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がん診断に応用可能な高性能DNAコンピューター

Credit: Tanatpon Chaweewat/iStock/Getty

–– DNAコンピューターとは何ですか?

奥村:半導体を用いる一般的なコンピューターではなく、半導体の代わりに、DNA(デオキシリボ核酸)を用いるコンピューターのことです。コンピューターは計算機ともいわれますが、データとして入力された情報を基に、論理的に推論して結果を導き出すことが「計算」です。この計算を、DNAの化学反応によって行うのです。

DNAは、4種類の塩基(A、T、G、C)の並びによって生物の遺伝情報を運ぶ物質です。またDNAの塩基は、特定の相補的な塩基と対を形成する性質があります。そうしたDNAの性質は、コンピューターとして用いるのに適していると考えられます。半導体のコンピューターよりはるかに小型で電力も不要のDNAコンピューターを作り出せる可能性があり、世界中で研究が行われています。

–– DNAコンピューターの具体的な姿はイメージしづらいですね。

さまざまなものがあり得ますが、例えば、DNAや酵素などを含んだ水溶液を試験管などの容器に入れたものです。今回の私たちの研究では、マイクロRNA(miRNA)という物質を容器に挿入する(=入力する)と、化学反応が進行し(=計算が行われる)、結果を表すDNAが合成される(=出力される)というものです。反応結果の出力は、反応液の蛍光を測定することで得られます。

–– 入力としてmiRNAを選んだ理由は?

miRNAはRNA(リボ核酸)の一種で、がんになると、がん細胞から血液中に放出されることが医学的研究で報告されています。miRNAの種類(すなわち塩基配列の並び方)は多様なのですが、20種類程度のmiRNAの濃度を測定し、その濃度のプロファイリングを見ることでがんの診断に使える可能性があるといわれています。放出されるmiRNAはごく微量なので、測定にはツールの開発が必要です。

miRNAはDNAと塩基対を作る性質があります。そこで私たちは、miRNAを入力として、がんの診断に利用できるような出力を得られるDNAコンピューターの開発を目指すことにしたのです。今回私たちは、その基本的な仕組みの開発に成功し、Natureに発表しました1。DNAコンピューターなら、次世代シーケンサーなどの大がかりな装置を使わなくても、多種類のmiRNAの濃度を素早く計算できるようになります。

DNAコンピューターの化学反応

–– DNAコンピューターの本体となる反応液には、どんな物質が含まれているのですか?

私たちが開発したDNAコンピューターの反応液には、人工的に合成した12〜20塩基対の長さのDNAと、3種類の酵素が含まれています。酵素は、DNAを増幅するポリメラーゼ、DNAを短く切断するエキソヌクレアーゼ、DNAの二本鎖のうちの1本を切断するニッカーゼの3つです。

酵素を用いるシステムは、藤井輝夫(ふじい・てるお、当時東京大学生産技術研究所教授、現在東京大学総長)研究室が既に開発していたものを使いました2。私は藤井研究室の大学院生として、アントニー・ジュノ(Anthony Genot)国際研究員のご指導の下で今回の研究を行いました。

–– DNAにはどんなものを使いますか?

DNAには、調べたいmiRNAの塩基配列と相補的な塩基配列を含むものを用います。これを鋳型DNAと呼びます。鋳型DNAにはあらかじめ工夫を施しておき、計算結果を表す塩基配列(インジケータDNA)を合成するための配列を付けておきます。入力されたmiRNAが、相補的な鋳型DNAと塩基対を形成すると、酵素の働きでインジケータDNAが合成され、増幅されるようにしてあります。インジケータDNAと反応して蛍光を示す分子も入れてあるため、蛍光測定で計算結果が分かります。このようにして、入力miRNAの濃度が、出力であるインジケータDNAの濃度に反映されるような仕組みになっています。

このとき、複数の鋳型DNAを試験管に入れておけば、複数の入力miRNAに対して上記の反応が起こり、複数の入力miRNAの濃度が、1つの出力(インジケータDNA濃度)に収束されることになります。

以上が化学反応の基本の流れですが、コンピューターとしての性能を上げるために、さらに工夫を行いました。

–– どのような工夫ですか?

