老化を制御する時代へ
–– 中西研究室では長年老化の研究を行ってきましたが、近年の老化研究の盛り上がりをどのように感じていますか?
中西 私が老化という現象に最初に興味を持ったのは、今から40年近く前、高齢者の病院で臨床実習をしたときのことです。高齢者はどこか1つだけ病気になるのではなく、全身の臓器がさまざまな病気を同時に発症するものだと実感したのです。高齢者の体に共通する何か根本的な原因があるのではないかと、老化に興味を持ちました。
けれども当時は、そのような「個体の老化」を研究する手段がありませんでした。「細胞の老化」という概念は既に提唱されてはいて、細胞には分裂回数に限界があり、分裂できなくなった状態を細胞老化と呼ぶということは知られていました。でも、この細胞の老化と個体の老化という現象には大きな隔たりがあって、両者を結び付けて解析する手段は見つかっていなかったのです。ですから老化の研究者は、培養細胞を用いた実験で、細胞周期やDNA損傷、がんの研究といった側面から老化を間接的に探っていました。
城村 ところが、2011年、中西研究室で私が助教として研究を始めたその年に、米国のヤン・ヴァン・デュールセン(Jan M. Van Deursen)教授がエポックメイキングな研究をNatureに発表したのです1。それによると、老化細胞(=細胞老化を示した細胞)を体から取り除くと、加齢性疾患の症状が大きく改善されると分かったのです。
中西 細胞の老化が個体の老化に関して重要な役割を果たしていることが初めて実証された研究でした。また、老化細胞を体から除去して病態を改善させるという、今に続く老化研究の方向性がこれによって示されたのです。
個体の老化に切り込む武器を手に
–– その後、中西研究室ではどのように個体の老化の研究を進めたのですか?
中西 個体老化の研究をさらに前進させるには何が必要か、城村さんたちと議論を重ねました。体内の老化細胞の性質や動態を詳しく明らかにする実験を行うためには、老化細胞を生きたままに近い形で観察し、解析できる可視化技術が必要だろうとの考えにたどり着きました。
城村 老化細胞解析の目印となるマーカーとしては、いくつかの遺伝子が知られており、私たちはその中でもp16遺伝子(細胞周期を停止させる因子)に着目しながら、詳しく調べていきました。すると、マウス体内の細胞が老化細胞になったタイミングでp16が強く発現することが確認できました。
p16を蛍光マーカーとして使う試みは他の研究者からも報告されていましたが、どの報告によっても発光量が弱く、マーカーとしての性能は悪いものでした。そこで私たちは、遺伝子組換えの技術を工夫することによって、発現は微量でも発光量が大きくなる可視化システムを開発することにし、成功しました2。
中西 これで、個体の老化を調べる武器が手に入りました。世界の老化研究者からの反響も大きかったです。
–– 可視化システムで体内の老化細胞をしっかりと捉えられるようになったのですね。
中西 可視化システムで調べると、培養細胞で見つかっていた老化細胞の特徴の多くが、生体内の老化細胞でも確認できました。例えば、分裂をやめた老化細胞の1つ1つが炎症性物質を細胞外に分泌していることを確認しました。老化細胞から分泌される炎症性物質が慢性炎症(「inflammaging」)を引き起こし、高齢者に見られる老化症状が生じるという説が提唱されていましたが、それを裏付ける観察結果となりました(図1)。
また、加齢に伴って老化細胞が体内に蓄積されていくこと、老化細胞は構造や機能が異常な不良タンパク質を作り出すことも分かりました。例えば神経変性疾患に見られる、疎水性アミノ基が分子外に飛び出して凝集体を形成しやすくなったタンパク質などです。一方、老化細胞は不均一性が大きく、それが存在する組織や臓器によってその特徴や動態が異なることも分かりました。
–– 次々と研究成果を発表されましたね。
城村 可視化システムを用いて、いろいろな解析を並行して進めてきました。まず、老化細胞の除去薬の探索を行いました。生体内の遺伝子を網羅的に解析したところ、GLS1という酵素を阻害すると、老化細胞が死ぬということが分かりました。GLS1はグルタミンをグルタミン酸とアンモニアに変換する酵素で、GLS1阻害剤はがんの治療薬として、他の研究者によって臨床試験が進められていたことから、老化阻害薬としても実装しやすいと考え、解析を進めました。
GLS1の阻害剤をマウスに投与すると、老化細胞が死んで、加齢性疾患が改善することが分かりました3。なぜそうなるのかについては、次のような仕組みであると突き止めました。老化細胞は不良タンパク質を作り出しますが、細胞内には不良タンパク質を分解する過程も備わっています。それは、細胞内の「リサイクル工場」と呼ばれるリソソームという細胞小器官で行われていました。しかし不良タンパク質が増え過ぎると、リソソームの壁が破れてしまい、リソソーム内部の酸性の強い物質が漏れ出て、細胞が死んでしまいます。GLS1はそうならないように、グルタミンを分解してアンモニアを発生させ、細胞内が酸性になるのを防いでいたのです。
–– GLS1は生体内で、老化細胞が死なないように働いているということでしょうか?
