News Feature

未来のお肉?

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 3 | doi : 10.1038/ndigest.2011.110309

原文:Nature (2010-12-09) | doi: 10.1038/468752a | A taste of things to come?

Nicola Jones

人工食肉の作製に全力で取り組んでいる研究者たちがいる。彼らは、人工肉を食べることが当たり前になる日が来ると確信しているようだ。だがそのためには、培養筋細胞を鍛えて肥大させるという難問がある。

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ILLUSTRATIONS: NIK SPENCER

アイントホーフェン工科大学(オランダ)のMark Postは、実験室で人工の豚肉を作っている。だが、白っぽく、だらんとした筋組織の細切れを見るにつけ、味見をしたいなんてこれっぽっちも思ったことはない。Postが知るかぎり、これを食べたことのある唯一の人間は、数か月前に取材に来たロシアのテレビ局のジャーナリストだけだ。「彼は、培養プレートの上の肉をピンセットでつまみ上げ、私が言葉をかける前に、それを口に放り込んでしまったのです。そして『噛みにくくて味がないな』とつぶやきました」。

Postは、培養プレートで動物の筋細胞を育てて「試験管ミート」を作る研究の最先端を走っている。そして究極的には、本物そっくりのステーキの開発を促進し、食肉を得るために家畜を生産するというむだの多い従来のやり方にとらわれない食肉生産を実現することを目標にしている。遠からず、Postは、人工豚肉を挽いて作ったおいしいソーセージと、生きたブタ(人工肉の元になった細胞を提供した)とを並べて展示したいと考えている。そのためにはまず、研究資金を獲得しなければならない。

Postは当初、ヒトの幹細胞から再建手術に利用できる筋肉を作り出すことに興味を持ち、組織工学の研究者になった。ところが数年前、研究テーマを人工食肉生産に鞍替えしてしまった。「私は20年以上にわたって再生医療の研究に取り組んできました。でも人工食肉の開発のほうが、環境保護や健康増進に役立ち、世界的な飢餓問題の解決につながるため、はるかに大きなインパクトがあることに気付いたのです」。菜食主義者のための食料を生産するのに必要な水は、肉を食べる人の食料生産に必要な水のわずか35%であり、エネルギーも40%ですむ1。これは主として、飼料作物を育てる効率が悪いためだ。未来の「人工肉食主義者」は、菜食主義者と同程度のレベルになるだろう。

2008年には、米国ヴァージニア州ノーフォークを本拠地とする「動物の倫理的扱いを求める会(People for the Ethical Treatment of Animals;PETA)」が、人 工食肉が普及すれば動物を食肉加工する必要がなくなるとして、2016年までに米国の少なくとも6つの州の店舗で人工鶏肉を販売できるようになった最初の企業に、100万ドル(約8300万円)の賞金を出すと発表した。世界の大半の人工食肉研究が行われているオランダでは、試験管ミートの開発をめざすコンソーシアムが、2005~2009年の期間に政府から200万ユーロ(約2億2000万円)の研究資金を獲得した。

こうした奨励により、基本的な問題のいくつかが解決され、ヒトの組織工学技術を応用して動物の筋肉から成体幹細胞を単離・培養して増殖させ、さらに融合させて、長さ1cmの筋肉片を作ることが可能になった。しかし、試験管ミートの製造効率を上げて、スーパーで低価格で販売できるようにするためには、はるかに多くの資金と推進策が必要だろう。Postの見積もりでは、彼の製法でソーセージを1本作るには、あと1年の研究と、少なくとも25万ドル(約2100万円)の研究資金が必要だという。

では、具体的には、何をすればよいのだろうか?

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人工食肉作製に際し、研究者が最初に考えなければならないのは、どの細胞から出発するかということだ。胚性幹細胞(ES細胞)は、不死の(ゆえに安価な)原料として、食肉を無限に供給することができる。しかし、家畜のES細胞の樹立はうまくいっておらず、人工食肉研究の大半は、筋衛星細胞(筋肉の成長と修復に関与する成体幹細胞)を用いている。筋衛星細胞を得るには、生きているブタ、ウシ、ヒツジ、ニワトリ、シチメンチョウから比較的無害な方法で筋組織を採取し、酵素を用いたりピペット操作を行ったりして望みの細胞を抽出し、培養して増殖させる。

