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韓国発の幹細胞ビジネスに捜査の手?

自国で未承認の幹細胞治療を受けるため、患者が他国を訪れる「幹細胞治療旅行」が公然と行われており、議論は大きくなるばかりだ。2010年6月、タイの研究チームは、腎臓病の幹細胞治療後に死亡した患者1人に「奇妙な病巣」が見つかったと報告した(Nature 2010年6月24日号997ページ参照)。同年8月には、生後18か月のルーマニア人男児が、脳に幹細胞を注入された後に死亡している。

韓国政府は現在、この種の治療を厳しく取り締まろうとしている。最近、幹細胞注入による治療を受けた韓国人が2人死亡し、これを受けて、韓国の食品医薬品安全庁と保健福祉部は11月中旬、この治療を提供している複数の企業を対象に調査を開始した。しかし、対処の難しさが浮き彫りになっている。なぜなら、この種の治療を行っている企業の一部は、他国の法律の抜け道を利用して、世界各地で事業を展開しているからだ。

調査対象企業の1つが、ソウルに本社を置くRNL Bio社だ。同社は、問題の死亡した韓国人2人の治療で使われた幹細胞の作製元であり、ソウルにある自社の処理センターで幹細胞を調製し、それらを中国や日本などにある提携医院に送付している。患者はこうした提携医院を訪れ、韓国では違法になっている幹細胞注入を受けるわけだ。

薬剤か、それとも体の一部か?

RNL Bio社の最高責任者であるRa Jeong-chanは、公式発表で、同社の治療が今回の患者死亡に何らかの関係があるとの見方を否定した。韓国メディアは、死亡例2件のうち、日本(京都)で肺塞栓症を起こした後に死亡した73歳の男性患者について報道している。なお、もう1人の死亡者は、中国での治療で、麻酔後に意識が戻らなかった患者である。

RNL Life Science社は、米国カリフォルニア州のオフィスで患者の証言をスクリーンに映し出している。 Credit: D. CYRANOSKI

RNL Bio社の子会社であるRNL Life Science社(米国カリフォルニア州ロサンゼルス)の社長、Jin Han Hongは「韓国政府は幹細胞を薬剤と見なし、この治療を違法だと決めつけたいのです」と話し、こう弁護した。「我々の目から見れば、治療で使っている幹細胞はその患者の体の一部にすぎないのですよ」。

日本の厚生労働省研究開発振興課の再生医療推進室長、谷伸悦は、企業が日本でビジネスとして幹細胞治療を行うには、政府の承認を得なければならないと話す。ただし、日本の医師が治療に使うために幹細胞を輸入する場合には承認を必要としない。

中国は2009年に幹細胞治療に関する法案を通過させたが、どのように施行すべきかについては、なお多くの議論がある(Nature 2010年10月7日号633ページ参照)。

RNL Life Science社のオフィスは、ロサンゼルス市内のコリアンタウン内にある。名刺に「幹細胞コンサルタント」とあるJane Shinによると、患者は市内の提携医院を訪れ、そこで形成外科医が約5グラムの脂肪組織を摘出する。検体はメリーランド州にある同社の処理センターへ送られ、そこで間葉系幹細胞(通常は体の脂肪や骨、軟骨を再生する)が単離されてソウルへ送られ、培養される。

関節炎治療のような最も簡単な幹細胞治療でも、1億個の細胞が必要だとHongはいう。これらの細胞を調製し、3年間貯蔵するのに7500ドル(約62万円)かかり、以降、追加の細胞1億個ごとに5000ドル(約42万円)かかる。標準コースで細胞6億個だとShin。「使う細胞の数が多いほど、医療効果は上がります」。

Shinによれば、世界中で米国の患者130人を含む1万人の患者が、同社の幹細胞の注入を受けたという。半数は、外見の若返りを期待して顔面への注入を受けたそうだが、パーキンソン病や腎不全、糖尿病などの病気を治療するのにも使われていると主張する。

Natureが取材した幹細胞研究者たちは、RNLの幹細胞調製の有効性について懐疑的だ。「脂肪組織由来の幹細胞が、パーキンソン病の治療に使える細胞種に自発的に分化するというのは、生物学的に考えられないですね」と、ハーバード大学神経再生研究センター(米国マサチューセッツ州ベルモント)のOliver Cooperは話す。他の研究者たちも同じ意見だ。

翻訳:船田晶子、要約:編集部

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2011.110225

原文

Korean deaths spark inquiry
  • Nature (2010-11-25) | DOI: 10.1038/468485a