城村 はい、そうです。老化細胞には、生体の中で果たす役割もあるようなのです。例えば、皮膚に傷が入ると老化細胞が誘導されて、その老化細胞が皮膚の再生を誘導します。老化細胞はその後に、体内から排除されていくと考えられます。このような働きは肝臓などでも見られ、同様の現象は進化的にかなり下等な生物にも見られるので、生理現象として動物に一般的に保存されているのではないかと想像されます。
ところが哺乳類では、年を取るとともに老化細胞が排除されきれず、少しずつ蓄積されていく。生理現象としての老化に対して、これは老化のエラーなのではないかと考えられます。年を取ると免疫機能が落ちることはよく知られていますが、そうしたことがエラーの起きる要因の1つとも考えられます。
–– 免疫と老化についての研究成果も発表されていますね。
城村 筆頭著者で当時大学院生だったTeh-Wei Wangさんが免疫に興味を持っていて、老化細胞で生成されるタンパク質を網羅的に調べました。すると、免疫の抑制因子として有名なPD-L1(免疫チェックポイントタンパク質)の発現量が、老化細胞で大きく変化していることに気付きました4。免疫系は生体にとって有害なタンパク質を攻撃する働きをしますが、がん細胞はPD-L1を発現して、攻撃を受けないようにしています。老化細胞も、PD-L1を発現して免疫からの攻撃を抑制しているのではないか。だから老化細胞が蓄積されていくのではないかと考えました。
詳しく解析すると、生体中の老化細胞の一部は確かにPD-L1を発現していることが分かりました。そして、年を取るにつれて、PD-L1を発現する老化細胞の割合が増えていることを発見したのです。
中西 つまり年を取ると、老化細胞がPD-L1を発現するようになり、免疫系が老化細胞の排除に失敗し、体内に蓄積されていくのだろうと推測できました(図2)。
老化を制御できる日に向かって
–– 今後はどのような研究の展開を考えていますか?
