グーグル・ディープマインドはAI開発競争の先頭を走り続けられるか?
グーグル・ディープマインド社の英国ロンドン本社の中央スペースに鎮座する抽象的な金属彫刻。 Credit: Dan Kitwood/Getty
Demis Hassabisが追い求める夢を「小さい」と批判する人はいなかった。
2016年、Hassabisが共同で設立したディープマインド社(DeepMind)が開発した人工知能モデルが囲碁のトッププレーヤーを破って世界に衝撃を与えると、彼はさらに高い目標を掲げた。彼は2019年に、自分の目標は自社のAIツールでノーベル賞を受賞することだと同僚に語っている。
Hassabisとディープマインド社のJohn Jumperは、わずか5年でこの目標を達成した。彼らはタンパク質構造予測に革命を起こしたAI「AlphaFold」を開発した功績により、2024年にノーベル化学賞を共同受賞した(2024年12月号「ノーベル化学賞はAlphaFoldの開発者らに」参照)。
AlphaFoldは、ディープマインド社がこの10年間に達成した一連の科学的成功の1つに過ぎない。神経科学者にしてゲーム開発者でもあるHassabisは、2010年に同社を共同設立した時に、その目的を「産業界に世界レベルの科学研究機関」を作ることだと語っている。同社はその目的を追求するに当たり、AIの開発に科学的手法を適用し、リスクを予測して潜在的な害を小さくすることで倫理的かつ責任あるAI開発を行おうと努めてきた。ディープマインド社は2014年に約4億ドル(当時の為替レートで約400億円)でグーグル社(Google)に買収されたが、報道によれば、同社は買収に応じる条件としてAI倫理委員会の設置を求めたという。
現在グーグル・ディープマインド社は、他の科学分野でもAlphaFoldのような成功を収めることに挑戦している。Hassabisは、「私たちは今や、ほとんど全ての科学分野にAIを応用しています」と語る。
しかし、Hassabisが目指した科学と産業のマリアージュを取り巻く環境は、彼が「目覚めの瞬間」と呼ぶ2022年のChatGPTのリリースを境に激変している。チャットボットとそれを支える大規模言語モデル(LLM)の登場は、社会全体でのAIの利用を爆発的に増加させると同時に、資金力豊富なライバルが続々とAI開発事業に参入して、人間のように幅広い知的能力を持つ汎用人工知能(AGI)の実現を目指してしのぎを削る状況を生み出した。
グーグル・ディープマインド社は現在、機械学習研究を続け、科学に特化したモデルを開発しながら、自社のLLM「Gemini」の改良版を含む商用製品を毎週のようにリリースしている。この加速は責任あるAI開発を困難にし、複数の元社員の証言によれば、一部の社員は自社の商業志向の強まりに不満を抱くようになっているという。
こうした状況は、ディープマインド社はどこを目指しているのか、そして、タンパク質構造予測以外の科学分野でもAlphaFoldのような画期的な成功を収めることはできるのかという疑問を投げ掛けている。
AlphaFoldチームのメンバーがタンパク質構造の予測結果を検討している。 Credit: Alecsandra Dragoi for Nature
ノーベル賞への道
キングスクロス(英国ロンドン)のテクノロジー拠点にあるグーグル・ディープマインド社の本社の受付ホールには幾何学的な彫刻が輝き、エスプレッソの香りが漂っている。時間は貴重で、全世界に500〜1000人いるとされるスタッフは、オフィス間の数百mを移動するのにキックボード型スクーターを利用することができる。
その洗練された様子は、創業期の質素さとは隔世の感がある。ヘルティ大学院(ドイツ・ベルリン)で人工知能倫理を研究する計算機科学者のJoanna Brysonは、神経科学と機械学習のアイデアを融合させて汎用AIシステムを構築しようとしていた創業期のメンバーについて、「彼らはまさしく超天才でした」と語る。「誰もが欲しがる12人でした」。
ディープマインド社のオフィスで、John JumperとPushmeet Kohliが研究者のOlaf Ronnebergerと会話している。 Credit: Alecsandra Dragoi for Nature