入力されるさまざまなmiRNAは、診断における重要性がそれぞれ異なります。そこで、それぞれの重要性に従って、出力(インジケータDNA濃度)への影響力を強めたり、弱めたりする調整が必要です。

図1 ニューラルネットワークの構造
一般的なニューラルネットワーク(a)は非線形的な分類をする。今回のDNAコンピューター(b)はニューラルネットワークの構成単位であり、重み付けやバイアスにより線形的な分類を行う。(c)は2入力2段階分類器、すなわち2つの入力からなる濃度パターンについて2段階の計算で3つのカテゴリーに分類する。 Credit: Ref.1

そのための方法として、コンピューターの機械学習で用いられるニューラルネットワークという仕組みを模倣しました。ニューラルネットワークとは、ヒトなどの脳における、ニューロンとニューロンのつながりを、数学的モデルで表したものです(図1)。ニューラルネットワークでは、入力に対して正や負の重み付けをしたり、出力結果にバイアスを付けたりして、入力された情報の重要性に差をつけていきます。

–– 具体的にはどのように操作したのですか?

まず、鋳型DNAの塩基配列の微調整があります。DNAの塩基配列が1つ違うだけでも、大きな違いを生じました。鋳型DNAの濃度はもちろん、反応液の温度も調整に有効でした。

調整には正負の両方の方向がありますが、正の方向への調整は比較的簡単で、鋳型DNAの濃度比を調整することが効果的でした。

一方、負の方向への調整には苦労しましたが、効果的だったのは、「疑似鋳型DNA」を合成する回路を化学反応液に追加することでした。疑似鋳型DNAとは、インジケータDNAと塩基対を形成し、インジケータDNAを切断して分解するように誘導するDNAです。疑似鋳型DNAの塩基配列や濃度は非常に繊細で、わずかな変化でも全く結果が変わってしまうので、設計の最適化には苦心しましたが、何とか実現できました。

こうした方法を使うことで、各miRNA入力の重み付けや出力のバイアスを調整した結果、入力miRNA濃度のさまざまなパターンをインジケータDNAの濃度で分類できるようになりました。例えば、あるmiRNAが一定以上一定未満の範囲にある場合や、10種類のmiRNAのうち半数以上の種類が含まれている場合(多数決回路)、特定のmiRNAが含まれている場合(拒否権)などの分類が可能になったのです。さらにこれらを組み合わせて、3層からなる分類回路を構築することもできました。

なお、いろいろな調整を行った際の出力結果の検証を効率的に行うために、反応容器として微小液滴を用いました。

–– 1つの容器内で複数の化学反応が進行する際に、互いに影響し合って出力が変わってしまうことはないのでしょうか。

想定外の化学反応が進行することがないように制御するのは重要なことです。例えば、対象のmiRNAが存在しないときに誤ってインジケータDNAが合成されると、増幅されて偽陽性を生じてしまう危険があり得るので、少量のインジケータDNAは酵素で切断して分解するようにしました。こうすることで、多層のニューラルネットワークの構築を可能にしました。

微小液滴でニューラルネットワークの性能評価

–– 容器として用いた微小液滴とはどのようなものですか?

図2 反応容器となる微小液滴
藤井研究室で開発された、微小液滴を生成するマイクロ流体デバイスを使用し、さまざまな濃度に調整したDNAや酵素、入力miRNAを含んだ直径50 µmの液滴を大量に作成した。流路の赤と緑は2種類のmiRNAとDNAと酵素の溶液。青はDNAと酵素のみの溶液。これらを界面活性剤を含んだオイル(黄色)に合流させることで液滴を生成。 Credit: Ref.1

私たちが使った微小液滴は、藤井研究室で開発されたもので、直径が50 µmという非常に小さい液滴です。マイクロスケールの流路の中で、界面活性剤を含むオイルとDNAや酵素、入力miRNAを含んだ水溶液を合流させることで生成します。このとき水溶液に与える圧力を変化させることで、さまざまな濃度の水溶液を含んだ均一な液滴をランダムかつ網羅的に作ることができます(図2)。私たちはこの装置を使って、入力となるmiRNAの濃度がそれぞれ異なる数千〜数万もの液滴を作り、入力の濃度と出力の濃度の関係を詳細に調べることができたのです。