一方、トゥーロ大学ニューヨーク校(米国)の名誉教授であるMorris Benjaminsonは、これとは違ったアプローチを好んで用いる。採取した生体組織の全体を培養プレートに植えつけているのだ。「私たちは、泥臭いやり方で研究しています。組織を細胞レベルまで分解して、再び組み立てるなんてやり方はしません」とBenjaminsonは言う。彼の研究室は、2002年にこの方法で金魚のフィレ肉を作り、細かく挽いた筋肉の細胞を添加することにより、1週間で表面積を79%も増やすことができた2。しかしながら、この製法で市販できる量の肉を生産できるかは不明である。

根本的な問題は、筋衛星細胞が数十回しか分裂しないという点にある。これはおそらく、細胞のテロメア(染色体の末端にあり、これを保護する部分)が加齢とともに短くなってしまうからだ。細胞の増殖を盛んにする方法はいくつかある。1つは、テロメアを修復するテロメラーゼという酵素の遺伝子を加えることだ。もう1つは、振興企業Mokshagundam Biotechnologies社(米国カリフォルニア州パロアルト)が研究を進めている方法で、腫瘍の増殖を促進する遺伝子を組み込むというものだ。しかし、消費者は遺伝子組み換え人工食肉に強い抵抗を感じるはずだ。「できるものなら発売してみろ、というところですね」とPostは笑う。遺伝子組み換えがだめなら、できるだけ成長させるために、幼い動物から細胞を採取し、培地など、別の部分を完璧にするという方法もある。

Postは今のところ、普通の細胞培養用培地を使って豚肉の筋衛星細胞を育てている。ただ、培地に含まれているウシ胎児血清は死んだウシに由来しており、人工食肉の意義が大きく損われている。また培地には、抗生物質や抗真菌薬も含まれているため、食用には適さないだろう。「知られていないアレルギーがあるかもしれませんからね」とPostは言う。彼は、筋衛星細胞を筋肉へと分化させるためにウマの血清に切り換えているが、それも同じ問題がある。

すでに、体外受精などの生物医学用として、植物や細菌の懸濁液から作った、動物由来成分を含まない培地も市販されている。しかし、動物由来成分を含む培地と同じように、それらは高価である。現時点では、人工食肉の材料費の約90%は培地が占めている。また、培地の組成は特許権により保護されており、必要に応じて変更するのは難しい。1つの選択肢は、細かく挽いたマイタケを利用することだ。これは、Benjaminsonが金魚のフィレ肉を育てたときに、ウシ胎児血清と同じくらい有効であることを発見したものである。また、アムステルダム大学(オランダ)で試験管ミートの研究をしている研究者たちは、ラン藻から作る安価な培地に、遺伝子組み換え大腸菌を利用して生成した成長因子を添加している。しかし、安価で、動物由来成分を含まない培地を大量に生産する方法はまだ開発されていない。

筋肉を鍛える

足場(上図④)の上で育てられた筋衛星細胞は、融合して筋線維となり、これらが束になって筋肉を作る。しかし、実験室で集合した筋肉は、弱々しく、歯ごたえがない。「6週間はめていたギプスをはずした後のような感じです」とPostは言う。筋肉にタンパク質を付けて肥大させるには運動が必要である。有効なのは、固定点の間で筋線維を集合させることだ。こうすると自然な張力が生じ、筋肉がこれに対して収縮するからだ。Postはこのような装置を用いて、筋肉片のタンパク質含有量を数週間で100mgから約800mgまで高めることに成功している。さらに、毎秒10Vの電気ショックも与えることで、タンパク質含有量は約1gまで増える。しかし、この方法をそのまま産業スケールに拡大してしまうと電気代がかかりすぎるため、彼らは、筋収縮を命じる化学信号の作用を模倣する方法を模索しようとしている。

サウスカロライナ医科大学(米国チャールストン)のVladimir Mironovは、キトサンマイクロビーズ製の足場を使用している。キトサンはカニや菌類から得ることができる。キトサンマイクロビーズ製の足場は温度変化によって伸び縮みするため、これを足場とする筋肉にとっては自然なフィットネスジムになる。

人工筋肉の厚みが約200μm以上になると、内側にある細胞は、栄養分と酸素の不足により死に始める。Postは単純に、多数の小さい筋肉片を育てて、細かく挽いてソーセージにすればよいと考えている。これに対してMironovらは、米国航空宇宙局(NASA)が低重力下での筋肉の成長を研究するために開発したような、ミキサーサイズのバイオリアクターを使っている。こうした装置が作り出す条件は、細胞の凝集を防ぎ、酸素と栄養分の輸送を向上させる役に立つ。

