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ヒルで、絶滅危惧生物を探索・調査

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 7 | doi : 10.1038/ndigest.2012.120726

原文:Nature (2012-04-26) | doi: 10.1038/484424a | A bloody boon for conservation

Ewen Callaway

ヒルの体内には、血を吸った動物のDNA断片が残されている。この事実を利用して、絶滅危惧種を探索する試みが始まった。

ウシの仲間であるサオラ(Pseudoryx nghetinhensis、別名ベトナムレイヨウ)は、ベトナムの森林保護区で見つかった頭骨をもとに初めて記載報告された1が、生きている個体の目撃情報はほとんどない。分布域や個体数についてもほとんどわかっておらず、200〜300頭ほどが生息すると推定されている。この世界的に稀少な動物の存在確認のために、吸血ヒルが大いに役立ってくれそうだ。

現在、いくつかの自然保護団体が、熱帯産のヒルを採集して、その体内に残るサオラのDNAを見つけ出す計画を立てている。最近の研究で、ヒルが哺乳類から吸った血に含まれるDNAは、数か月後まで体内に保存されていることが報告された2。この結果を踏まえて、サオラの探索では、従来の方法よりもはるかに効率的と思われる最先端の生物多様性調査法が採用される。つまり、自動撮影カメラ装置で動物の姿をとらえる方法をやめ、土壌からヒルの消化管まで、あらゆる環境内に残されたDNAを採集して塩基配列を解析するのだ。

「10年もすれば、生物多様性に関するほぼすべての研究が、DNAを使って行われるようになると確信しています。この方法だと、生物の生息状況などの情報をたやすく得ることができ、費用もあまりかからないからです」と、ジョセフ・フーリエ大学(フランス・グルノーブル)の遺伝学者Pierre Taberletは話す。彼は、学術誌Molecular Ecologyの環境DNAという新興の研究分野を特集した4月号で共同編集者を務めている。

「アジアのユニコーン」をヒルで探す

サオラは、その姿を見た人間がほとんどいないため、「アジアのユニコーン」とも呼ばれている。2010年までの10年間、目撃情報が1件もなく、2010年になって、ラオスのボーリカムサイ県の村人たちが1頭の生きたサオラを捕らえたものの、捕獲してわずか数日後に死んでしまった。

2011年にベトナムは、サオラの唯一知られる生息域に、狭いながらもサオラ保護区を制定した。場所はベトナムとラオスの国境にまたがるアンナン山脈である。サオラの生息域をさらに正確にとらえることは、保護活動の的を絞るのに役立つだろうと、英国ケンブリッジ大学の野生生物生態学者Nicholas Wilkinsonは話す。彼は、ベトナムで環境保全団体WWFとともに研究活動に携わっている。彼らの調査チームは、自動撮影のカメラ装置でサオラを見つけることができなかったため、訓練したイヌを導入してサオラの探索に役立てようと考えたが、その費用を見積もると40万ドル(約3200万円)にもなった。「私は、サオラの救済に時間的に間に合う有用な調査法は、もう見つからないものとあきらめていました」とWilkinsonは話す。

ところが2011年、彼はコペンハーゲン大学の遺伝学者Thomas Gilbertから1通のメールを受け取った。それにはヒルを使った実験のことが書かれていた。Gilbertと彼の同僚であるMads Bertelsenたちは、医療用ヒル(Hirudo属)にヤギの血を吸わせた。この作業は「思った以上に難しかった」とGilbertは振り返る。研究チームは、血で満タンにしたコンドームを加熱ランプで温め、そこにヒルを誘い出した。そして、捕まえたヒルを注射器に入れ、ヤギの血液を満たした試験管と、薄い膜で接するような仕かけを作ったのだ。あとは、数か月にわたって順にヒルたちを殺して調べた。すると、どのヒルからもヤギのDNAが見つかったのである。

同じ方法で野生のヒルでも哺乳類のDNAが見つかるかどうかを確認するため、GilbertはWilkinsonに、熱帯産のヤマビル類(Haemadipsa属)を送ってくれるよう頼んだ。Wilkinsonは、アンナン山脈のベトナム側でヒルを採集してコペンハーゲンへ送った。Gilbertのチームは、サオラのDNAこそ見つけられなかったが、調べた25匹のヒルのうちの21匹に、チュオンソン地方に棲むホエジカの一種(Muntiacus truongsonensis)や、10年前に見つかったきりのアンナンシマウサギ(Nesolagus timinsi)など、哺乳類のDNAが含まれていたのだった。この2種はどちらも個体数や生息地がほとんどわかっておらず、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストでは「データ不足」というカテゴリーに分類されている動物だ。

