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AlphaFoldの開発者らに300万ドルのブレークスルー賞

AlphaFoldを開発したディープマインド社のデミス・ハサビス(Demis Hassabis;左)氏とジョン・ジャンパー(John Jumper;右)氏。 Credit: BREAKTHROUGH PRIZE

ディープマインド社(DeepMind;英国ロンドン)の人工知能(AI)システム「AlphaFold」を開発し、地球上の既知のタンパク質のほとんど全ての立体構造を予測することを可能にしたデミス・ハサビス(Demis Hassabis)とジョン・ジャンパー(John Jumper)に、生命科学部門のブレークスルー賞が贈られることが発表された。

コロンビア大学(米国ニューヨーク)の計算生物学者であるMohammed AlQuraishiは、「1つの研究分野を、これほど劇的かつ急激に変えた発見はほとんどありません。彼らの発見は、構造生物学の進め方を一変させました」と解説する。

ブレークスルー賞は、生命科学、基礎物理学、数学の3つの分野を対象とし、優れた功績を上げた研究者に贈られる。2023年のブレークスルー賞は2022年9月22日に発表された。生命科学部門では3つの研究にそれぞれ同賞が授与され、深層学習を用いてタンパク質立体構造予測を行ったハサビスとジャンパーの他、4人の研究者に2つの賞が贈られた。また、基礎物理学部門では4人の研究者に1つ、数学部門では1人の研究者に1つの賞が授与された。賞金は1つの賞につき300万ドル(約4億5000万円)と、科学賞の中で最も高額である(2013年9月号「21世紀のノーベル賞?」参照)。

タンパク質の3次元構造を予測するAI

ディープマインド社がAlphaFoldの開発に着手するきっかけを作ったのは、同社の囲碁AI「AlphaGo(アルファ碁)」が2016年に韓国のプロ棋士イ・セドルとの対局に勝利したことだった(2017年12月号「独習で最強になった囲碁AI」参照)。「囲碁という戦略ゲームで人間に勝利することは、ゲームAIにとっては頂点といえる成功でしたが、そのこと自体は目標ではありませんでした」とHassabisは言う。「私は科学的発見を加速させるAIを作りたかったのです」。

その後間もなく、研究チームはタンパク質のフォールディング(折り畳み)の予測に取り組み始めた(2021年10月号「ディープマインド社のAIがヒトのほぼ全てのタンパク質の構造を予測」参照)。

AlphaFoldは2020年11月に、2年ごとに開催されるタンパク質構造予測精密評価(CASP)というコンテストで他の100ほどのプログラムを抑えて優勝し、大きな話題となった(2021年3月号「AIによるタンパク質構造予測が飛躍的に進化」参照)。2021年7月にはディープマインド社がAlphaFoldのオープンソース版を公開し(K. Tunyasuvunakool et al. Nature 596, 590-596; 2021)、これまでに50万人以上の研究者が、この機械学習システムを利用している。同社は2022年7月には2億種類のタンパク質のアミノ酸配列から予測される構造を公開し、このデータは、抗生物質耐性から作物のレジリエンスまで、さまざまな問題への取り組みに利用されている(2022年7月号「タンパク質構造予測AIによる革命と『その先』」参照)。

ロンドン大学ユニバーシティカレッジ(英国)の計算生物学者であるChristine Orengoは、「これは大きなブレークスルーです」と言う。「彼らはアルゴリズムを開発しただけでなく、アルゴリズムを誰でも利用できるようにし、予測した構造を公開しました」。Orengoはまた、彼らがこれだけのことを成し遂げられたのは、世界の研究コミュニティーが収集した膨大な量のタンパク質配列データがあったからだとも指摘する(5ページ「AlphaFoldの潜在能力を最大限引き出すには」参照)。

睡眠科学と細胞システム

生命科学部門の第2の賞は、ナルコレプシー(過眠症)の原因がオレキシンという脳内化学物質の欠乏にあることをそれぞれ独立に発見した、筑波大学(茨城県つくば市)の柳沢正史(やなぎさわ・まさし)と、スタンフォード大学(米国カリフォルニア州)のエマニュエル・ミニョ(Emmanuel Mignot)の2名の睡眠科学者が共同受賞した。