産業スケールで人工食肉を製造するには、バイオ製薬会社が使っているような、大規模な特製バイオリアクターが必要になるだろう。Mironovは、市販用の試験管ミートを生産するには、バイオリアクターを備えた5階建てのビルと、それにかかった費用と同じくらい巨額の投資が必要になると見積もっている。それなのに、製造できるのはただの挽き肉なのだ。人工ステーキを製造するのはさらに難しい。肉の中に人工の血管系を組み込まなければならないからだ。それが可能になるのは何十年も先のことだろう。

市場に出す

人工食肉の推進派がその味について語ることはほとんどない。おそらく、まだ試食したことがないからだ。米国の研究者たちは、試験管ミートの試食を避けている。彼らは、米国食品医薬品局(FDA)の規制に違反したり(実際のところ、それが禁じられているかどうかは不明である)、売名行為に走っていると思われたりするのを恐れているからだ。Benjaminsonらは、金魚のフィレ肉を作ったとき、それをオリーブオイルに浸し、パン粉をまぶしてフライにし、「香りと見た目」を審査・判定してもらった。審査員らは、食べられそうに見えると評価したが、試食することは許されなかった。

研究者たちは基本的に、歯ごたえさえ似てくれば、味覚の問題は味付けにより解決すると考えている。幸い、筋衛星細胞は脂肪に転換することもできるので、これにより味がよくなると期待されている。Mokshagundam Biotechnologies社は、各種の筋肉とその他の種類の細胞を混ぜ合わせてスパムのようなものを作り、これに肉の特徴である「うまみ」を持たせることを目標にしている。ただし、血液に由来する鉄分や、腸内細菌に由来するビタミンB12などの栄養分を添加する方法も見つけなければならないだろう。

一方コスト面では、人工食肉の製造プロセスは高くつくと考えられる。ある概算によると、第一世代の人工食肉の値段は1t当たり3500ユーロ(約39万円)になるという。ちなみに、助成金がない場合の鶏肉の値段は1t当たり1800ユーロ(約20万円)である。Mironovは、初期の市場を確保するには、試験管ミートに健康の増進や食欲の抑制に効果がある化合物をつめ込んで、金持ちの有名人が魅力を感じる「機能性」食品にするのがいちばんよいと考えている。「そんなものを食べるのは、パリス・ヒルトンのようなハリウッドのセレブだけでしょうけど」と彼は言う。また、変わった動物や絶滅した動物(ただし、いくつかの細胞は残っていなければならない)の肉が食べられることを「売り」にするという方法もありうるだろう。人工食肉の推進派は、長期的には、菜食主義者や、罪悪感にさいなまれることなく環境に優しい肉を食べたいと考える人々が消費の主役になるとみている。

Postなどの研究者は、試験管ミートの製造・販売に必要な科学的・技術的進歩を考えれば、この研究に挑戦する価値は十分にあると信じている。最大の問題は、資金提供機関を説得することだ。Postがオランダ政府から得ていた研究資金は、2009年に打ち切られた。彼はこの研究資金で、数百の豚肉片を作ることはできたが、ソーセージを1本作るのに必要な数千片には届かなかった。現在、いくつかの組織団体が人工食肉研究を支援している。1つはNew Harvestという非営利組織で、米国とヨーロッパで行われる研究に少額の資金を提供している。もう1つは、Pure Bioengineering社(米国カリフォルニア州)という営利法人で、ベンチャーキャピタルの立ち上げをめざしている。しかし、具体的な成果はまだ得られていない。

Postは、人工ソーセージを実演するための研究資金を申請し続けるつもりである。もちろん、全工程の商業化が可能な資金を要求するのは無理だということは、重々承知している。「通常、私は1億ユーロ(約110億円)必要といっています」とPostはいう。「政府にその金額を提示したら、卒倒されましたよ」。

(翻訳:三枝小夜子)

Nicola Jonesは、カナダ・バンクーバー在住のフリーランスのジャーナリスト。

参考文献

  1. Marlow, H. J. et al. Am. J. Clin. Nutr. 89, 1699S-1703S (2009).
  2. Benjaminson, M. A., Gilchriest, J. A. & Lorenz M. Acta Astronaut. 51, 879-889 (2002).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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