「この方法だと、地域にどんな動物がいるかを非常に簡単にとらえることができます」とGilbertは話す。熱帯林でヒル類を避けることは不可能であり、熱帯林内に果敢に分け入った研究者の衣服についたヒルをひきはがすだけで、10匹単位で個体が採集できる。DNA塩基配列解読にかかる経費は急速に安くなっているため、ヒルのDNA解析には費用がさほどかからず、1回の実験で数百匹のヒルから得たDNAを同時に解析できる。

ヒルを使った手法は、動物の個体数を知る助けにはなりそうにないが、生息域を把握するのには役立つだろう。今回のベトナムの野外調査試験からは、ヒル体内に保存されているのは、いちばん最近吸った血に由来するDNAだけのようで、DNAが見つかった動物の生息域はそのヒル個体が見つかった場所を含んでいる可能性が高い。

環境DNA採集法という可能性

吸血ヒルの調査は、近年登場してきたさまざまな環境DNA採集法の1つにすぎない。Molecular Ecologyの2012年4月特集号には、ヒョウの糞に含まれるDNA配列の解析からその食生活を解明したり3、土壌中のミミズ群集を追跡したり4、シベリアの永久凍土に保存されているDNAからこの地域の古代生息環境を再構築したり5といった、さまざまな研究成果が報告されている。またオーストラリアの研究チームは、漢方薬の中に、絶滅危惧IA類(CR)に分類されている種や、毒を持っている可能性のある植物のDNAを見つけている6

こうした研究の大半は、環境DNA採集という手法の可能性を示す単発的な成果であって、通常の生物多様性調査にそれらをいかに応用するかを示したものではない、とグエルフ大学(カナダ・オンタリオ州)の進化分子遺伝学者Mehrdad Hajibabaeiは指摘する。しかしそれでも、環境DNAの評価結果は従来の調査法のものと遜色ないと彼は言っている。

Hajibabaeiのチームは、カナダの河川から採取した水の試料のDNA調査で、目視調査によるのと同じ無脊椎動物種の存在を検出できることを明らかにした7。また、フランスのアルプス地方の草地やフランス領ギアナの熱帯雨林の土壌に含まれる植物DNAの研究結果は、地上観察による植生調査の結果とよく一致していた8

環境DNA研究は「メタ・バーコーディング」とも呼ばれているが、それは、種を特定できる短いDNA塩基配列、すなわち「DNAバーコード」を頼りに解析するところからきている。バーコード化することで、例えば1個の遺伝子の一部だけを塩基配列解読して2種のチョウを区別できるようになる。ただし、土壌や糞などの環境資源から復元されるDNAの多くは細切れになって短く、一方で既存のバーコーディング・データベースは、旧来のDNA配列解読技術で同定されたもっと長いDNA鎖を含む傾向が見られる。現在の次世代シーケンサーの多くは、1個のバーコードの長さよりも短いDNA鎖の塩基配列を読み取ることができる。「今のところ開発された技術をすべて使うことができず、残念です」とTaberletは話す。

Hajibabaeiは、DNAバーコードを公的アクセスの可能なライブラリーにまとめる「国際バーコードオブライフ・プロジェクト(iBOL)」の顧問を務めており、この問題に対して、より短い「ミニ」バーコードとDNA塩基配列解読技術の進歩とで対処する予定だと話す。

2012年3月にベトナムで開催されたIUCNのサオラ・ワーキンググループの会議でも、ヒルのことが話題に上がった。Wilkinsonの話によると、このワーキンググループでは、サオラのDNAを含んだヒルを持参した住民に報酬を渡したり、研究者や公園保護官が率いる形で的を絞った調査を行ったりしたいと考えているという。WilkinsonやWWFの彼の同僚たちは、アンナン山脈のベトナム側でヒルを集めることを計画しており、また、ニューヨーク州にある野生生物保護協会(WCS)はラオスで近々行う調査の対象にヒルも含める意向である。

「当然のことながら、この手法の有望性に誰もが色めき立っています」とWilkinsonは話す。「サオラのDNAはまだ検出できていませんが、この手法は、サオラやこの森に棲むほかのほぼすべての哺乳類を見つけ出す方法として大いに期待できるからです」。

(翻訳:船田晶子)

参考文献

  1. Van Dung, V. et al. Nature 363, 443–445 (1993).
  2. Schnell, I. B. et al. Curr. Biol. 22, R262–R263 (2012).
  3. Shehzad, W. et al. Mol. Ecol. 21, 1951–1965 (2012).
  4. Bienert, F. et al. Mol. Ecol. 21, 2017–2030 (2012).
  5. Jørgensen, T. et al. Mol. Ecol. 21, 1989–2003 (2012).
  6. Coghlan, M. L. et al. PLoS Genet. 8, e1002657 (2012).
  7. Hajibabaei, M., Shokralla, S., Zhou, X., Singer, G. A. S. & Baird, D. J. PLoS ONE 6, e17497 (2011).
  8. Yoccoz, N. G. et al. Mol. Ecol. advance online publication http://dx.doi.org/10.1111/j.1365-294X.2012.05545.x (2012).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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