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脳を電撃!

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 7 | doi : 10.1038/ndigest.2011.110724

原文:Nature (2011-04-14) | doi: 10.1038/472156a | Brain Buzz

Douglas Fox

数十年前に開発された脳を電気刺激する手法で、学習能力を向上させられることが明らかになった。果たして、数本の配線コードと9Vの電池でできるこの手法に、どんな可能性があるのだろうか?

2010年、米国ニューメキシコ州アルバカーキの研究室で、ある実験が行われた。被験者たちに、イラク配属の米軍兵士を訓練するために設計された『DARWARS Ambush!』というテレビゲームをプレイしてもらう実験である。『DARWARS Ambush!』は、廃屋や乗り捨てられた車が散在する仮想の景色の中から、屋上の狙撃手の人影やゴミ箱の裏の爆発物といった危険を察知するゲームだ。被験者は右こめかみに、弱い電気刺激を与えるための湿ったスポンジを貼られる。しかし、そんなことを気にしている余裕はない。爆発音や銃声がするまでのわずか数秒間に反応しなくてはならないのだ。こめかみに流れる電流は最大でも数mA、装置は9Vの電池を電源にした単純なものである。

一見、自宅ガレージで行う怪しい実験とそう変わらないように思える。だが、実験を行ったニューメキシコ大学の神経科学者Vincent Clarkは、この経頭蓋直流電気刺激(tDCS)と呼ばれる手法で、学習能力を向上させることが可能だと言う。米国防総省高等研究計画局は、戦場にいる兵士の思考を鋭敏にするのに使えるのではないかという期待から、tDCS研究に資金を提供した。どうやら、この手法は単純だが効果があるようだ。

実験では、頭皮に2mAの電流を流された被験者と0.1mAの電流を流された被験者に、少し練習をした後にゲームをプレイしてもらった。すると、2mAの刺激を受けた被験者の成績が、0.1mA刺激の被験者の2倍も高くなった1。「2mAのグループは習得が速いのです。でも、本人たちはその原因を直観的に感じたり自覚したりはしていません」とClarkは話す。

tDCSは、2世紀以上も前に行われた研究が起源だが、現在ちょっとしたリバイバルブームになっている。Clarkたちは、tDCSは、学習と認知、それぞれの仕組みを分けて調べる手段の1つになるとみている。現在の手法は改良が重ねられ、スイッチを切り替えることで脳のさまざまな領域の活動を高めたり弱めたりでき、行動面で何が起こるかを観察できるようになっている。「この研究領域はじきに爆発的に広がり、ありとあらゆる情報がもたらされ、新たな疑問がわいてくるでしょう」とClarkは言う。

さらに、うつ病や脳卒中など神経疾患の治療でも、強力な磁気や外科的に埋め込んだ電極などで脳活動を刺激する療法に加えて、tDCSも使われようとしている。しかし、tDCSの装置は簡単に作製できるので、例えば学習や認知能力を向上させるために、素人でも健全な頭脳をいじくり回せてしまい、倫理的に非常に重要な問題になるだろう。「実験で見られる効果は、現実世界に間違いなく影響を及ぼすだろうと思えるくらい絶大なのです」と、ペンシルベニア大学(米国フィラデルフィア)の脳神経倫理学者Martha Farahは話す。

ここまでたどりつくのは容易ではなかった。直流電気による脳刺激は、とっぴな思いつきや絶対に再現不可能な古くからの「怪しい研究」の歴史の中から生まれてきた。そして、まだ実証すべき問題が多いというのが大方の見方である。

1800年頃に初めて、イタリアの科学者Jean Aldiniが直流電気による刺激を試みた。当初は、死刑執行後まもない重大犯罪被告人の遺体を電気刺激し、動かすなどしていた。その後Aldiniは論文で、当時「メランコリー」として知られていた気分障害を持つ2人の知人を治したと主張した。1940年代までに、多くのうつ病患者に対してこめかみへの電気ショック療法が施されたが、これはけいれん発作を起こすほど強いもので、「電気けいれん療法」と呼ばれた。しかし、数十年前から、電気けいれん療法の1000分の1という、もっと軽い電気ショック法で精神疾患を治療しようという考え方が漠然と生まれてきた。

弱電流による刺激法の原点

1964年、英国チチェスターのグレイリングウェル病院の精神科医Joe Redfearnは、ラットで得た有望ないくつかの結果をヒトに直接適用し、被験者の頭皮に50~250μAの弱い電流を流した。彼の報告によれば、電流をある向きに流すと被験者はおしゃべりになって、くすくす笑うことさえあったが、別の向きに流すと寡黙で自分の殻に閉じこもるようになってしまったという2。Redfearnはまた、うつ病患者29人にこの「くすくす笑い」療法を施し、半数の患者で症状が改善されたとも報告している3。しかしながら、誰も彼の実験結果を再現することができず、この手法は見捨てられてしまった。

