がんはニューロンの学習機構を乗っ取る
がんは、正常な細胞機構の調節不全によって生じることが多い。がん細胞は、正常な細胞過程を利用して、自身の生存、増殖、浸潤性を高められるからである。通常の細胞過程を標的として、がん細胞を抑制したり殺傷したりする治療法を開発しようと、多大な努力がなされてきた。しかし、この手法では標的にできないがんが多く存在する。その典型が脳腫瘍で、プログレッションに他の要因が関与していることが示唆されている。このほどスタンフォード大学(米国カリフォルニア州)のKathryn R. Taylorら1は、脳腫瘍が予想外のタイプの細胞過程を利用していることを明らかにし、Nature 2023年11月9日号366ページで報告している。
がん細胞の生存や浸潤性が高まる機構の1つとして、周囲の細胞環境とのコミュニケーションが考えられている2,3。こうした相互作用は、がんのプログレッションや予後に主要な役割を担っているため、強力な治療標的となる可能性がある。今回Taylorらは、グリオーマ(神経膠腫〔こうしゅ〕)およびグリオブラストーマ(神経膠芽腫〔こうがしゅ〕)というタイプの脳腫瘍が、ニューロン間の接続構造であるシナプスの情報伝達機構を乗っ取ることができることを示した(図1)。
図1 脳腫瘍細胞とニューロンの間の接続
a グリオーマやグリオブラストーマでは、ニューロンと腫瘍細胞の間にシナプスが形成される。シナプス前ニューロンはグルタミン酸分子を放出し、こうしたシナプス活動によりBDNFタンパク質の発現が引き起こされ、BDNFは受容体タンパク質TRKBに結合する。TRKBを介したシグナル伝達により、グルタミン酸が結合する受容体AMPARの腫瘍細胞表面に到達する数が増加する。AMPARを介して流れるイオンによってシナプスの活性が亢進する。
b Taylorらは1、TRKB活性の阻害、TRKBの除去、あるいは活動依存性BDNF発現の抑制により、TRKBを介したシグナル伝達が阻害され、シナプスにおけるTRKB依存性のシナプス可塑性が低下し、腫瘍細胞の生存が減少すると報告している。
グリオーマやグリオブラストーマは、シナプスにおけるニューロンの適応的可塑性を利用している。適応的可塑性では、刺激に応じて、ニューロン間の接続性が増強あるいは減衰し得る。シナプス強度のこうした変化は、興奮性シナプスで起こることが多く、神経伝達物質グルタミン酸の放出によって調節される。このようなシナプス強度の適応的な増強は、情報の符号化、保存、検索を仲介して、記憶と学習による行動の基礎を形成すると考えられている。Taylorらは、グリオーマやグリオブラストーマタイプの脳腫瘍の動物モデルで、腫瘍が乗っ取るニューロン可塑性を標的として、腫瘍の増殖を遅らせ、生存期間を延長させることができた。
グリオーマやグリオブラストーマ(go.nature.com/42ty15h 参照)は、中枢神経系の非ニューロンであるグリア細胞(脳やシナプスの機能を調節する)から発生する脳腫瘍である。そして、グリオーマやグリオブラストーマを取り囲むニューロンは、腫瘍細胞と興奮性シナプスを形成する。一般的にグリオーマやグリオブラストーマは、多くの治療戦略に抵抗性であり、臨床的な予後が悪い。特に小児グリオブラストーマは、まれな腫瘍であるが、アグレッシブな脳腫瘍4であり、生存期間の中央値は12~15カ月、5年生存率は20%未満であり、転帰は他の小児脳腫瘍よりはるかに不良である5。
ほとんどの小児グリオブラストーマでは、高親和ニューロトロフィン受容体の1つであるTRKB(tropomyosin-related kinase B)と呼ばれる受容体型キナーゼが高レベルで発現している6。TRKBは、脳由来神経栄養因子(BDNF)によって活性化され、TRKBとBDNFの間のシグナル伝達が、ニューロンの増殖、生存、可塑性を調節する。BDNFによってTRKBが活性化されると、グルタミン酸受容体であるAMPAR(α-アミノ-3-ヒドロキシ-5-メチル-4-イソオキサゾールプロピオン酸受容体)が細胞表面へ誘導されて、シナプス強度が高まる7。
