long COVID研究を主導する患者たち
long COVIDでは、疲労、労作後倦怠感、ブレインフォグなどに悩まされることが多い。 Credit: Maria Korneeva/Moment/Getty
2020年3月、カリフォルニア大学バークレー校(米国)で公共政策の修士号の取得を目指して勉強していたLisa McCorkellは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を発症した。症状は軽く、医師は彼女に自己隔離を指示し、2、3週間後には回復するだろうと言った。けれども数週間どころか数カ月たってもMcCorkellの体調は回復せず、疲労、目まい、息切れといった謎の衰弱性の症状に悩まされるようになった。ジョギング愛好家だった彼女は、少しの労作で動悸(どうき)がするようになってしまった。
McCorkellは医師たちに説明を求めたが、間もなく、彼らもこの状態について自分が知っている程度のことしか知らないのだと気が付いた。さらに問題を複雑にしたのは、パンデミックの初期には重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)を検出できる高品質な検査が普及していなかったため、多くの医師がそもそも彼女の症状は本当にCOVID-19によるものなのかと疑問視していたことだった。「私の訴えを真剣に聞いてくれる医療従事者はいませんでした」とMcCorkellは言う。「おかげで私は医療制度から弾き出されたような感じになってしまったのです」。
そこで彼女は同じ不可解な症状といら立ちを抱える人々に目を向け、後にCOVID-19後遺症(long COVID)と呼ばれることになる疾患を持つ人々の支援グループに参加した。McCorkellと数人の仲間たち(その多くが研究経験者だった)は、情報交換をしていくうちに、自分たちが共有している情報は、long COVID患者だけでなく、この疾患を研究しようとする人々にも役立つかもしれないと思い付いた。そこで彼女らは、long COVIDや他の慢性疾患に関する基礎研究や臨床研究をデザインし、助言し、さらには基礎研究や臨床試験の資金も提供する非営利団体「患者主導型研究共同体(PLRC:Patient-Led Research Collaborative)」を設立した。
PLRCが実施し、2021年に結果を発表した調査では、long COVID患者が経験する200以上の症状が列挙されている(H. E. Davis et al. eClinicalMedicine 38, 101019; 2021)。long COVIDは、この研究によって有名になったとみる人もいる。ソルトレークシティー(米国ユタ州)でlong COVIDとその関連疾患の治療を専門に行っている医師のLucinda Batemanは、「この研究が人々の関心を喚起したのです」と言う。「このときから、さまざまな人たちが、long COVIDを意識するようになったのです」。
この数年で、PLRCや同様の患者主導型組織によってlong COVIDに関する研究プログラムが開発され、患者主導型組織がなかったら検討されなかったかもしれないような治療法の早期臨床試験が始まっている。患者支援者の多くは、このような取り組みは極めて重要だと考えている。彼らはまた、こうしたプログラムから得られた成果は、long COVIDの理解を進める上では、米国立衛生研究所(NIH)が主導する11.5億ドル(約2200億円)のRECOVERイニシアチブから資金提供を受けたプログラムで得られた知見より有益であるとも考えている。long COVID患者やその支援者たちは、RECOVERイニシアチブは患者のニーズに必ずしも耳を傾けていないと批判している。
long COVIDの症状を考えると、研究に参加するのはかなりつらそうだが、多くの患者支援者は、患者に選択の余地はないと言う。英国国民保健サービス(NHS)病院トラストで患者の研究への参加を調整しているMargaret O'Haraは、自身もlong COVIDのため休職中だが、患者はそのくらい追い詰められているのだと言う。「寝込んでいるとしても、やるしかないのです。研究に参加しないで将来苦しむのは自分だからです」。
多様な症状
PLRCが実施したlong COVIDの症状に関する研究は、この疾患に関する最初の大規模研究だった。研究の基礎となるデータの収集は容易だった。調査には56カ国の3800人近い患者が参加したが、その多くは、PLRCが由来するネットワークBody Politicをはじめ、世界各国のlong COVID患者支援グループのメンバーだったからである。著者らがデータを分析したところ、10以上の器官系で、数多くの症状が見られた。