今にして思えば、Redfearnの研究結果にケチがついたのにはいくつかの要因があったと考えられる。その1つは、彼が使用した電流は、現在のtDCSで使われている量の10分の1だったことだ。おそらく、患者の脳に実際にどれくらいの電流が届いているかを測る方法がなかったためだろう。しかし、それから20~30年のうちに、研究に必要な測定手法が編み出された。これは特に、経頭蓋磁気刺激法(TMS)で脳の活動を引き起こす研究が始まったおかげである。TMSは、頭のすぐ近くに置いた磁気コイルに数千Vの電流を流して脳内に電気的な変化を起こし、外部電極を用いてそれを高精度で測定することができる。

現在はミラノ大学(イタリア)にいる神経科学者Alberto Prioriは、1990年代に、tDCSによってTMSの実効性が高まることを示した。Prioriは、被験者の大脳運動皮質を0.5mAの直流で7秒間刺激し、その後、TMSの短いバーストで同じ脳領域を刺激した。もしtDCSによってニューロンの反応性が高まるなら、TMS刺激に反応するニューロンの数が、tDCSで刺激しない場合よりも多くなるだろうと考えたのである。実際、そのとおりだった。短い直流パルスを1回受けた被験者では、TMSに対する反応が大きくなったのである。しかし、1993年にPrioriがこの結果を発表したとき、ほかの研究者たちは、電気が頭蓋を通り抜けているためではないかと疑った。彼の研究結果が真実だと論文審査員が納得するのは、1998年になってからのことである4

一方で、ゲッティンゲン大学(ドイツ)の臨床神経科医Michael Nitscheは、Prioriの発表した知見に大いに興味をそそられた。彼は当時、TMSを使っててんかんを治療する実験を行っていたが、装置は大きすぎて扱いにくいうえに高価で、しかも、脳活動に対する治療効果が短すぎた。その頃学部を卒業したばかりのNitscheは、指導教官のWalter Paulusとともに、1年もかけてtDCSをあれこれいじくり回していた。同僚たちは、そんな彼らの様子を見て心配した。「そいつはかなり危険だよ。さっさとやめた方がいいよ」と言われたことをNitscheは思い出す。Nitscheの研究は、大学倫理委員会から辛うじて承認を得られたが、脳の電気ショック療法を受けてくれる被験者が足りず、自分の父親や姉妹、果ては自分自身まで実験の対象にせざるを得ないこともしばしばだった。

2000年、NitscheとPaulusは1本の論文を発表し5、ヒトの頭皮上に約1mAの弱い電流を最大で5分間流すと、その電気刺激が切れた後の数分間、シグナルに対する運動皮質の反応性が高まることを報告した。Prioriと同様に、2人もTMSを使ってその効果を測定した。

さらに、tDCSの作用機序の解明にも乗り出した。生理学的研究から、直流電流は脳組織内に電場を作り出し、それがニューロンの細胞膜内外の電位差を変化させることが示唆されている。彼らは、頭の電極に電子が流れ込む「陽極」刺激と、頭の電極から電子が流れ出る「陰極」刺激で実験を行った。その結果、陽極刺激では、ニューロンが数mV脱分極し、ほかの細胞からの信号が到着したときに発火(興奮)しやすくなるが、陰極刺激では逆にニューロンは過分極し、ほかの細胞からの信号に反応しにくくなった。

また、電流を止めた後に見られる効果は、1時間ほど持続することもあり、第二のメカニズムで起こっていると推察された。薬理学的証拠からは、電流によって、ニューロンどうしの接続部であるシナプスで、NMDA受容体というタンパク質の発現量が増加することが示唆されている。これによって脳組織の可塑性が高まって、一時的に湿った粘土のような状態になり、ビデオゲーム習得などの刺激に応答してシナプス接続が形成し直されやすくなるのだ。

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SOURCE: M. A. NITSCHE ET AL. BRAIN STIM. 1, 206–223 (2008)

現在、この「湿った粘土状態」を利用する方法が模索されている。2009年には、米国立神経疾患・脳卒中研究所(メリーランド州ベセズダ)のLeonardo Cohenが、ヒトにtDCSを行うと、単純な協調運動訓練を習得する能力が向上し、実験終了後3か月経っても効果が見られたことを報告した6。そうした結果から、脳卒中のリハビリでも関心が持たれている。実際、CohenやNitscheをはじめ、さまざまな研究チームが小規模な臨床試験で脳卒中のリハビリにtDCSを使ったところ、手の機能が改善されたという(右図参照)。

