Editorial

心疾患にも個別化医療を

Nature Medicine 24, 2 doi: 10.1038/nm.4495

 個々の患者に合わせて治療法を考える個別化医療は、がん治療に革命をもたらした。しかし、心血管疾患の治療に関しては、個別化医療はまだそれほど普及していない。
 心血管疾患の遺伝学的研究は新規な治療標的の発見につながった。例えば、輸送タンパク質PCSK9をコードする遺伝子に不活性化変異があると心臓発作のリスクが大きく低下することから、このタンパク質を標的とする抗体を使った治療法が開発された。患者の薬剤応答が遺伝子多型によって影響を受ける心血管疾患用薬剤は多数あり、その中には血液凝固を阻害する薬剤のワルファリンなどが含まれている。ワルファリンについては、その分子標的(VKORC1)をコードしている遺伝子や、薬剤を不活性化する酵素(CYP2C9)の多型の評価検討が投与量の決定を助けている。脂質レベルを調整してアテローム性動脈硬化を軽減し、心筋梗塞のリスクを下げるのに使われる薬剤の応答にも、遺伝的多様性が影響する。また、炎症性疾患の際に血液中で急増する急性期タンパク質のCRPは、炎症状態のバイオマーカーとして使われており、特に心筋梗塞の防止に使われる薬剤の効果を予測する重要なパラメーターとなっている。新規な血液バイオマーカーがさらに見つかれば、これらも個別化医療のまた別の新たな領域につながるだろう。脂質の一種であるセラミドの血中濃度は心臓イベントのリスクと関連するらしいという最近の報告はその一例で、血中セラミド濃度を低下させる薬剤の開発が試みられている。
 一方、個別化医療の新しい分野につながるとして最近注目されているのが、心血管系への腸内マイクロバイオームの影響である。例えば、ある種の腸内細菌群は食餌に含まれる物質からアテローム性動脈硬化や血栓を促進する可能性のある化合物を産生する。患者のマイクロバイオームのプロファイリングを行えば治療法の選択に役立ち、マイクロバイオームを標的とする薬剤の開発につながる可能性がある。
 心血管疾患治療用の薬剤の開発は、臨床試験に必要な患者数が多く、試験期間も長期にわたること、また副作用への忍容性が低いことなどから極めて難しく、他の分野に比べると新薬開発のペースがずっと遅い。だが、心血管疾患の発症機序についての手掛かりが得られ、解明が進むにつれて、新たな治療標的も見つかるようになり、この分野に活気がよみがえりつつある。そうなれば、個々の患者に合わせて使用できる新たな治療の選択肢も増えてくると予想される。この分野にも、もっと個別化が進んだ治療法を採択する時期が到来したのではないだろうか

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