この研究により、long COVIDで最も多い問題は、疲労、労作後倦怠感(労作後に症状が悪化すること)、およびブレインフォグ(脳の霧)と呼ばれるようになった認知機能障害であることが明らかになった。参加者の86%近くが労作をきっかけとする再発を報告し、87%が主な症状を疲労と回答した。また88%がブレインフォグを報告し、認知機能障害の訴えに年齢層による差はなかった。
Lisa McCorkellは、long COVID研究に助言するための患者主導型の非営利団体を共同で設立した。 Credit: Marissa Leshnov for Nature
この論文の被引用数は1000を超え、約60の政策声明で言及され、その綿密な分析により、long COVID研究における代表的な論文と見なされている。けれどもMcCorkellは、論文のインパクトはもっと根本的なところにあると考えている。「私たちがこの研究で実証したのは、患者が質の高い研究を主導できるということ、そして、ある疾患について包括的な研究を行うためには、患者が主導することが欠かせないということなのです」。
この研究が、無報酬の、しかも多くは障害を自覚しているボランティアによって実施され、資金援助を受けていないことを考えると、これだけの成果を上げられたことは注目に値する。対照的に、long COVID研究イニシアチブの多くは一部の症状だけに重点を置いている傾向があり、全体像を見落とす危険性があると、McCorkellは指摘する。
マサチューセッツ工科大学(MIT、米国ケンブリッジ)の研究員で、long COVIDや他の感染症に関連した慢性疾患の解明に取り組んでいるBeth Pollackは、「こうした疾患は非常に複雑です。私は、これらの複雑さをそのまま受け入れることが本当に大切だと考えています」と言う。「多様な症状があり、十分に研究されていない疾患では、患者の話を聞き、その症状の微妙な特徴を捉えることからナレッジベースの構築が始まるのです」。
患者仲間からの情報収集
米国ミネソタ州ミネアポリス在住の薬剤師だったMartha Eckeyは、2020年初頭にCOVID-19に似た病気になった。彼女はひどい疲労感に襲われ、どれだけ寝ても疲れが取れず、一時期は何日も寝込んでいた。病院に行っても、医師は何の答えも持っていなかった。治療法を求めて必死になっていたEckeyは、long COVID患者たちのオンラインコミュニティーに目を向けた。
そこには、処方薬から市販のサプリメントまで、さまざまな治療法を試している人々がいた。しかし、これらの治療法の有効性は、おおむね個人的な逸話に限られていた。
どの治療法が有効だったのかをもっと包括的かつ体系的に把握しようと、EckeyはTREAT MEという調査をデザインした。この調査では、long COVIDと筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)の患者に対して、その経験について質問した。質問には、150種類の医薬品とサプリメントのリストの中のどれかを試したことがあるか、といった項目も含まれていた。調査に回答した患者は4000人以上になった。
回答を分析したEckeyは、long COVIDと他の慢性疾患との共通点を明らかにした。調査によってlong COVIDに最も有効とされた治療法のいくつかに、ベータ遮断薬と心不全治療薬のイバブラジンなどがあった。これらの薬はCOVID-19によって誘発されることのある体位性頻脈症候群(POTS)という神経系障害の治療に使われることがある。Eckeyはまた、物質使用障害の治療に用いられるナルトレキソンという非オピオイド薬により症状が緩和されたと報告する人々がいることも発見した。ナルトレキソンは、低用量では抗炎症作用と鎮痛作用がある。
マウント・サイナイ医科大学アイカーン医学系大学院(米国ニューヨーク)でリハビリテーションとヒューマンパフォーマンスを専門にしている理学療法研究者のDavid Putrinoは、TREAT MEの調査は単純かつ非常に重要なことを捉えていると評価する。「それは、『あなたが今、効果を感じている薬は何ですか?』という、ごく基本的な質問です」。この調査の結果は、long COVIDに関する彼の研究の指針となっているという。
少なくとも医学的に評価された薬以外のものは使いたがらないのです
患者の声に耳を傾ける
TREAT MEは科学者や研究財団からも注目され、彼らは間もなくこの情報が自分たちの取り組みの指針となり得ることに気付いた。そうした団体の1つに、long COVIDやME/CFSなどの感染症関連慢性疾患を研究している非営利団体オープン・メディシン財団(OMF:Open Medicine Foundation、米国カリフォルニア州アゴウラヒルズ)があった。
