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iPS細胞は絶滅危惧種を救えるか?

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 11 | doi : 10.1038/ndigest.2011.111104

原文:Nature (2012-09-04) | doi: 10.1038/news.2011.517 | Could stem cells rescue an endangered species?

Ewen Callaway

絶滅の危機に瀕しているキタシロサイとドリルの細胞から、再プログラム化法によって人工多能性幹細胞が作られた。

シロサイの亜種キタシロサイ(Ceratotherium simum cottoni)は現在、世界中に7頭しか残っていない。そのうちの1頭で、ケニアの保護区に暮らす「Fatu」という名の雌の細胞から、人工的に、発生初期の胚にある胚性幹細胞と似た幹細胞(iPS細胞:人工多能性幹細胞)が作り出された。Fatuの数百万個のiPS細胞は、今、米国カリフォルニア州の冷凍庫に保存されている。いつの日か、個体数を増やすために役立つかもしれない。

今回の研究では、キタシロサイのほかに、もう1つの絶滅危惧動物であるドリル(Mandrillus leucophaeus:マンドリルに近いサル)の細胞から、iPS細胞が作り出された。これは、絶滅危惧動物では初めての成果だ。作製されたiPS細胞は、細胞系列として、培養して増殖させることができ、保存も可能である。iPS細胞の最大の特徴は、原理的に体のどの組織でも作り出すことができることだ。つまり、飼育下で繁殖させる際に使う精細胞も作り出せるということだ。この研究成果は2011年9月4日に Nature Methods のオンライン版で発表された1

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5年ほど前、スクリプス研究所(米国カリフォルニア州ラホヤ)の幹細胞生物学者Jeanne Loringのもとに、近くにあるサンディエゴ動物園(米国)の研究者Oliver Ryderから問い合わせがあった。絶滅危惧動物の幹細胞を入手したいというのだ。もちろん、絶滅危惧動物の受精済みの胚を1個犠牲にして幹細胞を入手するなんてことは論外であり、Loringはほかの入手法をいろいろと考えてみた。けれども、どれもうまくいきそうにはなかった。「サイから骨髄幹細胞を採取できる見込みは、ほぼありませんでした」。

その2年後の2007年、京都大学の研究チームとウィスコンシン大学マディソン校(米国)の研究チームが相次いで、ヒト成人の結合組織由来の繊維芽細胞(つまり体細胞)で、細胞の再プログラム化にかかわる一連の遺伝子を活性化することによって、胚性幹細胞に酷似した状態に誘導できることを報告した2,3。Ryderらは、「冷凍動物園(Frozen Zoo)」と呼ばれるプロジェクトの一環として、1970年代から絶滅危惧動物の繊維芽細胞を保存してきた。そのため、この細胞再プログラム化法は、絶滅危惧動物に由来する幹細胞を作り出すのにうってつけのように思えたと、Loringは振り返る。

原理証明の実験のために、RyderはLoringに、Fatuから採取した細胞と、飼育されていた雄ドリルの「Loon」(その後死亡)から採取した細胞を託した。野生のドリルは現在、アフリカ西部のごく狭い地域でしか見られず、生息域の減少や野生動物の肉の違法な売買のために、その個体数は徐々に減っている。

当初、Loringと同僚のInbar Friedrich Ben-Nunは、ヒトの再プログラム化遺伝子ではサイやドリルの繊維芽細胞を幹細胞へ転換できないだろうと考え、ドリルの細胞には別種のサル(アカゲザル)の遺伝子群で、また、Fatuの繊維芽細胞にはウマの遺伝子群で、それぞれ再プログラム化を試みた。だが、どちらの実験も失敗に終わった。

再プログラム化の成功

ところが、ヒトの再プログラム化遺伝子群を使ってみたところ、どちらの動物の細胞も、iPS細胞へと変換させることができた。これにはLoringも驚いた。さらに研究チームは、双方のiPS細胞から、体のあらゆる組織を作り出す3種類の単純な組織(外胚葉、中胚葉、内胚葉)を形成させることにも成功し、これらのiPS細胞に分化多能性があることを証明した。

Loringは、FatuやLoonのiPS細胞からクローン個体を作製しようとは考えていない。iPS細胞から生殖細胞を作り出し、それを生殖補助法に利用することで、絶滅危惧種の遺伝子プールの多様化に役立てられるのではないかと思っているのだ。また、すでに、iPS細胞から作り出した生殖細胞で健康なマウスが誕生していることから4、いずれこの手法はマウス以外の動物でも成功するだろうとも考えている。「すべて順調にいけば、新しい個体を作り出す道が開けます」とLoringは話す。

「これは実に画期的な成果だと思います」。Advanced Cell Technology社(米国カリフォルニア州サンタモニカに本社)の科学研究主任Robert Lanzaは、こう話す。Lanzaたちは、2000年に絶滅危惧動物のクローン作製を初めて成功させた研究の一端を担った5。その動物はガウルと呼ばれる野牛で、「Noah」という名の個体が使われた。ヒトiPS細胞が初めて報告されたとき、Lanzaは Science のLetter6の中で、絶滅危惧種保全へのiPS細胞利用の可能性を大きく取り上げている。しかも彼は、iPS細胞から絶滅危惧動物のクローンを作製する技術の特許まで取っている。彼によると、この技術の特許使用料は生物保全のために無料にするつもりだという。

一時しのぎの解決法などない

ロンドン動物学協会の生殖生物学者William Holtは、「冷凍箱舟(Frozen Ark)」と呼ばれる共同研究にかかわっている。この研究の本拠地はノッティンガム大学(英国)にあり、絶滅危惧動物からDNAや細胞を収集している。Holtは、キタシロサイのようにすでに絶滅寸前の状態にある絶滅危惧種をiPS細胞が救ってくれる、という見方に疑念を抱いている。「はっきり言って、それはもう離れ業の領域ですよ」とHoltは言う。生殖補助法を支援するには、その動物の生殖生物学の情報が必要だが、絶滅危惧動物についてはそうした情報がほとんどないのだ。「しかも、生き残っている個体数があまりに少ないため、もう今以上の情報を得ることができないのです」と彼は話す。

Loringも、iPS細胞が種の救済に役立つところまで行くには、解決すべき技術的問題が多々あることを認めている。「サイに多めに排卵させる方法がまずわからないのです」。絶滅危惧動物の細胞から作られたiPS細胞は「小手先だけの解決策」にすぎないとする意見もあるが、Loringはそれを退ける。たとえ現在、iPS細胞を生殖補助法に使うための技術が十分発達していなくても、これらの細胞は、動物個体が死んだ後もその遺伝的多様性を後世まで残しておくための手段となるからだ。

いずれにせよ、研究の進展を待ってはいられない。Fatuは今年1月に、「Suni」という名の雄と交配を始めている。

(翻訳:船田晶子)

参考文献

  1. riedrich Ben-Nun, I. et al. Nature Methods http://dx.doi.org/10.1038/NMETH.1706 (2011).
  2. Takahashi, K. et al. Cell 131, 861-872 (2007).
  3. Yu, J. et al. Science 318, 1917-1920 (2007).
  4. Hayashi, K., Ohta, H., Kurimoto, K., Aramaki, S. & Saitou, M. Cell 146, 519-532 (2011).
  5. Lanza, R. et al. Cloning 2, 79-90 (2000).
  6. Lanza, R. Science 318, 1865 (2007).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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