ディープマインド社は、深層学習と強化学習の先駆けとなった。深層学習とは、ニューロンの働きをシミュレートした人工ニューラルネットワークを使って実世界の例を学習し、データ内の関連性を見つけ出す手法であり、強化学習とは、AIモデルが試行錯誤を繰り返して報酬を最大にする行動を学習する手法である。ディープマインド社は2015年にこれらのAI手法を用いてモデルにアーケードゲームのプレー方法を教え1(2015年5月号「知覚情報をもとに自ら学習する人工知能」参照)、2016年に囲碁を習得させると2(2016年3月号「人工知能が囲碁をマスター」参照)、いよいよ同社にとって最初の科学的課題である「タンパク質を構成するアミノ酸の配列から三次元構造を予測する」ことに着手した3(2022年7月号「タンパク質構造予測AIによる革命と『その先』」参照)。
Hassabisは1990年代にケンブリッジ大学(英国)の学部生だった頃に初めてタンパク質構造予測の問題に出合い、これを「いつの日かAIが解決に役立つ可能性のある課題」として認識した。AIの学習には、実例のデータベースと、モデルの進化の指針となる成功の明確な指標が必要だ。既知のタンパク質構造を長年にわたって蓄積してきたデータベースと、構造予測の精度を判定する権威あるコンペが存在していたタンパク質構造予測には、その両方がそろっていた。
さらに、タンパク質のフォールディング問題は、Hassabisにとって非常に重要な条件を満たしていた。それは、ひとたび解決されれば下流の研究や応用への枝分かれが始まる「ルートノード(root node)」問題であることだ。彼は、このタイプの問題には「5年、10年という時間と膨大なコンピューター、そして大勢の研究者を投入する価値」があると言う。
ディープマインド社は2018年にAlphaFoldの第1版を公開し、2020年には、その性能は他のどのチームのツールも大きく凌駕するようになっていた。同社のスピンオフ企業であるアイソモーフィック・ラボ(Isomorphic Labs)は、AlphaFoldを創薬分野で使うことを目指している。また2億件以上のタンパク質構造予測を収録するディープマインド社のAlphaFoldデータベースは、世界中で個体数が減少しているミツバチの病気に対する免疫力の向上から、シャーガス病(生命を脅かす恐れのある寄生虫感染症)の治療のための抗寄生虫化合物のスクリーニングまで、幅広い研究に使われている4。
ディープマインド社にとって、科学は単に解くべき問題の供給源ではない。同社の科学部門を率いるPushmeet Kohliは、自分たちはAI開発の全てに対して科学的な方法でアプローチしようとしていると語る。研究者はそれぞれの問題について第一原理に立ち返り、新たな手法を試みる傾向があると彼は言う。AI企業オービタル・マテリアルズ(Orbital Materials、英国ロンドン)の最高経営責任者であるJonathan Godwinは、2022年末までグーグル・ディープマインド社の研究員を務めていたが、彼もまたディープマインド社の特殊性について、「他の多くのAI企業のスタッフは技術者に近く、創意工夫は凝らすものの基礎的な発見は行いません」と説明する。
しかしながらGodwinは、ディープマインド社がAlphaFoldのような大成功を再び収めるのは難しいだろうとみている。「科学的な取り組みの中で、ああいうふうに進められるものは多くはないからです」。
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ディープマインド本社ビル内の二重らせん状の階段に立つJohn JumperとPushmeet Kohli。 Credit: Alecsandra Dragoi for Nature
Kohliによると、グーグル・ディープマインド社は、AIが開発を加速でき、「大きな変革をもたらす影響」を及ぼすことが期待される複数の課題にリソースを投入しているという。これには、気象予報5や、クリーンで豊富なエネルギー源となる可能性のある核融合などが含まれている。同社は厳格な選考プロセスでプロジェクトを選定するが、個々の研究者は、どの問題に、どのようなアプローチで取り組むかは自ら選択できるという。こうした問題に用いられるAIモデルには、特殊なデータと、知識をプログラムに組み込む研究者が必要となることが多い。
中でも有望なプロジェクトとしてKohliが挙げるのは、2025年6月に始まったAlphaGenomeである。これは、ヒトの長い非コードDNA領域(遺伝子と遺伝子の間に存在する塩基配列)を解読して、その機能を予測しようとする試みだ6。しかし、1つの塩基配列が複数の機能を持つこともあるため、この課題はAlphaFoldの課題よりも難しい。