1980~2000年代にかけて、シナプス可塑性の基礎的な分子機構や細胞機構が重点的に研究され、シナプス強度の変化を可視化し調節する技術が開発されて、ニューロンのシナプスにおける変化に介在する分子経路が解明されている8。こうした多数の研究に基づいて、今回Taylorらは、脳腫瘍がシナプス可塑性の機構を乗っ取って自身の増殖と生存を促進する仕組みを明らかにした。
シナプスのAMPARによって、陽イオンは細胞膜を通過して細胞内に流入する、つまり脱分極が引き起こされる。ニューロンとグリオーマ細胞の間のシナプス接続は、細胞内にカルシウムを流入させられるタイプのAMPARを用いている。カルシウム透過性AMPARはニューロン間の正常なシナプスの一部に存在していて、可塑性を誘導できる。グリオーマ–ニューロンのシナプスにカルシウム透過性AMPARが存在すると、活動に依存した変化が可能になる。こうしたAMPARのシナプス局在は、TRKB依存的に増加する(これによってシナプス接続の強度が高まり、ニューロン活動が促進される)7。Taylorらは、このTRKB依存性可塑性がグリオーマ細胞の生存能や増殖能を強力に調節し得ることを発見した。
シナプス可塑性を高める機構としては、シナプス後終末(シナプスにおける神経伝達物質を受け取る側)へのカルシウムの急速な流入や、TRKBのシナプス後細胞での活性化など、多くの機構が知られている。小児のグリオーマやグリオブラストーマでは、TRKBが高レベルで発現し、さらにニューロンと腫瘍細胞の間にシナプスが形成されている。そこで、腫瘍のこうした異常なシナプスでは、TRKBシグナル伝達が役割を担っているのではないかと、Taylorらは考えた。彼女らは、いくつかのモデル系でTRK酵素の機能を阻害する薬剤を用いてこの理論を検討し、BDNF–TRKBシグナル伝達の阻害が治療戦略となり得るかどうかを確かめようとした。
Taylorらは、光遺伝学を利用して、ヒトグリオーマ細胞を移植したマウスの脳においてニューロンを人工的に刺激した。すると、腫瘍の増殖率が有意に上昇し、生存期間が短くなった。しかし、ニューロン活動によってBDNFの発現が低下するBdnf変異型マウスモデルを用いると、腫瘍のプログレッションに対するニューロンの刺激の影響が著しく減少した。つまり、BDNFは、ヒトグリオーマ細胞を移植したマウスでグリオーマの増殖を促進するのだ。また、患者由来のグリオーマ細胞のin vitro培養でも、BDNFによるグリオーマの増殖促進効果が確認された。さらに、遺伝的改変により、患者由来のグリオーマ細胞のTRKBをコードする遺伝子を除去すると、グリオーマのプログレッションが遅くなり、これらの細胞を移植したマウスでは、野生型TRKBを発現するヒトグリオーマ細胞を移植したマウスよりも生存率が上昇した。ヒトグリオーマ細胞を移植したマウスでは、汎TRK阻害剤の投与により生存期間が延長したが、遺伝子改変によりTRKBを欠損するヒトグリオーマ細胞を移植したマウスでは観察されなかった。これらのデータは、TRKBシグナル伝達がグリオーマのプログレッションを調節できることを示している。
グリオーマは、いくつかのタイプの細胞亜集団を含んでいて、正常な神経系細胞のタイプとの類似性に基づいて名付けられている。例えば、ニューロン機能を支えるグリア細胞であるアストロサイトに類似したアストロサイト様腫瘍細胞、ニューロンの軸索投射の周囲に巻き付く細胞であるオリゴデンドロサイトに類似したオリゴデンドロサイト様腫瘍細胞、オリゴデンドロサイト前駆細胞様腫瘍細胞などである。Taylorらは、ヒト腫瘍の単一細胞RNA塩基配列解読データを用いて、TRKB発現とグリオーマ細胞のタイプの間の関係を調べた。アストロサイト様腫瘍細胞では、TRKBの発現は微小管(細胞骨格を構成する要素)に関連するタンパク質の発現と関連していた。対照的に、オリゴデンドロサイト様腫瘍細胞やオリゴデンドロサイト前駆細胞様腫瘍細胞では、TRKB発現は、シナプス遺伝子、特にシナプス前およびシナプス後の機能に関わる遺伝子の発現と関連していた。
