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ES細胞やiPS細胞から精子を作り、マウスを誕生させた理由 (斎藤 通紀)

斎藤 通紀

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 10 | doi : 10.1038/ndigest.2011.111024

生殖細胞の本質は、次世代の個体を作り出せるところにある。そう喝破した斎藤通紀氏は、生殖細胞の役割と機能が体内で作られていく過程を理解したいと考えた。そのために、まず ES細胞やiPS細胞を利用して生殖細胞のもととなる始原生殖細胞を作り出し、次に精子を作り、それが機能して健康なマウスが生まれるところまで実証した。

––Natureダイジェスト:「ES/iPS細胞から精子を作り、マウス出産」というニュースが新聞の一面を飾りましたね1。倫理的な問題に言及する記事も多かったようですが。

斎藤:私たちがめざしているのは、体の中で生殖細胞(卵子や精子、それらのもととなる始原生殖細胞)が作られる過程を理解することです。そして、私たちが発見したことが正しいと確認するために、ES/iPS細胞から始原生殖細胞を経て実際に精子を作り出し、それがきちんと機能して、健康なマウスを誕生させうるということを示す必要がありました。

倫理的な問題への最大限の配慮は、いうまでもなく大切で、怠ることはありません。

––ES/iPS細胞からどのように精子を作り、何を確認されようとしたのか、具体的に教えてください。

ES/iPS細胞は人工的に得られた未分化細胞です。これに2種類のタンパク質と特定の培養添加物を加えて培養し、その後、別のタンパク質をさらに数種類2添加して培養すると、「始原生殖細胞」とよく似た細胞を分化させることができました。始原生殖細胞は、先ほども言いましたように、卵子や精子を作るもとになり、私たちがこれまで注目してきた細胞です。

こうして分化させた細胞をマウスの精巣に移植したところ、精子が形成されたので、機能の点からも、始原生殖細胞であることが明らかになりました。このように、私たちが発見した組み合わせ方でタンパク質を2段階に添加・培養すると、始原生殖細胞が作り出せることを証明できたのです。

ES/iPS細胞から作製した始原生殖細胞様の細胞(左、緑色に染色)を精巣に移植すると、10 週間後に精子が形成された(中央)。それを卵子と受精するとマウスが誕生した(右)。ここでは始原生殖細胞はES細胞から、精子とマウスはiPS細胞から誘導したものの写真を使用。 | 拡大する

斎藤通紀

––始原生殖細胞は、どうして重要なのですか?

胚の発生において、生殖細胞への分化が方向付けられた細胞なので、その特徴をすでに備えつつあるからです。それを解析すれば、生殖細胞の特徴が理解できると考えられるのです。

––始原生殖細胞を作り出すことが、1つの目標だったのですね。

そうです。今回、ES/iPS細胞からたくさん作り出せるようになり、今後は研究がしやすくなると期待しています。

マウスの胚で自然に生じる始原生殖細胞の数は非常に少ないため、これまで研究するのが容易ではなかったのです。始原生殖細胞は、受精後6日目の胚において、胚体外胚葉(epiblast)と呼ばれる500個くらいの細胞の中から、わずか20個程度しか生じないのです。

新たなリプログラミングが起こる

––生殖細胞の特徴とおっしゃいましたが、どんな特徴なのですか?

新しい個体を作り出す役割を担うこと、それが、生殖細胞の最大の特徴だと思います。私たちの体を構成する細胞は200種類以上ありますが、それらは生殖細胞とそれ以外の体細胞の2つに大別することができます。次世代にゲノムを受け渡し、新たな個体を誕生させることができるのは生殖細胞だけです。体細胞は、個体の死とともに失われてしまう細胞ですから。

––具体的にはどんな現象が、始原生殖細胞の特徴としてとらえられたのですか?

始原生殖細胞で、急激なエピゲノムのリプログラミングが起こることを発見しました3。新しい個体を生み出すという能力を獲得するために、このリプログラミングが重要であると推測されます。

––エピゲノムとリプログラミングについて、もう少し教えてください。

1つの生物個体を構成する細胞すべてに、同じゲノムが含まれています。それなのに、細胞の種類によって、形や働きに違いが現れ、維持されています。この違いが現れる理由の1つは、ある物質が、各細胞のゲノムに付着して修飾するからです。しかもその修飾は、細胞の種類ごとに異なっており、それが安定的に維持されるからだろうと考えられます。例えば、ゲノムDNAにメチル基が付着したり、ゲノムDNAを支持するヒストンタンパク質にメチル基やアセチル基が付着したりすることです。このようにゲノムに修飾が加わった状態のものを、エピゲノムと呼んでいます。

始原生殖細胞では、新たな個体を生み出すための能力を獲得する際に、ゲノムの修飾が変化する、つまり、エピゲノムが再度プログラムされる(リプログラミングされる)という事実を発見したのです。

––では今後、始原生殖細胞のエピゲノムを解明していかれるのですか?

