水と油をとことん滑らかに
滑らかな口当たりという点では、水中に懸濁した微細な油滴に勝るものはない(油中に懸濁した水滴も)。科学的にはエマルション(乳濁液)と呼ばれるもので、クリーム、バター、チョコレート飲料、グレイビーソース(肉汁ソース)、サラダ用ドレッシングなど、みんなその例だ。しかしエマルションが分離すると、ひどいことになる。グレイビーソースの表面に透明な脂肪の層が浮かび、サラダドレッシングのびんは油と酢に完全に分かれ、ナチョスは脂でベトベトになる。
水と油の反発は、基本的には電気的な力による。水分子は電気的にアンバランスで、分極電荷が生じている。その結果、水分子は互いに引き合う力が強く、大きな表面張力が生まれて、葉の上の水滴などができる。一方、油の分子には極性がなく、互いに引き合う力は弱い。極性液体(水)と無極性液体(油)のエマルションは、界面活性剤(石鹸など)を使えば簡単に作れる。しかし、界面活性剤を使わないで両者を混ぜ合わせようとすると、驚くほど強い力が必要になるのだ。
混合作業がミキサーではうまくいかないこともしばしばだ。人間の舌は直径わずか7~10µmの粒子や液滴を検知できるが、ミキサーでは一般に10~12µmまでしか細かくできない。ある実験厨房で「卵抜きマヨネーズ」が考案されたときは、ミキサーでなく、ローター・ステーター・ホモジナイザーが使われた。この卓上型装置は、細いスリットの付いた金属製の覆い(ステーター)の中で、小さな刃(ローター)が最大毎分2万回転で高速回転する。とてつもない剪断力によって、液滴はわずか2~3µmの大きさまで切り刻まれたわけだ。
「乳製品を全く含まない子牛肉クリーム」という難しいレシピでは、さらに大きな超高圧ホモジナイザーが使われた。これは大型シンクほどの大きさで、混合物に最大1700 気圧の圧力をかけた後、金属壁に叩きつけて1µm以下の破片に粉砕した。とてもおいしいクリームができた。
最も細かいエマルションの場合、粒子の直径はわずか数nm だ。あまりに微細なため、エマルションは透明になる。炭酸飲料のマウンテンデューはナノエマルションの一例だ。
冷製チキンスープ用に、タイムとローリエからエッセンシャルオイルの透明なナノエマルションを作る際には、液体の量がごくわずかなので、超音波ホモジナイザーという手持ち式の装置が使われた。数百ワットの電力で超音波を発生し、液体中にきわめて小さな泡を作り出す。そして、これらの気泡がつぶれるときに、液滴も粉々に小さくなったのだ。
翻訳:鐘田和彦
Nature ダイジェスト Vol. 9 No. 3
DOI: 10.1038/ndigest.2012.120306a