このほかにも、ベレンソン=アレン非侵襲的脳刺激センター(米国マサチューセッツ州ボストン)のFelipe Fregniとマッケンジー大学(ブラジル・サンパウロ)のPaulo Boggioらの研究チームなどが、tDCSをうつ病治療の手段として実験中である。彼らをはじめ、いくつかの研究チームが行った小規模な臨床試験から、背外側前頭前皮質と呼ばれる脳領域にtDCSの数回の刺激を与えると、数週間にわたって気分が改善されることが示唆されている。

リスクを回避

2007年にBoggioとFregniは、背外側前頭前皮質にtDCSを行うと、被験者がリスクを冒さなくなる場合があることを報告した7。研究チームは、健康な大学生たちに、コンピューターのキーを押して画面上の風船に空気を入れるゲームをプレイしてもらった。このゲームでは、空気をたくさん入れるほど仮想の金がたくさん手に入るが、もし風船が破裂すれば、獲得した金をすべて失ってしまう。すると、tDCSを受けた被験者は、受けなかった被験者に比べてあまり欲張ろうとしなかった。この実験結果から、依存症にも適用できる可能性が考えられる。Boggioは、依存症では「抑制制御」が効かなくなっているのだと話す。Boggioは、Fregniらとともに、2008年に3つの研究8–10を発表し、背外側前頭前皮質を刺激した後では、酒やタバコ、甘い菓子を飲み食いしているビデオを被験者に見せても、それらを欲しがる気持ちがあまり起きないことを示した。研究チームは、最終的には禁煙の臨床試験で同じ方法を試してみたいと考えている。

tDCSは評価が定まらない手法だが、こうした研究結果から大きな期待が持てる。「はっきり言ってインチキ話もたくさんあるので、tDCS研究はこの分野全体の信憑性にもかかわってきます」と、ニューヨーク市立大学(米国)の生物医学工学者Marom Biksonは話す。このため、tDCSを最適化しようと現在行われているメカニズムの研究では、以前よりも慎重になっているという。

だが、失意の時代は過ぎ去ったと、すべての人が確信しているわけではない。エモリー大学(米国ジョージア州アトランタ)の臨床精神科医Helen Maybergは、電極を脳の奥深くに入れる脳深部刺激療法(DBS)を用いて、うつ病治療の実験をしたことがある。彼女はtDCSの非侵襲性については大いに歓迎しているが、これまで行われた試験が短期間のものだったことを指摘している。現実問題として、「tDCSを長期的にどのように用いるのか、またその場合、どのような反動的影響や症状のぶり返しがあるのかが問題になります」と彼女は話す。Boggioのチームはこの問題に取り組むため、最大6か月にわたって、うつ病患者をtDCSで治療しつつ観察するという臨床試験に着手した。

特定の脳領域を刺激

今のところ、tDCSによる刺激は、TMSやDBSによる刺激に比べて焦点をあまり絞り込めていない。ニューロンに対する作用も、頭皮の数cm下で急激に減ってしまい、医学的に重要ないくつかの標的部位までは届かない。

Biksonはこうした欠点を解消しようと考え、tDCSの改良版を設計した。これは5個の電極を頭にX型の配置に置くもので、中央の1個は任意の方向へ電流を流し、周囲にある4個は、電流が脳内に広がって予定より広い範囲を活性化させないように、余分な電流を吸収する。彼によれば、この配置によって、より狭い範囲でより深い場所に、ほんの少し強い電流を流すことができるのだという。こうした技術革新は、企業からの臨床試験への資金提供を促進するかもしれない。Cohenによれば、今のところ、わずか1000ドル(約8万円)の既製の装置でできるこの治療法は、誰のものにもなっていないという。

tDCSに対しては、治療のほかに、健康な人の能力を高める効果についても関心が集まっている。前述のClarkの研究では、tDCSにより隠れた危険性を見抜く能力が高められることが示されているが、このほかにも、複数の研究によって、作業記憶11や言語連想12、複雑な問題を解くといった課題13の成績が、それぞれ向上することが明らかになっている。

