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嫦娥5号が持ち帰った「月の石」から火山活動に新知見

Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 6 | doi : 10.1038/ndigest.2022.220614

原文:Nature (2022-03-15) | doi: 10.1038/d41586-022-00683-6 | China’s first moon rocks ignite research bonanza

Smriti Mallapaty

中国の月探査機が人類の未踏領域から持ち帰った試料は月の進化に関する興味深い知見を続々ともたらしている。

嫦娥5号が月の試料を持ち帰ったことで、中国の科学者たちは初めて月の石を研究する機会を得ることができた。 | 拡大する

REN HUI/VCG/GETTY

地質年代学者の李献華(Xian-Hua Li)は、つい最近まで、もっぱら地球上の溶岩を研究していた。しかし、2020年12月に嫦娥(じょうが)5号が中国の月探査機として初めて試料を地球に持ち帰ると、彼は月の石の研究に軸足を移した。中国科学院地質学・地球物理学研究所(IGG;北京)を拠点とする李は、「私は地球外の岩石を研究する研究者に生まれ変わったのです」と言う。

中国では今、月の石を初めて研究する機会が多くの惑星科学者に訪れている。李もそうした科学者の1人である。人類が月の試料を採取して地球に持ち帰ったのは、半世紀前のNASA(米航空宇宙局)のアポロ計画(1961〜1972年)や、ソビエト連邦(現在のロシア)のルナ計画(1959〜1976年)以来のことだ。嫦娥5号が持ち帰った試料は、月の進化を解明するための手掛かりとして、現在、分析が進められている。

月の石からは月の火成活動(マグマの活動)の歴史を知ることができる。嫦娥5号が採取した石は、非常に興味深いものである。過去のミッションとは異なる場所で採取されたため、これまでの試料とは大きく異なる時代を見せてくれると期待されている。

研究は活況で、早くも興味深い結果が報告され始めている。2022年3月末までの半年間で、嫦娥5号の試料に関する論文が既に6本も発表されている。また、3月上旬に米国テキサス州ヒューストンで開催された月惑星科学会議(LPSC)では、中国の月探査に関するセッションで12件の研究発表が行われた。

ノートルダム大学(米国インディアナ州)の地球科学者で、中国の共同研究者と共に嫦娥5号の試料を調べたClive Nealは、「分析には若い中国人研究者が大勢参加しています」と言い、LPSCで月の試料に関する研究発表を行った人の中には大学院研究員や大学院生も数人いたという。

いちばん新しい岩石

嫦娥5号は、月の西の端に位置する「嵐の大洋」という溶岩に覆われた広大な平原から、火山岩の一種である玄武岩の石や砂を1.7kg採取した。火山岩とは、マグマが表面もしくは表面付近で急速に固まったものである。この場所が選ばれた理由の1つは、ルナやアポロが訪れた領域よりも新しい火山性物質が存在する可能性があったからだ。新しい領域を調べることができれば、冷え始めてはいたものの、まだ火山活動が起きていた時代の月の様子を知ることができるかもしれない。

中国国家航天局は2021年7月から、月の石を研究に使うことを希望する国内の科学プロジェクトに対して試料の配布を行っている。初回の配布には85件の科学プロジェクトが応募し、その中から選ばれた31件に約17.5gの微粒子と岩石が配布された。その後も何度か募集が行われている。

月の石を最初に手にしたチームは、早速、年代測定を行った。2021年10月7日にはあるチームが、持ち帰られた玄武岩は19億6000万年(±5700万年)前のものだったと報告した1。それから2週間もしないうちに、李を含む別の研究チームが、その年代を20億年(±400万年)と推定し、前のチームの結果を確認した2

アポロの岩石の分析から、月の火山活動は、ピークに達したと考えられた時期(29億年〜28億年前とされる)から10億年近くたった後も続いていたことが示唆されていた。今回の研究により、それが裏付けられたことになるが、この火山活動の原動力が何であったかを解明するのは難しい。

人工衛星を使った観測に基づく有力説は、月のマントルに含まれるカリウムやトリウムなどの放射性元素(総称してKREEPと呼ばれる)が発する熱が火山活動を促した可能性を示唆するものである3。しかし、IGGの別のチームが嫦娥5号の玄武岩を調べたところ、この石はトリウムを高濃度で含むが、その起源はKREEPマントルではないことが明らかになり、火山活動の原動力にKREEPのような熱生成元素は必要ない可能性がある、という結論に達した4

月面のミッションサイトと、KREEP岩石の指標となるトリウムの分布。月の表側(左)のトリウム濃度が高い領域は「プロセラルムKREEPテレーン」と呼ばれ、地下深くにあるKREEPに富む岩石から形成されたと考えられている3。裏側(右)はトリウム濃度が低い。嫦娥5号が試料を回収した「嵐の大洋」はトリウム濃度が高い領域であるが、その試料は非KREEPマントルを起源とすることが明らかになった。 | 拡大する

Richard W. Carlson Nature 600, 39–40 (2021). NASA; ADAPTED FROM EXTENDED DATA FIG. 1 OF REF. 5 AND PLATE 1B OF REF.3

もう1つの可能性は、マントルに十分な量の水が含まれていたため、物質が溶融する温度が低くなり、マグマが噴出しやすくなった可能性である。しかし、IGGの惑星科学者で嫦娥5号の石を調べた林楊挺(Yangting Lin)らのグループは、20億年前の火山活動は、月の石が比較的乾燥した領域に由来している可能性があることを明らかにした5

当惑する科学者たち

月の火山の熱源に関する問題は科学者たちを当惑させた。紫金山天文台(中国・南京)の惑星地球化学者である徐偉彪(Weibiao Hsu)は、「これは重大な科学的問題です」と言う。この問題は、月の進化について解明すべきことがどれほど多く残っているかを示しているからだ。

徐は、林らの研究は多くの種類の物質を含む土壌試料について行われているため、玄武岩をさらに詳しく調べることで、これらが実際に熱を生じる元素を多く含む領域に由来しているかどうかが分かるのではないかと考えている。徐は、この石が多くのチタンを含んでいることを明らかにしているが、これは石がマントル深部から来たことを示唆している。

玄武岩の小さな粒を2つ受け取った北京大学の地球化学者、唐銘(Ming Tang)は、「私たちは全ての可能性を探っています」と言う。彼はこれらの粒を分析して、形成された場所の圧力と温度を解明するつもりである。唐はそれまでは地球上の火山から噴出したマグマを調べていて、月の試料を手にしたのは今回が初めてだ。「私にとっても、他の多くの中国人科学者にとっても、自分の専門分野を広げる絶好の機会です」と唐は言う。

徐は今後、この謎を解明しようとするグループがたくさん出てくるだろうと予想している。2022年、彼の研究室には、定員を上回る大学院志願者が押し寄せた。「こんなことは初めてです」と彼は言う。

(翻訳:三枝小夜子)

参考文献

  1. Che, X. et al. Science 374, 887–890 (2021).
  2. Li, Q.-L. et al. Nature 600, 54–58 (2021).
  3. Jolliff, B.L. et al J. Geophys. Res. 105, 4197–4216 (2000).
  4. Tian, H.-C. et al. Nature 600, 59–63 (2021).
  5. Hu, S. et al. Nature 600, 49–53 (2021).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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