微小液滴を使った実験の結果は、入力濃度と出力濃度の関係を二次元の平面上に表示して分析しました。微小液滴を使ったことで、DNAコンピューターの網羅的な性能評価を効率的に行えるようになったのですが、これが今回の私たちの研究がNatureに評価された理由の1つです。

–– 博士論文がNatureに掲載されたのですね。

私は、藤井研究室で2016年からDNAコンピューターの研究を始めました。実は、修士課程が修了し、そろそろ論文をまとめようとしていた矢先の2018年に、米国の2つの研究グループがDNAコンピューターの論文をNatureなどに発表したのです3,4。私たちも同じ方向を目指して研究を進めていたので、彼らに先を越された形になりました。

先を越されたことには驚きましたが、これらの論文は大変面白い研究であり、むしろ、自分が進めている方向には、研究する価値がある領域が広がっているという確信を持つことができました。私たちはそのときに論文を出すのはやめ、この2つの論文よりも高性能のDNAコンピューターを作り上げてから改めて論文を出そうと決意したのです。

この2論文ではDNAコンピューターの反応液に酵素を含めていませんでしたが、私たちは酵素のシステムを使うことで、性能を上げることが可能だろうと考えました。そして、前述のように私はそれを達成し、たった3層ですが、ニューラルネットワークの多層回路をも構築できました。開発の各段階では、性能の評価に微小液滴を活用しました。

–– DNAコンピューターを研究する面白さとは?

私は、大学で機械工学を学んでいたのですが、2回生のときに受けた「生命科学概論」という授業の中で、生体分子の織り成す生体の恒常性維持のメカニズムに強く心を動かされました。これが大きな転機となり、大学院はDNAコンピューターの研究室に進むことにしました。

DNAコンピューターの研究は非常に学際的で、機械工学、情報学、生化学など、さまざまな分野の知識が要求されます。さまざまな分野の知識や技術を自分で見て、触って、考えて、統合していく過程を楽しむことを通じて、研究者として広い視野を持てたことは大きな財産であると感じています。また、ニューラルネットワークがそうであるように、生物の仕組みを工学・情報学的に作り上げていく過程が、逆に生物の仕組みの理解を深めることにもなり、そういった学問の双方向性も大変興味深いです。

–– 今後の研究について教えてください。

今回の研究をはじめ、DNAコンピューターがどんなことに利用できるか、今はまだその可能性がいろいろ試されている段階だと思います。例えば、DNAストレージといって、DNAを情報の記憶媒体とする研究も現在盛んに行われています。DNAコンピューターは、非常に小さく作ることができるので、通常のコンピューターにはできないような、例えば体内に挿入してリアルタイムで観察を行うデバイスの開発への応用も期待されています。

–– ありがとうございました。

聞き手は藤川良子(サイエンスライター)

著者紹介

奥村 周(おくむら・しゅう)

株式会社東芝 研究開発センター
ナノ材料・フロンティア研究所 フロンティアリサーチラボラトリー
2016年京都大学工学部物理工学科機械システム学コース卒、2021年東京大学大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻(博士)、および東京大学生命科学技術国際卓越大学院プログラムWINGS-LST修了、同年より現職。細かい作業を要する実験では集中力が必要なので、体調が悪いときや空腹のときにはピペットを握らないというポリシーを持つ。

Nature ダイジェスト Vol. 20 No. 4

DOI: 10.1038/ndigest.2023.230431

参考文献

  1. Okumura, S., et al. Nature 610, 496–501 (2022).
  2. K.Montagne et al. "Boosting functionality of synthetic DNA circuits with tailored deactivations" Nature com 7, 13474, (2014).
  3. Cherry, K. M. & Qian, L Nature 559, 370–376 (2018).
  4. Lopez, R., et al., Nat. Chem. 10, 746–754 (2018).