臨床検査技師であるLinda Tannenbaumは、娘のME/CFSの診断と治療を求めて奔走していたときに数々の困難に遭遇した経験から、2012年にこの財団を設立した。その最初の二重盲検無作為化プラセボ対照臨床試験では、低用量ナルトレキソンとピリドスチグミンの評価が行われる。ピリドスチグミンは、随意筋の運動に影響を及ぼす自己免疫疾患の治療に用いられる薬である。臨床試験では、これらの薬は別々に、または組み合わせて投与されることになる。Tannenbaumは、臨床試験でどの症状を評価するかを決定するのにTREAT MEの知見が役に立ったと述べている。
「私たちの最初の臨床試験で低用量ナルトレキソンの評価をするのは、患者からの要望があったからです」と彼女は言う。TREAT MEは、long COVID患者の多くが、低用量ナルトレキソンはブレインフォグの軽減に役立ったと報告していることも示した(go.nature.com/3qy2tpj参照)。これらの結果を踏まえ、OMFは、認知機能を検査するためのパラメーターも臨床試験に組み込んだ。低用量ナルトレキソンもピリドスチグミンもlong COVIDの治療に使われているが、多くの患者が報告しているように、医師たちは処方に消極的であることが多い。理由は、その有効性を示す正式な無作為化比較対照試験がないからだ。Batemanは、「医師たちは、承認された薬や、少なくとも医学的に評価された薬以外のものは使いたがらないのです」と言う。彼女の経験では、ME/CFS患者やlong COVID患者の治療にこれらの薬を使用する場合、保険会社も、裏付けとなる強力なエビデンスがないことを理由に治療費の支払いを拒むという。
多くの患者支援者は、人々が既に使用している種類の薬についての臨床研究が不十分だと指摘している。RECOVERイニシアチブは2024年2月に、より多くの介入法を評価し、SARS-CoV-2感染の長期的な影響を調べるために、今後4年分の追加資金5億1500万ドル(約800億円)を受け取った。けれどもRECOVERイニシアチブがこれまでに着手したのは、2023年7月に患者登録を開始した抗ウイルス薬パキロビッド(ニルマトレルビルとリトナビルの合剤)の臨床試験と、2024年3月に最初の参加者を募集したイバブラジンと免疫グロブリン静注の臨床試験だけである。
RECOVERは、コンピューターゲームにブレインフォグを軽減させる効果があるかどうかを検証する計画について、症状の有意な軽減にはつながらないだろうと批判されたことがある。また、long COVID患者の多くが労作後倦怠感を経験しているにもかかわらず、エクササイズの臨床試験を計画することにしたことでも非難を浴びている。
「行動療法を多く取り入れた介入や薬物療法に頼らない介入に重点を置く臨床試験はたくさんありますが、患者コミュニティーは、こうした点は重視していないのです」とMcCorkellは言う。「患者にとって重要なのは、long COVIDの病態の深刻さと、それが彼らの生活の質(QOL)にどれほど大きな影響を及ぼしているかについて、誤解されていることなのです」。
RECOVERの広報担当者はNatureに、コンピューターゲームの臨床試験は既に参加者の登録を開始しており、エクササイズの臨床試験はまだ開始予定であると語った。彼らは、これらの介入は安価で、long COVIDの症状の幅の広さを考えれば、一部の患者の助けになる可能性があると強調する。また、これらの臨床試験を進めることは、他の治療法を試験するための枠組みを開発する助けになるとも語った。
霧を晴らす
ブレインフォグに悩まされている研究者も多い。 Credit: Kobus Louw/E+/Getty
最初にCOVID-19に罹患してから数週間後、Hannah Davisはひどいブレインフォグに悩まされていた。どのくらいぼんやりしていたかというと、2つの文を続けて話すこともできないほどだった。当時、データアナリスト兼アーティストとして、機械学習におけるバイアスの問題などに取り組んでいたDavisは、自分の認知機能が正常に戻るのを待ち続けたが、いつまでたっても戻らなかった。PLRCの共同設立者の1人であるDavisは、「本当にひどい認知機能障害があり、その状態が今も続いているのです」と言う。
ヴァンダービルト大学医療センター(米国テネシー州ナッシュビル)で集中治療に携わる医師で科学者のWes Elyは、ブレインフォグは人々の生活に大きな影響を及ぼしていると言う。彼によると、long COVID患者には、しばしば「軽度から中等度の認知症のような」タイプの認知機能障害が見られるという。
アルツハイマー病と、これに関連する認知症の治療法を研究しているElyは、2020年にlong COVIDに伴う認知機能障害の研究にも挑戦することを決めた。彼はすぐに、long COVIDの病態が非常に複雑で、認知機能障害にとどまらない症状を伴うものであることを認識した。