コペンハーゲン大学(デンマーク)の神経生理学者であるBirgitte Rahbek Kornumは、「両氏は、ナルコレプシーの確定診断を可能にした、この分野の巨人です」と言う。「ナルコレプシーは患者の生活の質に深刻な影響を及ぼします。彼らの発見のおかげで、ナルコレプシー患者は『しっかり起きていなさい』と責められることなく、自分の体のどこが悪いのかを正しく理解できるようになりました」。

柳沢は今回の受賞について「たいへん光栄に思います」と言い、賞金は研究基金の創設などに充てたいと語った。「日本では、若手研究者が探索研究をしたいと思っても、安定した支援を受けることができません」と彼は言い、自分の発見も「成功する保証のない研究に自由に挑戦できたからこそ可能になったと思っています」と語った。

生命科学部門の第3の賞は、細胞内のオルガネラが相分離して液滴を形成し、組織化される仕組みを発見したプリンストン大学(米国ニュージャージー州)のクリフォード・ブラングウイン(Clifford Brangwynne)と、マックス・プランク分子細胞生物学・遺伝学研究所(ドイツ・ドレスデン)のアンソニー・ハイマン(Anthony Hyman)が共同で受賞した(2018年6月号「細胞内の『相分離』に注目」参照)。

彼らはアルゴリズムを開発しただけでなく、アルゴリズムを誰でも利用できるようにし、予測した構造を公開しました

量子情報分野のパイオニア

基礎物理学部門の賞は、量子情報分野の創始者たちが共同で受賞した。マサチューセッツ工科大学(米国ケンブリッジ)のピーター・ショア(Peter Shor)、オックスフォード大学(英国)のデイヴィッド・ドイッチュ(David Deutsch)、IBM TJ ワトソン研究センター(米国ニューヨーク州ヨークタウンハイツ)のチャールズ・ベネット(Charles Bennett)、モントリオール大学(カナダ)のジル・ブラッサール(Gilles Brassard)の4人である。彼らの研究は、極めて安全な通信を可能にする「量子暗号」と呼ばれる技術と、特定のタスクで従来型のコンピューターを凌駕する性能を示す可能性を秘めた「量子コンピューター」を開発するための基礎となった。

「受賞の知らせを受けたときは、本当に驚きました」と、ショアは言う。彼は1990年代に、実用性のある最初の量子アルゴリズムを開発した(P. W. Shor SIAM J. Comput. 26,1484-1509;1997)。このアルゴリズムは、いつの日か、量子コンピューターが大きな数字を素因数分解することを可能にするはずだ。現在のインターネット通信のセキュリティーには大きな素数を用いた暗号が利用されているため、量子コンピューターが実現すると、この暗号が解読されてしまう可能性が出てきたわけである。オックスフォード大学の量子物理学者であるNikita Gourianovは、「この非常に重要な結果は、量子コンピューターに学術的な面白さ以上の価値があることを証明しました」と語る。

数学分野のブレークスルー賞は、エール大学(米国コネチカット州ニューヘイブン)の数学者ダニエル・スピールマン(Daniel Spielman)に贈られた。彼は、ハイビジョン放送のノイズを除去するためのエラー訂正コードの開発など、複数の業績が評価された。

ブレークスルー賞は、ロシア出身で現在はイスラエル国籍の億万長者ユーリ・ミルナー(Yuri Milner)によって2012年に創設された。現在はミルナーの他、メタ(旧フェイスブック)のCEOであるマーク・ザッカーバーグ(Mark Zuckerberg)をはじめとするインターネット起業家たちがスポンサーとなっている(2015年10月号「SETIに舞い込んだ思いがけない幸運」参照)。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2022.221115

原文

AlphaFold developers win US$3-million breakthrough prize
  • Nature (2022-09-22) | DOI: 10.1038/d41586-022-02999-9
  • Zeeya Merali