニー的な行動を目にしたときに、その糾弾に手を貸すことで、女性リーダーの「アライ(少数派を理解し、支援する人)」になってもらいたい。「あなたは彼女と同じ立場の男性にも、同じことを言いましたか?」「あなたは男性の同僚に同じ仕事を頼んだことがありますか?」と問い掛けるだけで、彼らの持つ偏見について理解を深めさせることができる。思いがけない人々、例えば、既存のシステムを生き抜きミソジニーを内在化して、それを模倣し続けている先輩女性たちのミソジニー的な行動を糾弾することも、同様に重要だ。
女性とアライの団結
メキシコで育種前のコムギの遺伝資源を調べる植物遺伝学者のAlison Bentley。 Credit: Matt Hayes, Cornell University
ミソジニーの波に魂を打ち砕かれそうになったときには、同じ志を持つ女性の学者や科学者との強い連帯が救命ボートになる。女性同士の気の置けないランチ、ハッピーアワー、メッセンジャーアプリWhatsAppのグループチャット、女性やその他の少数派のメンバーのための正式な集まりなどは、物事を広い視野で見たり、ガスライティングと闘ったり、回復力を高めたりするのに役立ってきた。私たちのこうした個人的な経験は、科学的に裏付けられている5。特に有益なのは、上級職の女性とキャリア初期の女性がタッグを組むことだ。さまざまなキャリア段階、疎外の背景、アイデンティティーを持つ科学者同士が出会い、つながることも望ましい。
私たちは誰でも、否定的なパターンや行動に集団で立ち向かうことで、組織におけるミソジニーの影響力を小さくする一助となることができる。では、科学全般におけるミソジニーをなくす、あるいは少なくともその悪影響を小さくするためには、具体的にどうすればよいのだろうか? 女性リーダーに求められる「正しい」行動を強化するために構築されたシステムに風穴を開けるためには、緊急に協同で行動する必要があることは明らかだ。私たちは、こうしたシステムが発するメッセージがより多くの女性に内在化されるのを防がなければならない。いったいどうすればよいのだろうか?
科学におけるミソジニーに終止符を打つ
ケンブリッジ大学(英国)で共同研究者と会う地理学者のRachael Garrett。 Credit: William Morgan
私たちがこれまで述べてきた日常的なハラスメント経験の捉えにくさを考えると、科学の文化を変えることは、研究機関が進めるべき変革の中でもとりわけ重要であると同時に、極めて漠然とした、野心的な目標でもあると言える。まずは、あらゆるタイプの女性のリーダーシップを育成し、採用し、促進することに、もっと留意する必要がある。リーダーシップの取り方には、直接的で自己主張の強いものから繊細で慎重なものまで、さまざまなものがある。男性リーダーの長い歴史が示唆するところとは異なり、リーダーシップのタイプは1つではない。女性リーダーは綱渡りから解放されて、多様なスタイルのリーダーシップを取り入れることができる必要がある。綱渡りのロープから地面に降り立つ女性は、喝采を浴びるべきだ。そのためには、女性が単一の基準に適合していないことを批判するコメントにノーと言う必要がある。例えば、誰かが上級職候補の女性について「適性がない」と評した場合、「私たちが探しているのは、現在の組織に合う人材でしょうか、それとも将来のビジョンに合う人材でしょうか?」と問い掛けることで、異議を唱えられるだろう。
文化に革命を起こすためには、全員がそれを支持する必要がある。ディスカッション・グループ、フォーラム、読書会などの新鮮なアプローチにより、自分たちの体験をオープンに共有し、集団でミソジニーに立ち向かい、変化を思い描き、互いに支え合うためのプラットフォームとする必要がある。
文化を変えるには時間がかかるが、現在の主流派に権力を与えている階層的な意思決定構造を分散化させることはすぐにでもできる。1人の部門長や所長が全権を握る体制から、経歴もリーダーシップのスタイルも多様なメンバーからなる経営委員会が意思決定を行う体制へと移行させるのだ。研究員全員にローテーションでリーダーを務めさせることも考えられる。
それができないなら、現在のリーダーたちの意思決定プロセスを透明化して、健全な意見が受け入れられるようにしなければならない。また、科学研究機関の全ての学部、ユニット、部門の仕事量(教育、助言、サービスや業績の評価)を標準化して、暗黙の偏見が昇進に及ぼす影響を軽減することもできるはずだ。このようなプロセスは、個人の客観的な仕事と業績を「あの人は女性だからこの賞をもらえたのだ」などの偏見から守ることにつながる。同様に、終身在職権や昇進について匿名で投票する教員には、否定的な評価について明確かつ具体的な理由を示すことを求めるべきである。
あらゆるジェンダー、あらゆるキャリア段階の人々が協力して、ミソジニー的な現状と闘うべきだ。女性が科学界で生き残るために、これほど危険で疲弊させられる綱渡りを強いられることがあってはならない。女性リーダーが支援を受け、多様性に富みホリスティックな未来の科学組織に公平に参加することができれば、私たちは皆、よりパワフルで有能な存在になれるだろう。
翻訳:三枝小夜子
Nature ダイジェスト Vol. 20 No. 10
DOI: 10.1038/ndigest.2023.231032
原文
Don’t get mad, get equal: putting an end to misogyny in science- Nature (2023-06-26) | DOI: 10.1038/d41586-023-02101-x
- Alison Bentley and Rachael Garrett
- Alison Bentleyは、植物遺伝学者で、国際トウモロコシ・コムギ改良センター(CIMMYT、メキシコ・テスココ)の世界コムギプログラム長。Rachael Garrettは、地理学者で、ケンブリッジ大学(英国)の保全・開発教授。
参考文献
- Rosser, S. V. The Science Glass Ceiling: Academic Women Scientists and the Struggle to Succeed (Routledge, 2004).
- Salerno, J. M., Peter-Hagene, L. C. & Jay, A. C. V. Group Proc. Intergroup Rel. 22, 57–79 (2019).
- National Academies of Sciences, Engineering, and Medicine. Sexual Harassment of Women: Climate, Culture, and Consequences in Academic Sciences, Engineering, and Medicine (National Academies Press, 2018).
- Danna, K. & Griffin, R. W. J. Mgmt 25, 357–384 (1999).
- Edwards, M. et al. Gender Work Organ. https://doi.org/10.1111/gwao.12905 (2022).
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