同社がAIによる革命を起こそうとしているもう1つの分野は材料科学だ。材料のモデル化もまた難しい。原子核と電子の間の複雑な相互作用は、近似でしか扱えないからである。そこでディープマインド社は、シミュレートされた構造のデータベースからの学習により、GNoMEモデルを開発した。GNoMEモデルは2023年に、40万種類の潜在的に新しい物質を予測した7。Kohliによると、研究チームは現在、機械学習の手法を用いて、物理学の原理には頼らずに電子の相互作用の例から学習することにより、電子の挙動をより良くシミュレートする方法を開発中であるという。最終的な目標は、磁性や超伝導性といった特定の性質を持つ材料を予測できるようになることだと彼は言う。「可能であれば、AIが望む『魔法のような性質』を持つどんな材料でも設計できるようになる時代を見たいのです」。
AIモデルには、生物兵器の開発に悪用されるリスクから人種やジェンダーに基づく偏見の固定化まで、さまざまな安全上の問題があることが知られていて、これらの問題はモデルが世に送り出されるときに顕在化する。社会の中でAIが活躍しそうな領域を探すグーグル・ディープマインド社の「インパクト・アクセラレーター」を統括するAnna Koivuniemiによれば、同社には責任と安全に関する専門委員会が設置されていて、この委員会は社内で横断的に活動し、開発の主要な段階ごとに助言を与えているという。委員会のメンバーは、外部の専門家の意見も聞きながら、アイデアのどんな点が問題となり得るかを検証するストレステストを実施する。「私たちは非常に真剣にこれに取り組んでいます」と彼女は言う。
Godwinは、グーグル・ディープマインド社のもう1つの強みは、同社の研究者らが追求しているAIが、世界が最終的に求めるタイプのAIと一致している点にあると言う。「人々は本当は、自分の顔を使った取るに足らない生成動画がソーシャルメディアに出回ることなど望んでいません。彼らが求めているのは、無限のエネルギーや病気の治癒なのです」。
けれども現在、AIを科学に役立てようとする企業はディープマインド社だけではない。LLMの開発を始めた企業の一部が、「科学のためのAI」というHassabisの夢に賛同し始めているようなのだ。2025年9月から2カ月の間に、オープンAI社(OpenAI、米国カリフォルニア州サンフランシスコ)とミストラル社(Mistral、フランス・パリ)の両社が、科学的発見に特化したチームを立ち上げた。
変化への懸念
AI企業や研究者にとって、オープンAI社が2022年にChatGPTをリリースしたことは全てを一変させる出来事だった。Hassabisはその成功について、「誰にとっても、非常に意外なことでした」と語る。
この転換点を経て、ディープマインド社は2023年にグーグル社の主要なAI研究チームの1つであるグーグル・ブレイン(Google Brain)と統合された。その目的は、グーグルのAI研究を集中させて、他社とのLLMリリース競争に臨むことにあった。新生グーグル・ディープマインド社は、2023年12月にグーグル初の商用LLM「Gemini」を発表した。AI開発の加速により、同社は研究成果だけでなく商業的成果も求められるようになったとHassabisは言う。
彼は、これにより投資や計算資源や仕事の強度は増したが、純粋な研究に集中し、技術の影響を予測し、責任を持って展開することは難しくなったと言う。「商業的なサイクルに組み込まれてしまうと、こういうことはどうしても難しくなってしまいます」。
Godwinは、この変化により人材獲得競争も激化し、同社は最先端を走り続けるためにエンジニアリングを重視する文化を強めざるを得なくなったと説明する。それでも、科学のためのAIの研究に従事するグーグル・ディープマインド社の研究者らは、他のプロジェクトの研究者ほどは商業的な要請を受けていないと言う。
競争の激化が、研究成果の公開に対するグーグル・ディープマインド社の姿勢にも影響を及ぼし始めていることを示す証拠がいくつかある。統合時にグーグル・ブレインからグーグル・ディープマインド社に移籍したAI安全研究者のNicholas Carliniは、「この会社で論文を発表することが困難になった」と訴える公開書簡を発表して同社を去った。例えば、NeurIPS、ICLR、ICMLという3つの主要AI学会において、ディープマインド社、グーグル・ブレイン、グーグル・ディープマインド社に所属する研究者が共著者として名前を連ねている論文の総数はこの数年で急増しているものの、全体に占める割合は、2018年のピーク時の10.5%から2024年の4.5%まで低下している(「ディープマインドの研究成果」参照)。
SOURCE: NATURE Analysis
また、グーグル・ディープマインド社は2025年2月に同社のAI原則から「AIを監視や兵器には応用しない」とする約束を削除することを決定したが、一部のスタッフがこの決定に対して異議を唱えている。