Taylorらは、ニューロンの活動がグリオーマの増殖を直接刺激するだけでなく、ニューロンとグリオーマ細胞間の相互作用も強めることを報告している。彼女らは、以前の研究9に基づいて、シナプス相互作用に関わる特定の遺伝子(シナプスの接着因子をコードする遺伝子など)の発現が、シナプスの接触の形成を促す可能性があること、また、BDNF–TRKBシグナル伝達はシナプス可塑性に関わる機構を介してシナプスの強度を高めていることを見いだした。他のさまざまなタイプのがんでも周囲の組織とシナプス様の接触が形成されることから、この機構はがんのプログレッションに広く関係している可能性が示唆される。
Taylorらは、正常な神経シグナル伝達機構と同じように、移植されたグリオーマ細胞にBDNFを投与するとAMPARの細胞膜への輸送が促進されることを示している(図1)。小児腫瘍細胞での遺伝子発現にBDNFが及ぼす影響はわずかであることから、これらの腫瘍細胞におけるBDNFの主な役割は、遺伝子ではなくタンパク質のレベルであることが示唆される。AMPARや、グリオーマ–ニューロンのシナプスに対するBDNF依存性の調節が、ニューロン可塑性の根底にある機構と同じなのかどうかを調べるため、Taylorらはさまざまな手法(電気生理学的手法、電子顕微鏡、免疫染色法、光遺伝学的手法)を用いた。その結果、グリオーマシナプスのシナプス後調節は、シナプスの適応的可塑性を仲介する機構8,10と同様の機構であることが示された。
グリオーマにおいて、シナプスのTRKB依存性可塑性を標的とすることは、新しい治療法になる可能性がある。Taylorらは、他の悪性腫瘍の治療薬として既に承認されているエヌトレクチニブやラロトレクチニブなどの汎TRK阻害剤を用い、TRKB依存性のシナプス可塑性を標的として、小児グリオーマの生存や浸潤性を低下させられる可能性を示唆している。
神経系では、ニューロンの活動とニューロンの成長因子が生存の重要な決定要因である。しかし、ニューロン活動の上昇により、腫瘍のプログレッションも加速され得る。Taylorらは、腫瘍細胞の生存と悪性は、腫瘍細胞がシナプス強度を高め、場合によってはシナプス数を増加させる神経機構を乗っ取る能力によって促されることを示している。
多くの脳疾患で、シナプス機能不全が中心的役割を担っていることを示唆する証拠が増えてきている。神経障害性疼痛(とうつう)、統合失調症、自閉スペクトラム症、運動ニューロン疾患(筋萎縮性側索硬化症)、アルツハイマー病など、さまざまな疾患がシナプスの機能不全に関連しており11-13、今回のデータからがんでも同様のことがいえる。今後の研究では、脳腫瘍などのシナプス機能不全(シナプトパチー)に関連する疾患が、シナプス可塑性の阻害によって治療可能かどうかを検討できるのではないだろうか。この戦略は、広域の治療戦略よりも脳機能への影響が少なく、腫瘍のプログレッションに対して、より的を絞った効果が期待できるかもしれない。
翻訳:三谷祐貴子
Nature ダイジェスト Vol. 21 No. 2
DOI: 10.1038/ndigest.2024.240249
原文
Brain cancer thrives by hijacking mechanisms to boost synapse strength- Nature (2023-11-09) | DOI: 10.1038/d41586-023-03306-w
- Matthew B. Dalva
- チュレーン大学(米国ルイジアナ州ニューオーリンズ)に所属。
参考文献
- Taylor, K. R. et al. Nature 623, 366–374 (2023).
- Boilly, B., Faulkner, S., Jobling, P. & Hondermarck, H. Cancer Cell 31, 342–354 (2017).
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