はい。ES/iPS細胞から作製した細胞が利用できますから。始原生殖細胞のエピゲノムリプログラミングが解明できれば、細胞を若返らせるような仕組みがわかるかもしれないし、体細胞のエピゲノムについても、その基本が理解できるかもしれないと思っています。

本当に独創的な研究とは?

––エピゲノムの研究は、まさにタイムリーなテーマですね。

12、3年前に私が研究し始めたときは、まだまだ注目されるテーマではありませんでしたよ。特に生殖細胞の研究分野はきわめて地味で、研究者人口も非常に少なくて。しかし、こつこつと研究成果を積み重ねるうちにいろいろと発見でき、今では多くの方が「おもしろい」と言ってくれるようになりました。

––その「地味」な研究テーマを選んだ、そもそものきっかけは?

大学院を出たら何の研究をしようかと、一所懸命考えた末の決断でした。大学院時代の研究テーマとは全く別な分野に進むことになりましたが、自分に最も興味があるテーマを選択しました。生殖細胞は、次世代にゲノムを伝えるという大切な役割を負っているのに、それを支える分子基盤はほとんど未解明でした。地味な分野ということで少しためらいもありましたが、未解明ということは、自分が開拓できる可能性があることだとも思えました。

––実際に、生殖細胞という研究分野の開拓者になられましたね。

独創的な研究とは何かということを、大学院時代によく考えました。流行にとらわれず、独創性を追究された指導教官の月田承一郎先生の影響が大きかったと思います。月田先生はよく「凡人にも可能な独創的研究とは、教科書にすでにある知識の上に、また一つ積み重ねるようなものである」とおっしゃいました。そのためには、基礎的な勉強をしっかりするようにとの指導を受けました。「斎藤、勉強してへんなあ」という言葉が今でも励みになっています。

私が飛び込んだ生殖細胞の研究は、発生学という学問分野に属していました。そこへ私は、大学・大学院時代に学んだ分子生物学的な研究手法を持ち込んだのです。そして、個々の細胞に含まれる全遺伝子の発現を定量的に調べる手法も開発しました4。その手法で、始原生殖細胞とその周囲の細胞1個ずつについて解析して、いろいろな因子や現象を発見することができたのです5~8

––今年度のJSTの戦略的創造研究推進事業ERATO型研究に採択されました。これからの研究への抱負は?

まず、マウスを使ってエピゲノムの仕組みを詳しく解明していきます。さらに、人間により近いサルにおける始原生殖細胞の研究を進め、マウスとの違いも明らかにしたいと思っています。

いずれの研究も、今までと同じように、細胞の遺伝子発現を定量的に調べていくつもりです。こつこつと、自分なりのスタイルで。

––ありがとうございました。

聞き手は藤川良子(サイエンスライター)。

*ES細胞は胚の内部細胞塊を培養して得た、iPS細胞は皮膚細胞などから誘導して得た多能性細胞。ES/iPS細胞は、ES細胞またはiPS細胞の意。

参考文献

  1. Hayashi K. et al. Cell 146: 519-532 (2011).
  2. Ohinata Y. et al. Cell 137: 571-584 (2009).
  3. Seki Y. et al. Development 134: 2627-2638 (2007).
  4. Kurimoto K. et al. Nucleic Acids Research 34, e42 (2006).
  5. Saitou M. et al. Nature 418, 293-300 (2002).
  6. Ohinata Y. et al. Nature436: 207-213 (2005).
  7. Kurimoto K. et al. Genes & Development 22, 1617-1635 (2008).
  8. Yamaji, M. et al. Nature Genetics 40, 1016-1022 (2008).

Author Profile

斎藤 通紀(さいとう・ みちのり)

京都大学大学院医学研究科 生体構造医学講座 機能微細形態学教授、医学博士。1995年、京都大学医学部卒業。1999年、同大学大学院分子生体統御学講座 分子細胞情報学修了。日本学術振興会特別研究員、Wellcome Trust/Cancer Research研究員を経て、2003〜2009年 理化学研究所発生・再生科学総合研究センター チームリーダー。2009年より現職。2009年よりCREST研究代表、2011年よりERATO研究統括。2009年、文部科学大臣若手科学者賞受賞。

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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