こうした研究の大半は、科学的見地から疑問を解明しようとしたものである。ところが、ある1人の科学者は堂々と、健康な人の脳の働きを高めようとしている。シドニー大学心理研究センター(オーストラリア)の所長、Allan Snyderだ。Snyderは、「思考キャップ(thinking cap)」の開発を目指している。これはtDCS装置の一種で、企業の重役や広告コピーライターが、意見交換の会合に出向く前に使用して、自分の創造力を高めておくというものだ。Snyderは製品開発の進捗についてあまり話したがらないが、2011年2月に発表された最新の論文14は、かなりの注目を集めた。Snyderは、前側頭葉を刺激することで、ひらめきの能力が高まるのだと主張している。この実験は、制限時間内に、マッチ棒で表された数式の誤りをマッチ棒1本だけ動かして直すという、ひらめきを要する問題に解答してもらうもので、正解者のうち、tDCSを受けた被験者は、偽の刺激を受けた被験者の2~3倍になった。

これらの研究結果が現実世界の利益に結びつくかどうか、まだ判断は下されていない。Nitscheによれば、若く健康な人は、理論上は頭脳がすでに最適化されているので、認知機能の向上を実証することは、高齢者や依存症患者などの場合よりも難しいだろうという。「不可能だとまでは言いませんが、事はもうちょっと複雑だと思います」と話す。

だが、この実験を自宅で試してみようという人は後を絶たず、インターネット上ではすでに議論が巻き起こっている。とにかく、9Vの電池1個と数本の配線コード、抵抗器1個を購入すれば、理論上、装置を作製できるのだ。集中力を高めたいと思ってやってみた人は、体験した閃光に驚いていた。これはよく報告される副作用の1つで、電極部位の強烈な熱さやかゆみを伴う。彼はインターネット上に投稿したメッセージの中で、「たぶんもうやることはない」と書いている。また別の人は、インターネットの患者フォーラムに、自分の妻にtDCS療法を行い、慢性的な痛みを軽減できたと書き込んでいた。安全性は重要な問題の1つだ。「配線コードと電池があり、頭に電気を流してみようと考える実験オタクの暇人がいれば、そのうち誰かが痛い目をみるでしょうね」とFarahは言う。

また、用途のさらなる拡大から、一部の学生が成績向上のために摂取しているアデラールやモダフィニルなど中枢刺激作用のある薬剤の問題同様、倫理面での懸念が生じている。学生たちが大学入試の成績を上げようと、入試前にtDCSでこっそり「電気的ドーピング」をする可能性があるのだ。倫理学者たちは、tDCSによって一部の人間が不当な利益を得たり、そうした装置を使わねばならないような風潮が社会に生まれたりするのではないかと危惧している。Farahによれば、これまで発表された研究の中に、試験の助けになるような「頭をさえさせる」種類のものはないが、単に適正な脳領域を標的にするかどうかの問題なのかもしれないという。もしそうした効果が実際に起こせるとしても「驚かないですね」と彼女は話す。

しかし総じて言えば、tDCSの効果を信じる人々の楽観的姿勢はまだまだ強い。期待外れの結果もあったが、現在のこの活況は当然のことだ、と多くの人が考えている。Prioriはこう語る。「医学史の流れを振り返り、1世紀ほど前の実験や研究にもう一度取り組んでみるべきでしょう。昔はなかった新しい技術や装置を使うことで、かつて誰かが失敗した実験を成功させることもできるのですから」。

(翻訳:船田晶子)

Douglas Foxは、米国カリフォルニア州北部在住のフリーランスのライター。

参考文献

  1. Clark, V. P. et al. NeuroImage advance online publication doi:10.1016/j. neuroimage.2010.11.036 (2010).
  2. Lippold, O. C. J. & Redfearn, J. W. T. Br. J. Psychiatr. 110, 768–772 (1964).
  3. Redfearn, J. W., Lippold, O. C. & Costain, R. Br. J. Psychiatr. 110, 773–785 (1964).
  4. Priori, A., Berardelli, A., Rona, S., Accornero, N. & Manfredi, M. Neuroreport 9, 2257–2260 (1998).
  5. Nitsche, M. A. & Paulus, W. J. Physiol. 527, 633–639 (2000).
  6. Reis, J. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 106, 1590–1595 (2009).
  7. Fecteau, S. et al. J. Neurosci. 27, 6212–6218 (2007).
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  9. Boggio, P. S. et al. Drug Alcohol Depend. 92, 55–60 (2008).
  10. Fregni, F. et al. J. Clin. Psychiatr. 69, 32–40 (2008).
  11. Ohn, S. H. et al. Neuroreport 19, 43–47 (2008).
  12. Cerruti, C & Schlaug, G. J. Cogn. Neurosci. 21, 1980–1987 (2009).
  13. Dockery, C. A., Hueckel-Weng, R., Birbaumer, N. & Plewnia, C. J. Neurosci. 29, 7271–7277 (2009).
  14. Chi, R. P. & Snyder, A. W. PLoS One 6, e16655 (2011).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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