トランプ大統領令が研究助成金に関する強大な権限を政治任用者に付与
米国ドナルド・トランプ大統領は、一連の大統領令を用いて自国の科学を再編しようとしている。 Credit: Andrew Harnik/Getty
2025年8月7日、米国ドナルド・トランプ大統領は、連邦政府による研究助成を中央集権化し、何十年も用いられてきた助成金交付手続きを大きく変える、包括的な大統領令を発した。この大統領令が施行されれば、科学者を含むキャリア職の公務員ではなく政治任用者が、助成金の公募の開始から最終審査までの手続きの主導権を握ることになる。これは、米国の科学研究に対する統制をますます強めようとするトランプ政権の最新の動きである。
この「連邦助成金支給の監督改善に関する大統領令」は、各連邦政府機関の長に対して、「大統領の政策優先事項を推進する」ための助成金審査プロセスを作成する職員を任命するよう命じている。これらのプロセスは、「反米的価値観」を助長するような助成は行ってはならず、トランプ大統領の「ゴールドスタンダード・サイエンス」計画の達成に向けて尽力する機関への資金配分を優先しなければならないとしている(2025年5月に発表されたゴールドスタンダード・サイエンス計画は、米国政府に『透明性が高く、厳密で、インパクトのある』科学を推進することを求めているが、研究への政治的干渉を強める恐れがあるとして批判されている)。
インパクトならすぐにでも感じられるかもしれない。今回の大統領令は米国立衛生研究所(NIH)などの連邦政府機関に対し、「新規の助成金の公募(研究者に特定のテーマに関する助成金の申請を呼び掛けること)」を一時的に停止するよう指示しているからだ。停止期間は、各機関が新たな審査プロセスを整備するまでであるという。
連邦政府の年間の科学関連予算は総額約2000億ドル(約30兆円)に上り、トランプ大統領はこれを削減する提案をしてきた。連邦議会上院はここ数週間にわたり(下院と共に予算権限を最終的に左右する立場として)、彼の削減提案の大半を否決したが、大統領令は、その直後に出されたものだった。
Natureは今回の大統領令についてホワイトハウスに質問したが、回答はなかった。
否定的な反応
大統領令は大統領が政府の行政機関に出す命令であり、既存の法律を変更することはできない。共和党のトランプ大統領は、これまでにも大統領令を使って政策を変更してきた。彼は2025年1月20日に大統領に就任すると、その日のうちに、パリ協定からの離脱や、30万人近い科学者を含む連邦職員の削減など、広範な影響を及ぼす多数の大統領令に署名した。
科学者や政策専門家らは、ソーシャルメディア上で今回の大統領令を激しく非難している。宇宙科学と宇宙探査の推進団体である惑星協会(米国カリフォルニア州パサデナ)の宇宙政策担当ディレクターであるCasey Dreierは、「これは『開かれた研究』の理念そのものを根底から覆す、衝撃的な大統領令だ」とブルースカイに投稿した。
NIH国立総合医科学研究所(NIGMS)の元所長であるJeremy Bergは、同じくブルースカイへの投稿で、今回の大統領令を「権力の強奪」と呼んだ。彼はNatureに、「その権力は、過去の政治任用者が決して行使しなかったものでした」と語った。
カリフォルニア州選出の下院議員である民主党のZoe Lofgrenは声明で、この大統領令を「不当極まりないもの」と批判し、「人々と最先端のがん治療の臨床試験との間に政治任用者が立ちはだかる」事態になりかねないと語った。
カリフォルニア州選出の下院議員である民主党のZoe Lofgren。 Credit: Michael M. Santiago/Staff/Getty Images News/Getty
大統領令は、過去の選択に疑問を投げ掛けることで助成金交付プロセスの変更を正当化している。例えば、米国立科学財団(NSF)が、「反米イデオロギー」を持つ教育者や、トランプ陣営が好まない多様性・公平性・包摂性(DEI)関連のプロジェクトを助成してきたと非難したり、ハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)やスタンフォード大学(米国カリフォルニア州)の上席研究者がデータ捏造(ねつぞう)疑惑で辞職したことを引き合いに出したりしている。
大統領令は助成金の「監督を強化」するためとして、「不法移民」を助長するような助成の禁止、助成金受給者が研究において「人種的優遇」を助長することの禁止、性の二元性を否定することの禁止など、いくつかの制限も課している。一部の制限は、議会からの指示と矛盾しているように見える。例えば、NSFは何十年も前から、科学分野での代表性が低い集団の参加を拡大することを、議会が定める法律によって義務付けられてきた。これは、人種を考慮した行動である。
大統領令は、こうした広範な制限に加え、ゴールドスタンダード・サイエンス計画の実践において「成功を実証」した研究機関や、「間接費」の少ない研究機関など、特定の研究機関への助成を優先的に承認するよう指示している。トランプ政権は、政府の支出を縮小し、米国のエリート大学の力を削ぐキャンペーンの一環として、研究室の電気代や事務職員の人件費などに使われるこれらのコストに上限を設けようと繰り返し試みてきた。彼らはNSFや米国エネルギー省(DOE)などの機関が交付する助成金については一律15%とすることを提案しているが、連邦裁判所はこれまでのところ、こうした政策を阻止してきた。BergはNatureに、間接費の割合が最も高い機関のいくつかは小児病院だと語る。「つまり彼らは、小児病院での研究は優先しないと言っているのでしょうか?」
審査の対象外
助成金交付プロセスの核心には査読がある。研究課題計画書は通常、独立の科学者からなる審査委員会によって厳格に採点され、研究資金の承認を受けなければならない。大統領令は、「本令はいかなる意味においても査読の使用を妨げるものではない」としつつも、「査読の勧告が上席の任命者への助言にとどまるものである限り」という条件が付されている。
ライス大学(米国テキサス州ヒューストン)の物理学者であるDoug Natelsonを含む多くの研究者が、この大統領令に不安を感じている。「大統領令は、明らかに連邦政府の科学研究助成金の査読制度を破壊しようとしているように見えます」と彼は言う。機関の助成金審査プロセスを管理していたプログラムオフィサーらも驚いている。あるNSF職員は、報道機関に対して発言する権限がないことを理由に匿名を希望した上で、「この大統領令は、プログラムオフィサーの職務と、科学研究の質の判断に関する彼らの自律性を弱めようとするものです」と語った。「控えめに言っても、がっかりです」。
翻訳:三枝小夜子
Nature ダイジェスト Vol. 22 No. 11
DOI: 10.1038/ndigest.2025.251120
原文
Trump order gives political appointees vast powers over research grants- Nature (2025-08-08) | DOI: 10.1038/d41586-025-02557-z
- Dan Garisto
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