2025年4月にはFinancial Timesが、軍事関与に関する同社の姿勢に抗議する英国オフィスのスタッフ約300人が労働組合を結成する動きを見せていると報じている。
グーグル・ディープマインド社の広報担当者はNatureに、「弊社のAI原則の更新は全面的な変更ではなく、約束をより深いものにするためのものです」と語った。「利益がリスクを大幅に上回るような領域でAIを追求するという弊社の核心的な約束は変わりません」。広報担当者はまた、同社が「研究チームの論文発表能力と広範な研究エコシステムに貢献する能力を維持するため」に定期的に方針を更新しているとも述べた。同社は2024年に主要なAI学会で採択された論文における自社のシェアは長期平均と同程度だったと計算しているが、この計算は、グーグル・ディープマインド社の現職のスタッフによる年間発表論文数を追跡したものである。
他のAI企業と同様、グーグル・ディープマインド社もAGIを追求している。AGIとは、あらゆる認知課題において卓越した成績を収めることのできる知能を持つシステムを指す、やや曖昧な用語である(2025年3月号「AIの知的レベルはどこまで人間に近づいたのか?」、同年8月号「オープンAI社のチーフサイエンティストがAI研究の展望を語る」参照)。LLMを専門とする多くの企業は、LLMをスケールアップし、利用可能なデータと計算能力を増大させることで、どんな課題にも対応できる汎用的なスキルを発達させ、AGIに到達することができると信じている。
しかしHassabisは、そのためにはAI手法における新たな概念的ブレークスルーが必要かもしれないと言う。
この点において、一部の研究者は、グーグル・ディープマインド社の幅広い研究基盤が実を結ぶ可能性があるとみている。ニューヨーク大学(米国)の神経科学者のGary Marcusは、「グーグル・ディープマインド社には他社には見られない知的多様性があります」と言う。「私は常に、LLMに重点を置く他社よりもグーグル・ディープマインド社の方がAGIに到達する可能性が高いと考えてきました」。
サウサンプトン大学(英国)の計算機科学者であるWendy Hallは、グーグル・ディープマインド社とAGIを追求する他社とのもう1つの重要な違いを指摘する。それはHassabisが「自分たちが取り組んでいる技術の限界を理解しており」、AGIの達成が人類にとって何を意味するかについて、よく考えている点であるという。
Hassabisは、自分には、シリコンバレーの「move fast and break things(素早く動いて、破壊せよ)」という手法とは対照的に、責任ある科学的アプローチの模範を示す義務があると感じていると語る。Brysonは、このようなプレッシャーはあるものの、グーグル・ディープマインド社は他社よりも良い形でAGIを追求できるかもしれないと言う。「欧州に拠点を置く彼らには一定の距離感がありますし、金もうけだけを目的としてはいないからです」と彼女は言う。「それで十分かどうかは分かりませんが」。
翻訳:三枝小夜子
Nature ダイジェスト Vol. 23 No. 2
DOI: 10.1038/ndigest.2026.260234
原文
Google DeepMind won a Nobel prize for AI: can it produce the next big breakthrough?- Nature (2025-11-20) | DOI: 10.1038/d41586-025-03713-1
- Elizabeth Gibney
- ロンドンを拠点とするNatureの上級記者
参考文献
- Mnih, V. et al. Nature 518, 529–533 (2015).
- Silver, D. et al. Nature 529, 484–489 (2016).
- Jumper, J. et al. Nature 596, 583–589 (2021).
- Ros-Lucas, A. et al. Comput. Struct. Biotechnol. J. 27, 1838–1849 (2025).
- Price, I. et al. Nature 637, 84–90 (2025).
Avsec, Ž. et al. Preprint at bioRxiv https://doi.org/10.1101/2025.06.25.661532 (2025).
- Merchant, A. et al. Nature 624, 80–85 (2023).
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