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食欲抑制チューインガム

ダイエットの目的は、水着シーズンに備えたり細身のジーンズを着たりすることだけではない。肥満に苦しむ人にとって減量は深刻な課題であり、病気と闘って健康を取り戻すために不可欠の行動なのだ。しかし、いくら減量する必要があるとわかっていても、食欲を支配している脳の中枢は、空腹感を回避してくれはしない。そこで、シラキュース大学の研究チームはユニークな解決策を研究・検討している。それが食欲を抑えるチューインガムだ。

食欲抑制薬としては、すでに多くの製品が売り出されており、その多くはアンフェタミンに似た薬をもとにしていて、高血圧と心不全のリスクを伴っている。これに対して、シラキュース大学の化学者Robert P. Doyleは、ヒトペプチドYY(hPYY)というホルモンに注目した。これは、食事や運動をすると腸の内壁細胞から放出されるホルモンだ。カロリー摂取量が多いほど、多くのhPYYが腸の細胞から血流中に放出され、最終的には、脳の視床下部に達する。アーモンドほどの大きさの視床下部は、進化的には古くからある脳領域であり、空腹やのどの渇き、体温、睡眠サイクルなどの制御に携わっている。

過去の研究から、ネズミやサルやヒトにPYY やhPYY を注射すると、食欲が抑制されることが示されていた。ある研究では、肥満の人もやせた人も、hPYY の投与からわずか2時間で、ビュッフェ形式の昼食で摂取するカロリーが、通常より約30%も少なくなった。

では、これだけの効果があるのに、なぜ、これまで利用されなかったのか。それがペプチドの血中への輸送の問題だ。アミノ酸が鎖状につながったペプチドは、比較的小さくて化学的に壊れやすい分子なので胃腸で分解されるが、自力で血中に出るには大きすぎるのだ。Doyleはこの問題を解決するため、hPYYにビタミンB12を化学結合させた。人体はビタミンB12を腸から血流中に輸送しているからだ。

さらに、最近の研究から舌にPYY受容体があるらしいことが示され、hPYYチューインガムというアイデアが登場したわけだ。このガムは短時間で満腹感をもたらす可能性がある。

ただし、この薬が臨床試験をパスすると、不自然なまでに細身でいたいと思っている人たちに、乱用される恐れもある。「ちょっとやせたいと思っている人は多く、そうした人向けの市場が巨大であることは理解できます。でも、あくまでも私の目的は、医学的に減量が必要な患者を助けることにあるのです」とDoyleは言っている。

翻訳:粟木瑞穂

Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2012.120306b