この現象を包括的に理解するため、彼は患者コミュニティーに目を向け、やがてDavisとJaime Seltzerを協力者に選んだ。Seltzerは、非営利団体MEアクション(ME Action、米国カリフォルニア州サンタモニカ)の科学・医療アウトリーチ担当ディレクターである。彼らは共に、関節リウマチや円形脱毛症、急性のCOVID-19の治療に使われる免疫調節薬バリシチニブの効果を評価する臨床試験を立案した。「この病気と共に生きている人々から学びたかったのです」とElyは言う。
3人組は他の米国の研究者と共に、バリシチニブのlong COVID治療薬としての効果を評価する550人規模の臨床試験を計画した。現在、この臨床試験はNIHから資金提供を受け、2024年内に患者の登録を開始する予定である。
Seltzerは、患者と科学者との効果的な協力関係は、より効果的で的を絞った研究を可能にし、双方に等しく利益になると考えている。彼女は、「私たちは、科学者の研究をより良くするためのリソースを持っています」と言い、患者の実体験は、研究の優先順位を決める上で主要な役割を果たし得ると主張する。例えば、症状の負荷に基づいて限られた資金を最も効率良く配分する方法を見つけたり、症状の有病率と重症度に関する背景を提供したり、臨床試験のデザインにおいて症状の改善を最も効果的に把握する方法を特定したりすることができるという。Seltzerは、これらはいずれも治療法のブレイクスルーを早めることにつながるはずで、患者と研究者の双方にとって有益だと言う。
微小血栓の謎
2022年の晩秋、McCorkellはPutrinoのチームの臨床試験に参加するためにニューヨークに飛んだ。研究の目的は、long COVID患者の体内に微小血栓(microclot)があるかどうかを調べることにあった。微小血栓は、脳や身体への血流を阻害することで疲労やブレインフォグといった症状を引き起こすと考えられている(2022年11月号「COVID-19罹患後症状と微小血栓の謎」参照)。微小血栓についてはまだまだ不明な点が多く、long COVID患者の何割にあるのかも、どのようにして形成されるのかも、そもそもlong COVIDとの間に因果関係があるかどうかも分かっていない。
McCorkellが提出した血液試料を蛍光顕微鏡で分析した結果、微小血栓の存在が確認された。それは「警鐘」だったと彼女は言う。彼女はそれまでは主に過労を避けることで症状をコントロールしていた。けれども血栓の存在は彼女に、自分の体が現在進行形で損傷を受けている可能性を示唆していた。そこで彼女は、TREAT MEの調査の回答者が役に立ったと報告したサプリメントを摂取し始めた。
Eckeyの結果は、まだ査読のある学術誌では出版されていないものの、調査に回答したlong COVID患者668人のうち40〜70%が、ナットウキナーゼ、セラペプターゼ、ルンブロキナーゼのサプリメントを単独または組み合わせて摂取することで症状が緩和されたことを示している(go.nature.com/43xgyoq参照)。
これらの結果を見たPutrinoは、サプリメントの臨床試験を行うことが重要であると判断した。彼は、今後数カ月以内にルンブロキナーゼの効果を評価する120人規模の臨床試験を開始する予定であり、臨床試験開発のあらゆる段階に患者を参加させてきた。
Putrinoは、「私たちが実施する全ての臨床試験のプロトコルには、患者コミュニティーが参加しています」と言う。彼によるとこれには、患者の症状を悪化させるリスクを最小限にするためにはどのような臨床試験を優先するべきか、どのような症状の評価を行うべきか、何回の通院を要請するべきか、臨床試験の環境はどのようであるべきかなどについて患者に助言を求めることが含まれるという。
McCorkellは、自分が摂取しているサプリメントによって、全身機能が約10%改善したと言う。10%など大した違いではないと思われるかもしれないが、彼女は意味のある進歩だと感じている。long COVIDの研究は困難だが、彼女は、研究に関わり続ける以外に選択肢はないと考えている。「私たちは、自分たちの生活の質を向上させたいという強い願いに突き動かされているのです」。
翻訳:三枝小夜子
Nature ダイジェスト Vol. 21 No. 7
DOI: 10.1038/ndigest.2024.240732
原文
Long COVID still has no cure — so these patients are turning to research- Nature (2024-04-04) | DOI: 10.1038/d41586-024-00901-3
- Rachel Fairbank
- 米国テキサス州ヒューストン在住のフリーランスのジャーナリスト。
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