中西 年齢とともに老化細胞が蓄積されていき、慢性炎症などが引き起こされることが、加齢に伴う個体の老化を引き起こすことを、これまでさまざまな角度から明らかにしてきました。老化細胞を除去する薬などが臨床で利用できるようになれば、高齢者の健康寿命を延ばすことに大きく貢献できるはずです。リベルサスプセラピューティクス(reverSASP Therapeutics)社というベンチャー企業を立ち上げましたので、GLS1阻害剤や抗PD-1抗体といった老化細胞除去薬の臨床研究を進め、社会実装できるようにしていきたいと思っています。
老化細胞が作り出す不良なタンパク質を分解する生体の仕組みとしては、リソソームの他に、プロテアソームという酵素が働く経路も見つけています。この分解経路に運ばれるタンパク質には、目印としてユビキチン分子が付加されます。加齢性の神経変性疾患では不良なタンパク質の凝集体が形成されますが、この凝集体をユビキチン化する酵素を発見しました5。この酵素を利用して、神経変性疾患の治療法の開発にもつなげていきたいと考えています。
一方で、私たちが実験に用いているのはマウスです。得られた知見をヒトに応用していくためには、マウスのデータとヒトのデータとを対比させていくことが重要と考えます。どのように対比させていくかを、IT企業のGMOインターネット社と共同で、AIを用いて開発していくことにも着手しています。
–– 城村教授は2022年より金沢大学で研究室を立ち上げました。
城村 新たな研究室でも引き続き、老化細胞のエラーがどうして起こるのかや、老化細胞を除去する方法などの研究を続けていきます。特に老化細胞は不均一性が高いので、一細胞レベルでの解析が重要だと思うのです。老化細胞は例えば肺や肝臓では、互いに離れて1個ずつ存在し続けます。それに対して腎臓では、集合して増えていきます。老化細胞が周囲の細胞とどのような関係性にあるかを臓器ごとに探っていくことも重要と考えています。
老化とがんの関係についても、詳しく研究していきたいです。がんは遺伝子の変異で発症しますが、加齢に伴ってがんの発症率が増えることには、老化細胞の蓄積が環境要因として影響しているのではないかと考えています。老化細胞から分泌される炎症性物質の働きや老化して組織が硬化することなどについて、詳しく探っていく予定です。老化とがんは、細胞の増殖という点から見ると、「増殖の停止」と「無制限の増殖」という正反対の性質を示しますが、免疫系などに対する反応では共通性があるので、興味深いです。
–– 老化を制御できる技術の誕生が現実味を帯びてきましたね。
中西 ヒトの最大寿命はおよそ120歳で、おそらく何百年も変化していないのに対し、平均寿命はどんどん延びています。最大寿命と平均寿命を決める仕組みはおそらく別もので、平均寿命は生活習慣などの影響を大きく受けています。同時に老化のスピードも遅くなっています。生活習慣に気を付けるとともに、役割を終えた老化細胞を除去薬などで取り除いていけば、健康寿命を延ばすことは実現可能だと思うのです。
動物の中にはゾウやハダカデバネズミのように、老化細胞が蓄積されず、慢性炎症を示さない種が見つかっています。そのような動物では、がんや動脈硬化などの加齢性疾患も起きません。個体の老化は自然の摂理、と諦める必要はないのだと思います。
–– ありがとうございました。
聞き手は藤川良子(サイエンスライター)
著者紹介
中西真(なかにし・まこと)
東京大学医科学研究所 癌防御シグナル分野 教授
1985年 名古屋市立大学医学部卒。1989年 博士。自治医科大学、ベイラー医科大学(米国)、国立長寿医療研究センターを経て、1998年 名古屋市立大学医学部生化学第二講座 助教授。2000年 同大学教授。2016年より現職。2023年 医科学研究所所長を兼務。「自分の好きなことを追求する。これが私の研究室のポリシーです」
城村由和(じょうむら・よしかず)
金沢大学がん進展制御研究所
がん・老化生物学研究分野 教授
2003 年 名古屋市立大学薬学部卒。2008 年 博士。米国NIH-NCI博士研究員を経て、2011年 名古屋市立大学大学院医学研究科 助教。2016 年 東京大学医科学研究所 助教。2022年より現職。「私自身は昼夜の区別なく実験をするタイプでしたが、研究室での時間の使い方は各人の自由です。中西研究室の伝統を受け継いでいるんですね」
Nature ダイジェスト Vol. 21 No. 6
DOI: 10.1038/ndigest.2024.240639
参考文献
- Baker, DJ, et al. Nature 479, 232–236 (2011).
- Omori, S, et al. Cell Metabolism 32, 814–828 (2020).
- Johmura, Y, et al. Science 371, 265–270 (2021).
- Wang, T-W, Jomura, Y., et al. Nature 611, 358–364 (2022).
- Li, D, Johmura, Y, et al. Nature Aging 3, 1001–1019 (2023).