海が食べた炭素の行方
炭素は「マリンスノー」として海の深くへ沈んでいく。 Credit: Ippei Naoi/Moment/Getty
日光に照らされた海面の表層200 mから、プランクトンの死骸や排泄物、脱皮の殻などの粒子が常に深部へ漂って沈んでいく。この「マリンスノー」の粒子は沈降の過程でくっついたり分解したり、その沈降速度が速くなることもあれば遅くなることもあり、細菌に食べられることもある。そして、暗く冷たい深海へと炭素を運んで沈んでいき、バイオマスとして海底に堆積する。
海は大気から毎年何十億トンもの炭素を吸収している。これは気候モデルを組み立てる上で重要な過程だが、実際にどれくらいの量の炭素が海底に達して貯留されているのかは分かっていない。それを明らかにするため、海洋学者はマリンスノーの沈降中に炭素がどんな影響を受けるかを調べている。海に“食べられた”炭素がどう“消化”されているかを追跡する研究だ。
炭素の貯留率を測定するには、沈降物の組成の他、粒子がくっつくことによって沈降速度がどの程度増すか、あるいは植物プランクトンから生じた粘液によって沈降速度がどれだけ減速するかなどを精査する必要がある。先頃Scienceに発表された研究ではさらに、特定の微生物の食の好みまで考慮に入れられた。
動的な仕組みに迫る
「現在のところ、海面で生じている過程と海底に何がたどり着いているのかを関連付ける適切な方法はありません」とモントレー湾水族館研究所(米国カリフォルニア州)の海洋学者Colleen Durkinは言う。「両者が関連していることは確かですが、その関連をもたらしている動的なメカニズムを観察するのは極めて難しいのです」。
センサーや画像技術、DNA塩基配列解読技術の近年の進歩によって、海中の特定の生物と進行中の過程を詳しく調べることが可能になった。ウッズホール海洋研究所(米国マサチューセッツ州)のBenjamin Van Mooyらは、マリンスノーが含む細菌集団を単離して調べ、特定の微生物集団が特定の種類の脂質を含む植物プランクトンを好んで食べていることを見いだした。
脂質は海面にある有機物粒子の30%近くを構成しているので、ある領域の細菌の食の好みは海底に達する炭素含有バイオマスの量を大きく変える可能性がある。「微生物のこうした作用について解明が進めば、海水中にいる微生物の種類に基づいて炭素の運命を予想できるようになるでしょう」とVan Mooyは言う。彼はこの研究に関して2024年のマッカーサーフェローシップを授与された。
研究チームはまた、さまざまな長さの時間枠で海中の特定の場所に何が落ちてくるかを調べている。セジメントトラップ(水中に設置し、上から落ちてくる粒子を集める装置)を用いて特定の場所におけるマリンスノーのスナップショットを捉えるとともに、Durkinらが自律型カメラ付きのセンサーを使って沈降粒子を長期間観察している。マリンスノーの分布の複雑さを見ると、「既存のごく単純な構成概念と数式、法則では炭素の流れをモデル化して解明することができない理由に納得がいきます」と、ラトガース・ニュージャージー州立大学(米国)の微生物海洋学者Kay Bidleは言う。
翻訳:粟木瑞穂
Nature ダイジェスト Vol. 22 No. 4
DOI: 10.1038/ndigest.2025.250421a
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